大図書館の秘密
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──大図書館の秘密
アレックスたちはサタナエルも加わって大図書館に向かう。
「大図書館に踏み込んだら、一気に内部を制圧し、隠し部屋にゴーだ」
「制圧というと中の人間は殺すのか?」
アレックスが作戦を説明し、カミラがそう物騒なことを平然と尋ねる。
「まさか、まさか。サタナエルに精神的に制圧してもらうのさ」
「任せておけ。派手に暴れさせてやる」
アレックスが言い、サタナエルがにやりと笑った。
彼らは大図書館に向けて学園内を進み、やがて大図書館に到着。
「サタナエル! 派手にやってくれたまえ!」
「ああ。ぶちかますぞ」
サタナエルは大図書館の扉を蹴り破り、大図書館に向けて踏み込んだ。
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
大きな音を立てて扉が破られたのに図書館の中で動揺が生じる。
「さあ、踊れ。『憤怒』──!」
次の瞬間、大図書館にいた人間の臓腑の底から理由のない怒りの感情が沸き起こり、その思考が完全に憤怒支配された。
人々はすぐさま近くにいた人間に飛び掛かって襲いかかり、物を投げ、振り回し、暴れ回り始めた。静かだった大図書館が一気に戦場のそれへと変わる。
「わあ。凄いことになったね」
「サタナエルは憤怒の感情を他者に生じさせることができる。こうなってしまえば冷静に記憶したり、我々が隠し部屋に押し入るのを阻止したりするものはいないだろう!」
そう、サタナエルは自身の司る大罪“憤怒”を自在に操る。他者に怒りを生じさせ、そのことでこのような大騒ぎを起こすことはできるし、殺し合いすら起こせる。
「ははっ! 愉快なものだ。ともあれ、これが目的ではない。急げ」
「もちろんだ、サタナエル。君はこのままこの場を制圧し続けてくれ。我々は隠し部屋にちょいとばかり押し入ってくよ!」
サタナエルは愉快そうに笑い、アレックスたちは隠し部屋へ急ぐ。
「入り口はここだね」
「うん。こうやって開けていたはずだから……」
アレックスに言われてエレオノーラが隠し部屋に通じる通路を出すべく、本棚を記憶していた通りに操作する。
すると本棚が音を立てて動き、隠し通路が露になった。
「いざ突撃だ!」
「おー!」
アレックスが真っ先に隠し通路に突入し、エレオノーラたちが続く。
隠し通路はミネルヴァ魔術学園地下迷宮に似た雰囲気を出していた。隠された空間だが換気はしっかりされており、うっすらと照明も存在することが、そのような印象を与えたのだろう。
アレックスたちは暫く隠し通路を走ると正面に扉を発見した。
「突入するぞ! バビロンよ、来たれ!」
アレックスはバビロンを召喚し、バビロンが先んじて突撃するとその扉を破壊し、突破口を開く。アレックスたちは次々にその突破口を潜って内部に突入した。
「ドラゴン……!?」
「いったい何が……」
扉を潜った先には全く未知の空間が広がっていた。
大図書館のそれより密度の高い本棚と書籍。そして濃く、淀んだ魔力。
そして、そこには3名の男女がいた。ジョシュアはおらず、研究員らしいスーツと白衣の人間たちがアレックスたちに不信感に満ちた視線を向けている。
「やあやあ! このような場所に隠れて何をしているのかね、諸君!」
アレックスは空気を全く読まずにそう尋ねる。
「貴様、教会の人間ではないな? ここに何の用事だ?」
「おや? 真っ先に教会が来るのを疑いのかい? なにやら後ろ暗いことがありそうだな。調べさせてもらおうか!」
「そうはいくか!」
ここで3名の男女が魔術でアレックスを狙ってきた。
あるものは召喚武器である短刀を空中に浮かべると、それを操ってアレックスたちおを狙う。またあるものは純粋な魔力の塊を生じさせ、凝集させたうえでアレックスに叩きつけてくる。
「戦闘には妙になれているようだね」
魔術を使った戦闘で炎や氷の槍を使うのは二流だ。
アレックスは地球という殺し合いが進み、殺し合いの科学が進んだ世界で暮らしていたので知ったいる。人を殺傷するのに大げさなことは必要ないのだと。
