ジョシュア・ウェイトリーという教育者にして研究者
……………………
──ジョシュア・ウェイトリーという教育者にして研究者
アレックスはエレオノーラたちに約束したようにジョシュアについて調査を開始。
「こういうのはアリスが本職なのだが、私にもできないことはないはずだ!」
アレックスがそういってやろうとしていたこと。それは……。
「この人形に下級悪魔をイン!」
そう、アリスと同じように下級悪魔を人形に宿し、それによって偵察を行おうとしていたのである。
「ううーむ。上手くいかないな。アリスと同じ魔術を使うというのはやはり難しいか」
魔術が科学にまだ分類されない理由である再現性の欠如。それがアレックスがアリスと同じ魔術を使うのを困難にしていた。
下級悪魔を使い魔にする。
それは実現可能なことだ。これまで多くの人間がそれを成してきた。
だが、科学ならばその手法に法則が見つかり、同じやり方でやれば再現可能になるのに対して魔術にはそういうものが存在しない。
Aというゴールに至るまでにはBという道を必要とする個人、Cという道を必要とする個人、Dという道を必要とする個人、E、F、G……と個人ごとにばらばらの手法を使ってしか辿り着けなくなる。
それは魔術が意志の力によって発動するためにほからない。
これをシンプルに表現するならば『火を付ける』という事象を例にしよう。
科学において『火を付ける』のは燃焼という現象を引き起こすことであり、酸化還元反応を引き起こすことで達成される。
だが、魔術においては『火を付ける』のはどうして火を必要としているかの理由である。その寒さをしのぐためや相手を焼き殺すためと言った理由こそがそれを達成する手法となる。
人間の意志を定量化し、それを再現可能にするのは難しい。意志とはほぼ個人の有する主観の世界のものであり、第三者がそれを冷静に分析することは心理学などの学問があるといえども困難だ。
意志を本当に完全に分析し、予想し、コントロールできるようになるということは、人間の意志から自由が失われるときかもしれない。
「悪魔が使えないならば自力でどうにかするしかない」
今、アレックスがやりたいことはジョシュアの身辺調査だ。
ジョシュアが普段どのように過ごしており、どのような交友関係を持っているかを調べることが狙いであった。
そういうわけでアレックスは教員たちが集まる教職員室を訪れていた。
ミネルヴァ魔術学園には生徒及び学生に教えることが専門の講師がいて、さらに研究職を兼ねた講師が存在する。
この教職員室を利用しているのは主に前者の講師であり、後者は学園内に自分の研究室を持ち、そこにいるのが普通だ。
ちなみにジョシュアは後者であり、ここはあまり利用しない。
「ジョシュア先生について?」
「ええ。彼について何か変わった点はありませんか?」
アレックスが中年の男性講師に尋ねるのに男性講師は首を傾げた。
「あの人は付き合いが悪いからね。学園の催し物はほとんど何も手伝おうとしないし、参加もしない。ただ、向こうも気にしてるのか今年の新入生の学年副主任は自分から引き受けてくれたよ」
「なるほど。彼は研究者ですからね」
「実際のところ、どれだけ凄い研究者なのかはみんな知らないんだ。本を書いてるとは聞いたし、論文も出しているとは聞いたけど、古代言語学ってのはそんなに目立った分野じゃないからね」
どうやらジョシュアはあまり他の講師に好かれているわけではなさそうだ。
そこで教員室の扉がノックされる音が聞こえた。
「失礼します」
それから扉を潜って入ってきたのは──。
「第九使徒教会隷下聖ゲオルギウス騎士団副団長のエミリー・イーストンです。今日からお世話になります」
以前国家保衛局に捜査協力を依頼されて学園を訪れた第九使徒教会の聖騎士であるエミリーだ。
「おや。聖騎士が学園に?」
「ああ。第九使徒教会から神術の講師としてと学園内での信仰についての相談を行うソーシャルワーカーとして派遣されたそうだよ」
