古代言語学教師
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──古代言語学教師
「ジョシュア先生。次の教員会議の件ですが……」
「あ。少し用事を思い出したので失礼します。申し訳ない」
老齢の女性講師が廊下を歩いていたジョシュアに声をかけるのに、ジョシュアはそういって足早に、逃げるように立ち去っていく。
「あらら。また逃げられましたね」
「全く。あの人は本当に自分の研究にしか興味がないのだから。困ったものです」
女性講師の他に男性講師がやってきて呆れたようにジョシュアの背中を見る。
「まあ、学園は研究機関でもありますから。ジョシュア先生はそういう意味では実に学園に貢献しています。その上でもう少しばかり後進の育成に熱心になってくださるといいのですが……」
女性講師が語るようにミネルヴァ魔術学園は大陸有数の教育機関というだけではなく、魔術の研究機関でもあった。
「ジョシュア先生はいつも大図書館で研究をしていますね」
「ええ。大図書館は古い文献も多いですから。噂では密かに魔導書も所蔵しているとか。一部の人間だけが閲覧できるのだという話を聞きましたよ」
「まさか魔導書だなんて。そんな詐欺みたいなものは歴史ある大図書館には置いてないでしょう」
「そうかもしれません」
そういって2名の講師は立ち去った。
その様子を見ているものがいた。
「聞いたかね、エレオノーラ?」
「うん。ジョシュア先生は大図書館にいるって話だったね」
それはアレックスとエレオノーラの2名だ。彼らがジョシュアに関する話を密かに盗み聞きしていた。
「今はジョシュア先生を調査しなければならない。彼を引き入れることは次の目標だ。彼の知識は我々にとって大きな利益になるだろうからね」
アレックスたちは次に『アカデミー』に引き入れる人間としてジョシュアを狙っていた。アレックスがどういう魂胆かは知らないが、彼を引き入れるということに酷く熱心であったためだ。
「情報がもっと必要だな。ひとまず本部に戻ろう」
「了解」
アレックスとエレオノーラは一度『アカデミー』も本部に戻る。
「ジョシュア先生は大図書館にいる!」
秘密結社『アカデミー』の本部たる地下迷宮にてアレックスがそう報告。
「大図書館ですか? 確か普通の図書館とは別にある図書館ですよね?」
「その通りだ、アリス。大図書館は学生向けの図書館ではなく、学園の研究者向けの図書館だ。置いてある書籍は高価な専門書が多く、それこそ本物の魔導書があると噂になるほどだよ」
「あるんですか、魔導書?」
「あるかもしれないね。私には分からないよ」
アレックスも本当に大図書館に魔導書があるのかは知らなかった。
「これまでは私もいろいろと助言ができたが、正直ジョシュア先生を引き入れる計画というものは具体的に存在しないといっていい。というわけで、皆で知恵を出し合って考えようじゃないか!」
アレックスはこれまで死んだ一度目のアレックス・C・ファウストとしての経験と知識を生かしてアリス、エレオノーラ、カミラ、トランシルヴァニア候を仲間にしてきた。が、ジョシュアに関してはその知識も経験もなかったのだ。
「一番手っ取り早いのは買収でしょう。彼が望むものを与え、その見返りに引き入れる。一度引き入れれば、そのことが脅迫の材料にもなります」
そういうのはトランシルヴァニア候で、彼はアルカード吸血鬼君主国のスパイマスターらしい現実的な手段を提示していた。
「彼が何を望んでいるのか、だね。それを調査する必要がありそうだ」
「金、女、権力、地位。そういうものだろう」
「いやいや。彼に限ってそこまで俗っぽいものはないよ、サタナエル」
「そうか? どんな人間だろうとこの腐ったくだらない世の中で生きていれば、この手の類のものを求めるものだがな」
サタナエルはどうでもよさそうにそう意見する。
「お金を求められても私たちはそんなにお金は持ってないよ」
