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堕天使

……………………


 ──堕天使



「しかし、堕天使とはな。面白い獲物がかかったじゃないか、アレックス?」


「ああ。彼らは堕天使であり、『神の叡智』というのは堕天使の秘密結社だった!」


 この『神の叡智』という秘密結社の根城にいたのは全員が堕天使だ。


「堕天使、か。多くの堕天使は人間に敵対的だと聞いていたがな」


「それは派閥による。人間を見下し、彼らに仕えることを命じられたことで腹を立てて反乱を起こしたものもいるし、人間に親しみを覚えて我々と交わることを選んだために追い出された派閥もいる」


 カミラが興味深そうに見渡し、アレックスがそう付け加えた。


「ここが堕天使の巣窟だとしたらジョシュア先生も堕天使なんです?」


「そうなるな。堕天使が学園にいたとはびっくりだろう!」


「それはまあ」


 この『神の叡智』が堕天使の秘密結社ならば、ここに出入りしていたジョシュアもまた堕天使だと推察できるだろう。


「さて。彼らの正体も分かったところで『神の叡智』とやらについて聞こう」


 アレックスはそう言って『神の叡智』に所属している堕天使たちを見る。


「誰が答えるか」


「おやおや。強気なものだ。ここのことを丁度学園に来ている聖騎士(パラディン)に密告すれば面白いことになるだろうに」


「お前……!」


 堕天使たちがアレックスを強く睨む。


聖騎士(パラディン)にどうこうされたくなければ正直に答えることだね。第九使徒教会の聖騎士(パラディン)は堕天使ですら殺す技術を持っていると聞くよ」


「クソ。何が知りたい?」


「まずこの『神の叡智』は何の集まりなのかを聞こう」


 お手上げという具合に堕天使が言うのにアレックスが尋ねた。


「我々『神の叡智』は堕天使による知識の探求を行う秘密結社だ。我々は堕天使の中でも知の探究によって堕天した派閥であるミーミル学派に所属している」


 堕天使のひとりがそう説明を始める。


「つまり知識のために神を裏切ったと?」


「知識によって信仰が揺らいだというべきだろう。神の御業なるものも、知識によって分解すれば、そこからペテンのような神秘は失われ、言葉で説明可能なものになると知ればこれまでのように信仰は続けられない」


「確かに。信仰とは未知のものへの畏敬から生まれることが多い。人は死んだ後のことを知らず、この世界がどのように誕生し、いつから存在しているかも知らない。故に神に答えを求め、それが信仰となる」


「信仰が愚か者が縋るものだとは言わないがな。信仰は全くの未知という暗闇の中を照らす炎だ。信仰による文明初期の社会構築と学問の体系化は価値あるものだった」


「いわば燃え盛る松明。人類は最初はそれに頼り、やがてランタンなどのもっと便利のいいものへと乗り換えていった。信仰に基づく科学から純粋なる科学へと」


「そう、その通りだ。そして、我々ミーミル学派も神から科学へと移った。十分に成熟したものにとっては神ではなく知識こそが崇拝に値する。我々はそう考えている」


 ミーミル学派は神の神秘すらも科学で説明しようとする堕天使の派閥だった。


「私はあまりそういうことは好きではないね。手品の種は秘密のままにしておくべきだ。無理に暴いても白けるだけ。世界には未知のままに、不思議のままに、神秘のままにしておいた方がいいことだってある。だろう?」