「ほうほう」
恐らくはそうではないだろう。
学園内でサタナエルやアリスの使い魔を見た結果に違いないとアレックスは確信している。あれだけのものを見て第九使徒教会が野放しにすることはあり得ないのだ。
「他に聞きたいことは?」
「ジョシュア先生は普段からずっと大図書館に?」
「いない時に探すと大抵そこにいるけど、最近は大図書館にいないときもあってね。学年副主任だからいろいろと任せたい仕事があるんだけどさあ」
「なるほど。では、私の方で調査をしておきましょう。仕事を任せたいとき、どこにいるか分かれば便利でしょう」
「おお。頼めるか?」
「ええ。ですので、いくつかの教職員区画に入る許可を」
「いいだろう。警備に言っておくよ」
さりげなくアレックスは教職員の許可を得てジョシュアについて調べることができるようになったのだった。
「おーい。そこの君! アレックス・C・ファウスト君だろう!」
「何でしょう?」
そこで別の講師にアレックスは呼ばれた。その講師の傍にはエミリーがいる。
「エミリー先生がガブリエルって生徒に会いたいそうなんだ。君はガブリエル君と同じ学年だろう? 案内してあげてくれないか?」
「分かりました。お任せください」
講師の申し出にアレックスは笑顔で応じた。
「やあ。アレックス君というのだね。よろしくお願いします」
「こちらこそ、どうぞよろしく。では、ご案内しましょう。ガブリエル君はこの時間でしたら部活動の練習中ですかね」
エミリーが笑顔で挨拶し、アレックスも笑顔のままそう言った。
「この学園は本当に広いので次に会いに行かれるときは事前に待ち合わせをされた方がいいでしょう。そうしないと延々とすれ違い続ける可能性もあります。無駄骨を折り、無駄足を歩きたくはないでしょう?」
「分かりました。次からはそうします」
「こちらへ」
アレックスはそうアドバイスしながら学園の中を運動場に向けて進んで行く。
「ガブリエルは剣術部だと聞いていましたが」
「ええ。かなりの凄腕の新人が現れたと噂ですよ。流石は聖騎士!」
ガブリエルは剣術部に入っている。実践的な剣術を学ぶ部活だ。
ミネルヴァ魔術学園には他にもいろいろな部活動がある。が、アレックスの周りでその手の部活に入っている人間はいない。
彼らはその代わりに『アカデミー』に加わっているのだから。
「ほら。あそこにいますよ。ガブリエル君! お客様がおいでだ!」
アレックスが声をかけると運動場で木剣で素振りをしていたガブリエルが振り返った。そして驚きの表情を浮かべる。
「イーストン副団長!」
「ガブリエル。ついこの前会ったばかりだけど会いたかったですよ」
「私もです!」
エミリーが手を振るのにガブリエルが笑顔で駆け寄ってきた。
「案内ありがとうございました、アレックス君」
「ええ。では、ごゆっくり」
アレックスはエミリーにそういって立ち去る。
「私がなぜ聖騎士が学園に入るか、いっさいに疑問に思わなかったのをおかしいとは思わなかったようだ」
アレックスはそう呟く。
「随分と余裕だな、アレックス?」
「おやおや、サタナエル。今度は勝手に聖騎士に喧嘩を売らないでくれよ? 既に君は一度見られているのだからね」
そこで建物の屋上からストンとサタナエルが降りてきた。
「見られている? 見せてやったんだよ。地獄の皇帝の片鱗というものと連中の浅ましいまでの無力さというものをな」
「なるほど。そうとも言えるのかもしれないね」
「それよりあの聖騎士は将来貴様の敵になると聞いているぞ。摘み取った方がいいのではないか?」
「心配ご無用。私がどうにかする。私がどうにかしてこそだ」
「好きにしろ。だが──」
サタナエルが肩ごしのアレックスの耳に唇を近づける。
「俺を退屈させるなよ?」
「もちろんだとも。君が楽しめる戦いがこれからたくさん起きるさ」
情事に誘うような声色で殺戮を求めるサタナエルにアレックスはそういって笑った。
……………………