交差する調査
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──交差する調査
カミラはアリスについての調査を始め、アレックスたちはカミラへの接触を目指すという状況が生まれた。
先に動いたのはカミラの方だ。
「殿下。ハントという姓の生徒は学園に1名のみです。その生徒──アリス・ハントについての学園にあった資料を入手しました」
「ご苦労」
人狼の護衛がそう言って書類の束をカミラに差し出した。
「アリス・ハント。帝国南部のグレート・アイランズ王国の出身。両親はハント工業の社長と副社長であり、なお同社は一族経営である。爵位などはないが、両親はグレート・アイランズ王国庶民院と強い繋がりがある、と」
カミラは渡されたアリスの資料を見てそう読み上げた。
「グレート・アイランズ王国の人間が国家保衛局の正規の職員になるのは難しいと聞いているが、そのような噂を意図的に流布した可能性もあるな」
「しかし、国家保衛局の正規職員となるには資格を欠いています。国家保衛局は主に警察軍士官の中でも帝国三大大学出身者を好んで採用しますので」
「となれば非正規職員か?」
「あるいは全く関係がないかです」
カミラが尋ねるのに人狼の護衛がそう返す。
「ここまで関係性を示しておいて無関係だとも思えん。直接あたって見るか……」
「それなりにリスクを伴いますが、よろしいので?」
「ああ。少し話をするだけだ。連れてこい」
「了解」
これまでカミラは吸血鬼の王族として得たひとつの力を使っていた。
それは魅了の力だ。
本来なら相手を完全に支配下におく強力な力であり、よほどのことがなければ抵抗されないのだが、どういうわけかエレオノーラには効いていない。
だからこそ、アレックスたちも警戒していなかった。
「アリス・ハントだな?」
「は、はい……?」
そのような状況でアリスはひとりで行動しており、カミラに仕える人狼の護衛たちの声をかけられたときもひとりであった。
「一緒に来てもらおう。カミラ殿下がお呼びだ」
「え、ええ? いや、それはちょっと……」
「断るならば力尽くで連れていくだけだ」
屈強な人狼の護衛3名がアリスを連れていこうとする。
「待ちたまえ。何をしている?」
「何だ、お前は」
そこで現れたのがメフィストフェレスだ。彼は人狼の護衛からアリスを守るように間に割り入り、人狼の護衛が睨むのを余裕をもって受け流した。
「美術の講師であるメフィストだ。アリスは私の恋人だ。吸血鬼の王女だがなんだか知らないが勝手に連れていかれては困る。失せろ、犬ども」
「我々と犬と呼ぶか。後悔させてやる……!」
人狼たちは殺気立つとメフィストフェレスに向けて拳を構えて接近。
「くたばれ」
素早く拳が繰り出され、メフィストフェレスを狙う。
「ぬるいぞ。まるでチワワだな」
しかし、メフィストフェレスはあっさりと打撃を躱し、カウンターとして一撃を人狼のひとりに向けて叩き込んだ。メフィストフェレスの拳が人狼の顔を抉るように叩きのめし、そして人狼がよろめいた末に倒れる。
「貴様!」
「かかってこい、犬ども」
残った2名の人狼が揃ってメフィストフェレスに襲い掛かり、メフィストフェレスがそれに応じる。
人狼たちは訓練された軍人であり、格闘戦にも優れている。その動きは無駄がなく、そして素早い。拳から繰り出されるパンチも、足から繰り出されるキックも、本来ならば相手を殺傷するに十分だ。
「ははっ。その程度か、チワワ?」
だが、メフィストフェレスには訓練された人狼の格闘技術も通用しない。メフィストフェレスは攻撃を巧みに躱し、すぐさまカウンターを叩き込んだ。
「クソ。こいつ……!」
「手ごわいぞ!」
人狼側は防御しながらも攻撃に徹するが、地獄の公爵を相手に彼らではいささか力及ばずというところであった。
「やめろ。何をしている」
そこで少女の声が響いた。
