政変と一件落着
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──政変と一件落着
アルカード吸血鬼君主国王都キングスフォート。
その中心地にある王宮にて動きがあった。
「な、なんだ……?」
武装した陸軍の憲兵隊が王宮内を進み、王宮全体を封鎖するように展開していく。そのことに王宮勤めの貴族や役人たちがうろたえていた。
人狼の兵卒と吸血の将校からなる彼らは王宮内を第一王子エドワードの暮らすトワイライト離宮に向けて進んでいた。
「エドワード・オブ・スティールブラッド! 憲兵隊だ!」
そして一斉に憲兵隊がエドワードの居城たるトワイライト離宮に突入。
「来たぞ、憲兵隊だ!」
「応戦しろ!」
トワイライト離宮では鉄血旅団の構成員たちが武装して応戦し、魔剣などで武装した人狼が切り込み、吸血鬼たちが黒魔術で下級悪魔や死霊を操って戦う。
「切り払え! 突撃!」
憲兵隊は寄せ集めの鉄血旅団より組織的な行動力を発揮し、隊列を組むと一斉に剣を抜いて突撃した。これによって鉄血旅団の人狼たちが切り殺され、吸血鬼たちが胸に剣を突き立てられていく。
鉄血旅団は抵抗空しくあっさりと憲兵隊に制圧された。
「エドワードを探せ!」
「隈なく捜索しろ!」
鉄血旅団制圧後、憲兵隊はエドワードを捜索。
「少佐殿、いません! 既に逃走した模様!」
「クソ。メアリー殿下に報告しよう」
今回のエドワードに対する憲兵隊の捜査はメアリー第一王女の情報提供によって行われたものだった。
メアリーはカミラから鉄血旅団のシンパである3名の人狼と吸血鬼がカミラの暗殺を企てていたということを知らされた。そして、そのことを証明する情報がトランシルヴァニア候から提供されたのだ。
「メアリー殿下。エドワードは逃亡したようです」
「そう。残念ね。だけど、もう兄の王族としての権限は剥奪されている。もう王族ということに甘えて政治ごっこはできないわ」
メアリーはカミラの姉というだけあって彼女にそっくりであった。銀髪をショートヘアにしてモノクルを掛けている以外は、ほぼカミラの数年後という姿だった。
しかし、特筆すべきはその外見ではない。
メアリーの周囲には本や本棚、机などが“宙に浮いて”おり、メアリーが手を伸ばせば求めている本や報告書が彼女の手元に届くようになっていた。さらに言うならばメアリー自身も自らの執務室で宙に浮いた本に囲まれて浮いていた。
「しかし、トランシルヴァニア候がこの件で協力的になるとは……。カミラは何をしたのかしら?」
メアリーは既にトランシルヴァニア候の忠誠心が王室から離れつつあるのを察知しており、彼が王室の危機を救うようなことはしないだろうと思っていた。
だが、今回その予想は覆された。
トランシルヴァニア候はエドワードによるカミラ暗殺疑惑の捜査に全面的に協力しており、諜報界の重鎮としての力を王室に対して示している。
「殿下。バロール魔王国内の資産の報告です。エドワードはバロール魔王国で内戦中の勢力のひとつに亡命したとのこと」
「分かった。ご苦労様。引き続き情報収集を続けて」
「はっ」
オーウェル機関の機関員の報告にメアリーが頷く。
「ああ。トランシルヴァニア候はこれからどうすると?」
「連絡はありません」
「そう。彼は本当に好きにやるのね。本当に自由な人だとことで」
メアリーは呆れたようにそういって肩をすくめた。
こうして鉄血旅団によるカミラ暗殺は阻止された。カミラの留学は継続され、そしてオーウェル機関は『フィッシャーマン』からの情報を引き出し始めている。
「改めてようこそ、カミラ殿下、トランシルヴァニア候閣下。ここが我々秘密結社『アカデミー』の本部だ!」
アレックスがそう紹介するのはいつもお馴染みのミネルヴァ魔術学園地下迷宮内に設置された『アカデミー』の本部である。