「必要な金ならばオーウェル機関に請求すれば出してもらえる。だが、本当にこのことがアルカード吸血鬼君主国の国益に繋がるのだろうな?」
エレオノーラがそう懸念を示し、カミラがアレックスの方を見て尋ねる。
「もちろんだ。もちろんだとも、カミラ殿下。我々は必ず黒魔術師だけでなく、アルカード吸血鬼君主国やバロール魔王国の利益にもなるよ」
「だといいのだが。期待させるだけさせて裏切るなよ」
アレックスの言葉にカミラがそういって肩をすくめた。
「まあ、買収にせよ、他の方法にせよ、まずはジョシュア先生を調査しなければ。というわけで、役割分担をしようじゃないか」
「そうね。手分けしてやればすぐに解決するかも」
「そうそう。これだけメンバーが集まったのだからね!」
アレックスは満足そうに集まった『アカデミー』のメンバーたちを見渡す。
「あいにくだが、私はオーウェル機関の件で忙しい。そっちのお遊びを手伝える時間は限られているぞ」
「私もこの地下迷宮の方に興味がありますな」
しかし、カミラとトランシルヴァニア候が早速戦力外宣言。
「俺が何故貴様らを手伝わなければならんというのだ?」
続いてサタナエルも拒否。
「なんという結束力のなさだ。私はほとほと呆れているよ」
「私は手伝うから。何をすればいい?」
アレックスは大きくため息を吐き、エレオノーラが励ますように尋ねる。
「私たちがまず調べるのはジョシュア先生の身辺とそれから大図書館だろうね。大図書館の調査を君とアリスに頼むとしよう!」
「ええー。私もですか?」
「図書館に暇さえあれば入り浸っているのだから文句はあるまい!」
「ありますー。大図書館は生徒用の図書館とは違うんですから」
「文句を聞く気はなーい!」
「ぶー! ぶー!」
アリスが盛大にブーイング。
「アレックスは何を調べるの?」
「うむ。私はジョシュア先生について詳しく調べよう。彼が普段の生活でどのように過ごしているかなどなど。そこから分かることもあるだろう」
「分かった。お互い頑張ろう!」
「ああ」
アレックスはジョシュアについて直接調べることに。
「さて、では作戦開始だ。カミラ殿下とトランシルヴァニア候閣下も気が向いたら手伝ってくれ。頼むよ」
「ああ。気が向いたらな」
アレックスの言葉にカミラは手を振るのみ。
「ところでこの地下迷宮を作ったのは誰です? 恐らくはまだ生きておられるのでしょう? いろいろと探る前に主に挨拶をしておきたいのですが」
「おお。礼儀正しいことですな、トランシルヴァニア候閣下。それでしたらアドルフ3世記念講堂から入られてアビゲイル・メイスン女史に挨拶されるといいでしょう。彼女がこの地下迷宮を作ったのです」
「どうもありがとう、アレックス君。では、早速失礼を」
そういうとトランシルヴァニア候は霧になって姿を消した。
「便利そうな力だ」
「古き血統は肉体には囚われないからな」
アレックスが感心して言い、カミラがそう付け加えた。
「さてさて、我々もいざ行動開始だ。探り、調べ、暴こうではないか!」
「おおー!」
こうしてアレックスたちは行動を開始。エレオノーラたちがポータルを使って学生寮に戻っていき、アレックスとサタナエルだけが残る。
「ジョシュアについては何も知らないのか?」
「何も知らないわけではない。彼は有名な古代言語学の研究者であり、魔導書解析の専門家だ。その過程で黒魔術に多少なりとかかわっているだろうが、それ以上に彼を引き入れたい理由はある」
「奴の正体に関わることだな。あれの正体については俺も把握してる。俺たちの親戚のようなものだ。奴らはそれを断固として否定するだろうがな」
「否定するだろうね。人間から見ても君らと彼らの違いはよく分からない」
サタナエルがくつくつと笑ってそういい、アレックスも肩をすくめる。
「違うのは違うさ。忠誠があったか、全くなかったか。その程度の違いだがな」
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