大図書館
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──大図書館
アレックスがジョシュアについて調べている間、アリスとエレオノーラは大図書館について調べていた。
「あれが大図書館ですね。図書館と違って立派ではあるのですが、なんだか刑務所みたいですよね……」
「刑務所は見たことがないけど、実家がこんな感じだよ」
「それはまた」
大図書館はまさに要塞や刑務所と言った表現が正しいほど厳めしい建物であった。
コンクリートとレンガによる頑丈な造りであり、窓は小さく、そして数も少ない。見るものが見ればトーチカのように見えたかもしれない。
これにはちゃんと理由がある。
まず戦争などの外的要因で貴重な文書が喪失することを防ぐため。それから火災に対する備えであり、窓が小さく、少ないのは日光による紙とインクの劣化を防ぐためだ。
しかし、そのような理由を説明されたとしても、この大図書館からは威圧感を感じることだろう。それぐらいには厳めしい建物であったのだ。
「でも、これからどうしましょうか? ここって教職員と研究関係者しか入れないんですよね? 私たちじゃあ、入れませんよ」
「大丈夫。ちゃんと許可は貰ってきてるから」
「ほへー。流石はエレオノーラさん。準備がいいですね」
エレオノーラは大図書館への入館を許可する書類を準備していた。
「カミラ殿下のおかげだよ。カミラ殿下が頼んだらすぐ許可が下りたから」
「王族様様。彼女を引き入れるのには苦労したのだから役に立ってもらわないと」
「ふふ。それ、アレックスみたい」
「ええー!?」
アリスはアレックスと比べられて心底いやそうな顔をしていた。
「さて、と。急いで調べてこよう。大図書館は夜9時には防犯のために閉まるそうだから。それまでにある程度情報を手に入れないと」
「了解です」
そしてエレオノーラとアリスが大図書館に入る。
「ほうほう。中も結構立派な作りですね」
アリスが感心して眺める光景は暗めの照明によって照らされた館内の光景だ。
館内は吹き抜け構造になっており、1階から5階までが開けている。そして、それら各フロアには無数の本棚が並んでいた。その無数の本棚には無数の書籍が並ぶ。
「どこから調べる?」
「それが問題です。正直、ジョシュア先生については情報が少なすぎます。専門は古代言語学ですが、それがどう私たちに関係するのやらで」
「うーん。じゃあ、とりあえず聞き込みする?」
「そうしましょうか」
そしてエレオノーラたちは大図書館の職員を当たることに。
「すみません。お聞きしたいことがあるのですが」
「学生だね、君たち。入館許可証は?」
「これを」
大図書館の司書だろう老齢の男性が睨むようにエレオノーラたちを見て告げるのに、エレオノーラとアリスが入館許可証を差し出した。
「ちゃんと許可は取っているのだね。勉強かい?」
入館許可証を見せると幾分か司書の態度は軟化した。
「あの、ジョシュア・ウェイトリー先生の手伝いで来ていて。先生から予約していた本の蔵書状態を確認してほしいと」
ここで素直にジョシュアについて調べているといっても協力してもらえないと判断したエレオノーラがすぐさま嘘をでっちあげる。
「ああ。ジョシュア先生の手伝いね。彼が予約していた『東方古典文法と西方古典文法の比較学』については今、ちょうど蔵書があるよ」
「お伝えしておきます」
「しかし、先生の手伝いとは感心だ」
老齢の司書の男性は満足げに頷いていた。
「ありがとうございます。ジョシュア先生は大図書館がとても気に入っていられるみたいですね。その話をよく聞きます」
「まあ、帝国でも有数の蔵書を誇っているから当然だろう。特に彼が専門とする古代言語学に関しては歴代の館長のうち3名がその手の専門なだけあって、古いがいい本を揃えているしね」
「そうなのですか。ジョシュア先生の授業はとても興味深いです」
「彼は研究熱心だ。毎日遅くまで調べ物をしているよ。若い研究者はやはり情熱がある。彼には大成してもらいたものだ」
ジョシュアをとにかく持ち上げることで司書の好感度を稼ぐエレオノーラ。
「ジョシュア先生のような研究者に私もなりたいです。どうしたらいいでしょう?」
「ふむ。それについてはあまりアドバイスはできそうにない。私たち司書は研究を手伝うことはするが、研究そのものをするわけではないから。同じ研究者に話を聞くといいのではないかな?」
「どなたがジョシュア先生と親しいでしょうか?」
