吸血鬼の友
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──吸血鬼の友
アレックスとエレオノーラ、カミラとトランシルヴァニア候はにらみ合いを始めた。
アルカード吸血鬼君主国の重要なスパイである『フィッシャーマン』の正体が暴かれたのだ。それはカミラにとってもトランシルヴァニア候にとっても自分たちの脅威となる結果であった。
「もはや殺すしかありませんな、殿下」
「そのようだ」
トランシルヴァニア候はため息を吐いてそう言い、カミラも肩をすくめて同意した。
「おやおや。私たちを殺せばそれでどうにかなるとでもお思いかな?」
そこでアレックスが不敵に笑って指を振る。
「これに見覚えがあることだろう!」
「その人形は……」
「その通り! 下級悪魔を使い魔として使役したものだ!」
アレックスがポケットから取り出したのはアリスの人形だ。彼はずっとこれを隠し持っていたのだ。
「ご存じだと思うが、この人形は会話を聞き取り主人に伝える。既に『フィッシャーマン』の正体を知るのは私とエレオノーラだけではないということだ」
アレックスはそう語り、カミラたちは苦々しい表情を浮かべた。
「私はもし私たちが五体満足で帰らなければ掴んだ事実を国家保衛局に伝えるように指示している。私たちを殺せば本格的にゲームセットだ」
そう、保険をちゃんと準備してあったのだ。
アレックスは自分たちが『フィッシャーマン』の正体について掴めば、間違いなくカミラとトランシルヴァニア候が自分たちを殺しに来るだろうことを予想していた。だから、アリスに使い魔を準備させておいた。
これによって事実は既にこの部屋を出てアリスに伝わっている。
「何が望みかな、アレックス・C・ファウスト君?」
そこでトランシルヴァニア候が不気味なほど穏やかに尋ねた。
「あなたに望むものはないが、カミラ殿下に望むものは既に彼女に伝えてありますよ」
「殿下?」
アレックスがそう答え、トランシルヴァニア候がカミラに尋ねる。
「何かの仲良しクラブに私に参加しろ、とのことだったな。詳細を聞いてやる。話せ」
「仲良しクラブではないよ、カミラ殿下! 我々は秘密結社を組織したのだ! そう、黒魔術師の秘密結社をね!」
カミラが要求するようにそう言い、アレックスが高らかと宣言。
「ほう、黒魔術師の秘密結社ですか。面白そうではないですか」
「それが何を意味しているのかお前はちゃんと理解しているのか、アレックス?」
トランシルヴァニア候がどうでもよさそうに感想を述べ、カミラは不快そうにそう尋ねてきた。
「もちろん、もちろんだとも、殿下。これは私が火あぶりにされても文句は言えないほどの大罪だ。だが、私たちはそんなことは知ったことではない! 私たちは私たちの求めるものを求めるのみ!」
「こいつ、相当の馬鹿だぞ」
はははと哄笑するアレックスをカミラが呆れたような視線で見る。
「そう馬鹿にできるものでもないのだよ。事実、我々はこうしてアルカード吸血鬼君主国の進めていた陰謀を掴んだ。そのことについては我々にある種の才能があることを認めてもらえるだろう!」
「確かにその通りですな」
トランシルヴァニア候はアレックスの言葉にただ頷いた。そのポーカーフェイスからは感情は読み取れない。
「それにメンバーも精鋭揃い。アリスのことは既に知っているだろうから省かせてもらうが、エレオノーラもまた優れた黒魔術師であり、我々のメンバーだ」
「エレオノーラが? まさかその魔剣は……」
カミラがエレオノーラが握っている魔剣ダインスレイフを観察するように見る。
「魔剣ダインスレイフ。私たちヴィトゲンシュタイン侯爵家が代々引き継いできた魔剣。これは地獄の国王のひとりマモンから授かられた。そう、黒魔術だよ」
エレオノーラはそんなカミラにそう説明した。
「大言壮語ではなく実際に優れたメンバーがいるようだが、敢えて尋ねよう。お前には何ができる、アレックス?」
カミラの疑問はアレックスに向けられた。
「私ができることをここで示すのはなかなかに難しいが、疑問にはこ答えなければなるまい。──来たれ、バビロン!」
そして呼び出されたのはかのバビロン。サタンの眷属たる上級悪魔にして、アレックスの使い魔となっているドラゴンだ。
以前より憤怒の感情が増したように見えるドラゴンは長い首を伸ばし、硫黄の臭いを漂わせながらカミラたちを睨むように見る。
「こいつは……」
「なるほど。確かに黒魔術師ですな。言い訳にしようもないほどに」
カミラが眼をわずかに見開き、トランシルヴァニア候は小さく笑った。
「殿下。これは話に乗るべきでしょう。彼らとの友好はアルカード吸血鬼君主国の利益となります。あなたがそうなされるのであれば、私が握っている鉄血旅団に関するもっと深い情報を提供する準備があります」
「私に道化の一味に加われと?」
「道化がドラゴンを従えることはありません。ドラゴンとはどのような文化においても権力の記号。ドラゴンを従えるものは権力も従える。そのことは私がいちいち説かずともご承知かと」
「分かった。ああ、分かった。その代わり鉄血旅団の情報を約束しろ」
「もちろんです。もはや嘘は付けない」
そう、『虚偽の理論』がある限りトランシルヴァニア候はもうカミラに嘘の報告をすることはできないのだ。
「アレックス。お前の一味に加わってやる。それが利益になると判断した。感謝するがいい。しかし、だ」
「もちろん『フィッシャーマン』についての情報は一切漏らさないし、そちらの諜報活動の邪魔はしない。我々は同志なのだから当然のことだ」
「結構」
カミラはひとまずの諜報上の秘匿が守られたのに頷いた。
「よければ私もその愉快な企てに加えていただけませんかな?」
「トランシルヴァニア候閣下。あなたが?」
トランシルヴァニア候が申し出るのにアレックスは意外そうな顔をした。
「ええ。興味深い話ですので。古き血統と言えど黒魔術を極めたわけではありません。まだまだ私の魔術には研鑽が必要であり、それは他の黒魔術師からの刺激がもっともいいのです」
「なるほど、なるほど。それであれば是非とも歓迎したいのですが、あいにく我らが秘密結社の本部はこの学園にありましてね。その点を解決していただけるのであれば、迎え入れましょう」
古き血統たるトランシルヴァニア候が本心から彼からすれば赤子に等しいアレックスたちと肩を並べて学びたいなどと思っているとはアレックスも考えていない。
彼は恐らく首輪を付けておきたいだけだと認識した。
「では、これでどうでしょう?」
トランシルヴァニア候がそう言った直後、彼はアレックスと同年代ほどの少年の姿へと変わっていた。衣服もサイズを合わせて縮んでいる。
「トランシルヴァニア候。お前、身分を偽って学園に通うつもりか?」
「ええ。殿下。それが我々の利益になるのであれば、そうしましょう」
「信じられん男だ」
カミラはあきれ果てた視線を若返ったトランシルヴァニア候に向けていた。
「古き血統たるトランシルヴァニア候閣下が学園に通われるとは。退屈されるかもしれませんよ?」
「大陸でも有数の魔術の教育機関に通うのです。そのようなことはありませんよ」
「それならば歓迎しましょう。ようこそ、ミネルヴァ魔術学園へ、トランシルヴァニア候。そして、ようこそ──」
アレックスがそういってにやりと笑みを浮かべる。「
「我ら『アカデミー』へ!」
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