そこに設置された円卓にカミラとトランシルヴァニア候が新たに腰掛けていた。
「学園の地下にこんな空間があったとはな」
「4世紀前の宗教戦争のときに作られたものでしょう。ここは滅びゆく魔術世界の最後の砦となるはずだったとか」
カミラが感心したように言い、トランシルヴァニア候がそう返した。
「いかにも。博識だね、トランシルヴァニア候閣下。ここは4世紀前の宗教戦争の際に迫害される魔術師たちを匿うために作られた空間だ。今ではその存在は忘れられ、我々『アカデミー』が利用している」
「なるほど。ここにあの魔導書があったのですな?」
「その通り! ここにはまだまだ使える魔導書がある!」
トランシルヴァニア候は察しがよく、アレックスは鼻高々。
「あーあ。これで私たちもスパイ容疑で後ろ暗い身ですよ」
「アリス。君は既に黒魔術で人を傷つけているのだから今さら過ぎるぞ」
「でも、ばれてないですし」
「確かにばれなければ犯罪ではないが」
アリスもかなりアレックスたちとの付き合いについて学んだようだ。
「これからよろしくお願いしますね、カミラ殿下、トランシルヴァニア候閣下」
「ああ。お前とは引き続きよき友人であろう、エレオノーラ」
エレオノーラは親し気に改めて挨拶し、カミラは微笑んで見せた。
「しかし、メンバーはこれだけなのですか?」
少しばかり怪訝そうにトランシルヴァニア候が尋ねる。
「いや。違うよ、トランシルヴァニア候閣下。あなたならば顔見知りかもしれないが、我々の友人を紹介しよう!」
そこで部屋の中にサタナエルとメフィストフェレスが現れた。
「バートラム・ハーバート。今はトランシルヴァニア候か? 大した身分になったものだな、古き血統のひとりよ」
「これは、これは、陛下。このような場所でお会いするとは」
「驚きか? それが必要だろうな。あまり長い人生を生きて退屈になっている古き血統という生き物には」
どうやらサタナエルはトランシルヴァニア候と面識があるらしい。
「随分と危険な悪魔と付き合いがあるようだな、アレックス」
「危険は人生を楽しくしてくれるからね、殿下。人生は楽しんだもの勝ちだよ!」
「気楽な男だ」
カミラは哄笑するアレックスにそう言ったのみ。
「これでメンバーもそろったのかな?」
「まだだ! まだだよ、エレオノーラ! 我々『アカデミー』にはまだまだ獲得すべき人材は存在する。しかし、カミラ殿下とトランシルヴァニア候が加わわったことで、我々は大きく前進したと言えるだろう」
「権力がほしかったってことだったけど」
「そう、これからはカミラ殿下の権力を借りようじゃないか」
アレックスはそういってカミラの方を見る。
「何をしたい? 私にできることならば協力してやろう。お前たちと遊ぶのもそれなりには楽しそうだ」
「うむ。ある人材を引き入れる手伝いをしてほしい。その人物は身分を偽ってこの学園に潜伏しており、さらにはこの世のものではないのだ」
「そんなものがこの学園に?」
「ああ。そして、その人物は恐らく権力に弱い」
「それは誰だというのだ?」
アレックスのその説明で思い当たる人物がカミラには存在しなかった。
「我々全員が恐らくその人物を知っているが、その正体を知っているのは私だけだろうな。いや、サタナエルも気づいていたね」
「あの男を引き入れるのか?」
「そうだ。彼を引き入れる。彼の知識は我々を大きく助けるだろう」
サタナエルはアレックスの言わんとする人物を理解していた。
「いい加減に勿体ぶらずにはっきり言ってくださいよ。誰なんですか?」
「ふふふ! 教えてあげよう。その人物とは!」
アレックスが宣言する。
「我らが古代言語学の教師ジョシュア・ウェトリー先生だ!」
「えええええっ!?」
アレックスの宣言した名前にほぼ全員が驚いた。
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