「魔族言語学のギザイア・ジェンキン博士がよくジョシュア先生と一緒に調べ物をしているみたいだが。彼女はこの大図書館に今日も来ているのではないかな」
「ありがとうございます。話を聞けそうであれば聞いてます」
「邪魔はしないようにね」
司書はそう注意しただけで特に気にしなかった。
「流石エレオノーラさんです。コミュ力が私とは違います」
「まあ、お喋りは貴族の仕事みたいなものだから」
アリスが感心し、エレオノーラがそういって苦笑い。
「さて、ギザイア博士を探そう」
「どんな人なのか知ってるんです?」
「まさか。声をかけて回るだけだよ」
「うへえ」
エレオノーラの方もアレックスに似てきたなと思うアリスであった。妙に押しの強いところとか、と。
「そもそも女性の研究者って少ないから割とすぐ見つかると思う。あの人かな?」
「それっぽくありますが、特に悪魔の気配などはしませんね」
「そもそもジョシュア先生が黒魔術にどうかかわっているのか知らないしね」
「ですよね。どうしてジョシュア先生なんでしょう?」
分からないのはどうしてアレックスが次にジョシュアを選んだかだ。
アリスは黒魔術でいじめっ子に報復した。
エレオノーラはヴィトゲンシュタイン侯爵家という黒魔術に縁のある家の出身だ。
カミラは吸血鬼という黒魔術を否定しない種族である。
しかし、ジョシュアは?
それが分からないのだ。
「今はアレックスを信じよう」
エレオノーラはそういうとギザイア博士と思しき女性に声をかけた。
「すみません。ギザイア・ジェンキン博士ですが?」
「まずは自分たちから名乗るのが礼儀だよ。君たちは?」
40代前半ほどのあまり身なりに気を使っていない女性研究者は胡乱な目で話しかけてきたエレオノーラたちを見る。
「失礼しました。私はエレオノーラ・ツー・ヴィトゲンシュタイン」
「わ、私はアリス・ハントです」
エレオノーラとアリスがそれぞれ挨拶する。
「ヴィトゲンシュタイン? ヴィトゲンシュタイン侯爵家の方?」
「ええ。ヴィトゲンシュタイン侯爵家当主のゲオルグは私の父です」
「それはそれは。魔術の名門であるヴィトゲンシュタイン侯爵家のご令嬢にお会いできて光栄です。私はギザイア・ジェンキンです。それで何の御用でしょうか?」
ヴィトゲンシュタイン侯爵家の名が出るとギザイアは途端に態度を変えた。
「ジョシュア・ウェイトリー先生とお親しいと聞きました。研究などをご一緒に?」
「ええ。彼の古代言語学は私が研究している魔族言語学のルーツですので。かつてこの世界にはひとつの覇権言語があり、その言語は人間と魔族を問わずに使われていた。そんな仮説があるのですよ」
「ああ。バベル言語のことですね?」
「流石はヴィトゲンシュタイン侯爵家の方です。勉強をしておられる。今はこの仮説は修正されていき、ひとつではなく大きく3、4つの言語があり、そこから現代の言語に別れたという見方が強いですが」
「つまりジョシュア先生の古代言語学から魔族言語学に発展した?」
「その通り。今の魔族言語の語源を辿るとそこに行きつくことがあります」
どうやらジョシュアとギザイアの関係はよからぬものではなく、真っ当な研究上のかかわりであるらしい。
「そうなのですか。ところで大図書館には毎日いらっしゃるのですか?」
「暇があればここで資料を読み漁っていますよ」
「魔導書なども?」
エレオノーラが魔導書の名を出したのにギザイアの表情が僅かにこわばった。
「魔導書? はて、ここに魔導書などという胡散臭いものが蔵書されているとは聞きませんが、どこかでそのような噂を?」
「学生の間の七不思議みたいなものでして。私はそういうことはないと思うのですが、級友たちはきっと魔導書があると信じています」
「それは私の学生時代を思い出しますね。学生は噂が好きなものです」
魔導書の存在について有耶無耶にしているが、エレオノーラはギザイアが魔導書かそれに近いものに接触しているという感触を掴んだ。
「それではお忙しいところ失礼しました」
「いえいえ。ヴィトゲンシュタイン侯爵家の方とお会いできて光栄でした」
そしてエレオノーラとアリスがギザイアと分かれる。
「どうも怪しいですね」
「ええ。怪しい。大図書館には何かがあるのかも」
「どうやって調べます?」
アリスがそうエレオノーラに尋ねた。
「アリスさん。あなたを頼ることになるね」
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