例えば銃だ。これは遥か昔のフス戦争のときからウクライナ戦争に至るまで、鉄の塊を火薬のエネルギーで打ち出し、相手に叩きつけるというものだった。
それだけシンプルなもので人は死ぬ。
魔術で大げさに巨大な炎を生み出したり、氷の刃を生み出したりするのは確かに派手でいかにも魔術という具合だろう。だが、それらは無駄が多すぎるのだ。
先の銃のように化学エネルギーで運動エネルギーを生じさせて殺すのはシンプルで無駄がない。エネルギーは全てにおいて相手を殺すことに指向されている。
魔剣はこの銃に近い。魔力を物理エネルギーにして相手を殺傷する。魔力を何かしらの自然現象に置き換えてから、それを殺傷に向く形にし、そのほんの一部で相手を殺傷するというような無駄がない。
また魔力をそのまま叩きつけるのも言うまでもなく無駄は少ないだろう。
軍や警察、第九使徒教会の聖騎士団に所属する人間は、このことを理解しており、見栄えだけの『サーカス』は行わず、迅速に敵を殺しにかかる。
「ここにいる人間も殺しになれている。ただものではなさそうだ」
アレックスは魔剣と魔力による攻撃をバビロンを盾にしながらそう呟き、バビロンは攻撃命令を待って3名の男女を睨みつける。
「アレックス。彼らは私たちを殺しに来ているよ。反撃は?」
「どうにかして事情が聴きたいところだが。まあ、反撃してもどうにかなるだろう!」
「なら、行くよ! 魔剣ダインスレイフ!」
ここでエレオノーラが前に出て襲い掛かってきた男女に切りかかる。
「魔剣!? クソ、不味い──」
そして、ひとり目がまずあっさりと切り倒される。袈裟懸けに斬られ、鮮血が舞いあがり、切られた人間が崩れ落ちる。
「次」
エレオノーラは恐るべきまでの冷静さと冷淡さで部屋の中にいた男女を機械的に切り殺していった。
「このままでは……──」
「ラスト」
そして最後のひとりが切り倒された。
「片付いたよ、アレックス」
「いや。まだだ。用心したまえ、エレオノーラ。世の中には明らかに死んでいるように見えて死んでいない存在というものがいるものだ。このように!」
アレックスの言葉と同時にバビロンが切り倒された男女のひとりである壮年の男性をみつけた。そのひとりは魔術を放つところであり、バビロンによってそれが阻害され、明後日の方向に魔剣が飛翔していく。
「嘘。確実に殺したと思ったのに」
「彼らに彼らの正体を聞くとしようじゃあないか」
エレオノーラが驚く中でアレックスがよろめきながら起き上がろうとする、エレオノーラに斬り殺された男女の方に向かう。
「やあやあ。あなた方は人間ではないね? 正体を教えてもらえるかな?」
「誰がそのようなことを……!」
「喋るつもりがない? 私は拷問は苦手でね。スマートにやろう」
男女のひとりである中年の女性が呻きながら返すのにアレックスはにやりと笑った。そして、彼は虚無から巨大な魔導書を取り出した。
それは魔導書『虚偽の理論』だ。
「あなたの正体はずばりトカゲ人間であり、地底帝国の先兵だ!」
「は、はあ? 何を言っているんだ、お前……」
アレックスが大声で唱えるのに中年女性が困惑。
「オーケー。あなた方の正体が分かったぞ。あなた方は堕天使か」
「なっ……!」
アレックスが言い当てたのに3名の男女全員が驚愕した。
「堕天使?」
「堕天使って悪魔、ですよね?」
話を聞いたエレオノーラとアリスがそれぞれ首を傾げる。
「悪魔と堕天使は異なる存在だ、小童ども」
そこで隠し部屋にサタナエルが姿を見せた。
「俺たち悪魔は全ての誕生のときから、そう最初からずっと神の敵対者であり続けた。神に対する絶対悪こそが俺たち悪魔という存在だ」
サタナエルがそう説明する。
「対する堕天使は神の下僕である地位から誘惑に駆られて堕天したものたちだ。天使であったことを今でも誇りに思っている、クソくだらない連中だな」
「何を……!」
「貴様に言い返せることなど何もないだろうが、羽虫が」
3名の男女がサタナエルを睨むのにサタナエルは鼻で笑う。
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