「我々はそれに同意しない。世界の全ては説明可能であり、言語化できるように解き明かすべきである」


「そうかい」


 アレックスは『神の叡智』に所属する堕天使の言葉に肩をすくめた。


「さて、あなた方の不毛な努力についてはよく分かった。我々が疑問とするのはこれにジョシュア・ウェイトリー先生がどのように関係──」


 アレックスが問いを重ねようとしたとき、バビロンが反応した。


「アレックス!?」


 飛来した無数の黒い刃にバビロンは炎を振りまいて迎撃するも刃はバビロンの体を貫いた。それでもバビロンは消滅することはない。


「おっとっと。殺し損ねたか」


「おやおや。ジョシュア先生じゃあないですか!」


 漆黒の魔剣を放ったのは他ならぬジョシュアその人だ。彼がこの隠し部屋に姿を見せ、いつものようなやる気のない表情でアレックスたちを見ていた。


「全く、面倒だな。生徒諸君、ここは君たちの来るべき場所ではないよ。自主的に立ち去るか、死体になって放り出されるかだ。さあ、選ぶといい」


 ジョシュアはやる気なさそうにそう警告してくる。


「そうはいかないね、ジョシュア先生! あなたには我々の仲間になってもらう!」


「仲間?」


 アレックスが言い放つのにジョシュアが訝し気な顔をした。


「そう、仲間だ。同志だ。同胞だ。さあ、我々『アカデミー』の会員になりたまえ、ジョシュア先生!」


「……『アカデミー』?」


「黒魔術師の秘密結社。あなたが加わっている『神の叡智』なんかよりもずっとスリリングでエキサイティングな秘密結社だよ!」


 聞いたことのない単語にジョシュアが目を細め、アレックスは哄笑してそう宣言。


「あいにくですが、興味はありません。『アカデミー』なんて聞いたこともないので。私はやるべきことがそこそこあって忙しいのですよ。遊び相手を探すなら、もっと暇な人にしなさい」


 アレックスの高笑いをよそにジョシュアは全く興味を示さなかった。


「いやいや。ジョシュア先生、あなたも黒魔術を使っているはずだ。先ほどの魔剣の生成も黒魔術によるものだろう。そして、ほかならぬこの隠し部屋にある蔵書があなた方が堕天使であり、黒魔術師であることを告げている」


 そう言ってアレックスは隠し部屋の本棚に向かう。


「この『魔女の掟』は黒魔術について記された本だ。女性と悪魔の契約について詳しく書かれている。その冒涜的かつ退廃的な内容から第九使徒教会によって焚書に指定されたものだったね?」


 本を次々に引き出しながらアレックスはそう説明を続ける。


「おや! 『悪魔との交渉において』があるとは。これはまさに悪魔というものがどのような存在であるかと分析した興味深い書籍だ。悪魔と欲望の関係についてはこれがもっとも分かりやすく記されているだろう。当然、焚書されたものだが」


 アレックスがそう説明していくのをジョシュアは興味深そうに見ていた。


「なるほど。君は間違いなく黒魔術師だ。それもかなり深いところにまで至っている。感服したよ。君たちは別にお遊びで黒魔術をいじっているわけではないのだね」


「少なくともあなたのコレクションについては理解できるつもりだよ」


「それは何よりだ。私の集めた貴重な書物の価値を理解してもらえて嬉しいよ」


 ジョシュアは少し気を許したように僅かに笑って見せた。


「知識は尊いものだ。だが、その尊さに反して知識は常に迫害されてきた。時代に沿わない。思想に沿わない。信仰に沿わない。倫理に沿わない。政治に沿わない。そんな理由でいつも迫害を受けてきた」


 ジョシュアが残念そうにそう言う。


「全く以て嘆かわしいことだよ。私たち『神の叡智』はそのような迫害から知識を守るための秘密結社だ。ときとして神すらも迫害者となる知識というものについて、我々はそれがどんなものだろうと守り抜いてきた」


「その考えには同意できるよ、ジョシュア先生。知るという行為は素晴らしい。一度知った知識はどのような暴力にさらされようと奪われることはないのだから」


「殺されない限りはね」


 アレックスの言葉にジョシュアはそう苦笑した。


「では、我々『アカデミー』に加わってもらえるかね、ジョシュア先生」


「考えておこう。前向きに。暫く回答を待ってもらいたい。私は私で立場や仕事があるのだよ。すまないが」


「ああ。では、待とうではないか!」


 そしてアレックスたちは隠し部屋から退室していった。


「ジョシュア。本気なのか? 本気で連中の仲間に?」


「まさか」


 アレックスたちが去ってから『神の叡智』のメンバーが尋ねるのにジョシュアは肩をすくめつつ首を横に振った。


「我々は遊びで知識を追求しているわけではない。我々は自身の白い翼を捨ててでも知識を追い求めたのだ。彼らとは覚悟が違うよ」


……………………

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