「殿下」
「随分と時間がかかるので見にきたら、何をしているというのだ?」
現れたのはカミラだ。
「おや。どうやらチワワの飼い主が現れたようだ」
「お前は……」
メフィストフェレスがカミラを見て嘲笑うのにカミラが眉を歪めた。
「なるほど、なるほど。面白い交友関係を持っているようだな、アリス・ハント?」
「え、ええ。どうもです……」
「もはや魅了でどうこうする必要もない。間違いなくお前がパーティー会場と私の部屋に下級悪魔を侵入させた。だろう?」
「ど、ど、ど、どうでしょうね!?」
カミラが言い、アリスが動揺に動揺しきった。
「はあ。こんな馬鹿のために時間を取らされたとは。お前が国家保衛局の機関員か資産かとも疑ったが、流石の国家保衛局もそこまでは落ちていないだろうな」
「なんか凄い馬鹿にしてません……?」
「してるぞ。ストレートにな」
「む、むかつく……!」
けらけらとカミラが笑い、アリスがむぐぐと憤った。
「で、何の目的があってやった? 悪戯にしては度を越しているぞ。それもそこの地獄の公爵まで引き連れているとは。この前の聖騎士が起こした騒動もお前が原因だろう」
「それは違いますし、悪戯でもないです」
「では、何だ? 興味本位か?」
「まあ、そんなところでしょうか」
何と答えるのが適切だろうかとアリスが考え込んでいたときだ。
「やあやあ、カミラ殿下! 私の友人であるアリスに何か用事かね?」
「アレックス。お前が出てくるのはさほど不思議ではないな」
突然現れたアレックスを意外そうでもなくカミラが見る。
「私の友人であるアリスがドン臭くてお間抜けなのは事実だが、いじめてやらないでもらえるかな。彼女は彼女で頑張っているのだ」
「ぶ、ぶち殺しますよ……!」
アレックスがにやにや笑いでそう言うのにアリスが半ギレ。
「お前は何か私とやり合いたいようだな、アレックス。私はお遊びでここにいるわけではない。私はお前と遊んでいる暇はないのだ。その上で尋ねよう。お前はこの私に何を求めている?」
「取引を」
「ほう」
アレックスの言葉にカミラがそっと目を細める。
「聞いてやろう。言え」
「トランシルヴァニア候はあなたに情報を隠している。鉄血旅団に関しての情報だ。それを暴くのを手伝うのと引き換えにあなたには我々の仲間になってもらいたい」
ここでそうアレックスが切り出した。
「仲間とは? 黒魔術師の秘密結社でも作ったのか?」
「おやおや。秘密結社とは! カミラ殿下はそういうのがお好きであったのかな? フリーメイソンのように歴史あるものやスカル・アンド・ボーンズの新入り、あるいは地獄の火クラブみたいなどうでもいいお遊びか……」
「何だそれは?」
アレックスが上げたのはどれも地球における秘密結社だ。
「何はともあれ、だ。この条件を飲んでくれるのであれば“落しもの”はお返ししよう。あなたもあれを紛失したと学園に届けることは難しい立場でしょう?」
「ふん。何故トランシルヴァニア候にこだわる?」
「大したことではありませんよ、殿下。ただ私も悪人を名乗るであれば古き血統に喧嘩のひとつでも売った方が箔が付くと思っただけだ」
「私はお前たちのどうでもいいお遊びに付き合っている暇は本来ないのだが……」
アレックスの言葉にカミラが考え込む。
「いいだろう。一度だけトランシルヴァニア候に会わせてやる。お前に何ができるか興味もあることだしな。ただ一度だけだぞ。そこで何もできなければ──」
カミラがそっとアレックスの耳元に顔を寄せる。
「食い殺しやる」
そしてそうささやいてから何事もなかったかのようにまた涼しい顔をした。
その言葉は彼女があくまで『人間と似た姿をしているだけの人食いの化け物』であることを端的に示しており、アレックスは思わず苦笑する。
「以上だ。またな、アリス、アレックス。行くぞ」
「はっ」
カミラは人狼の護衛たちを引き連れて去っていた。
「はてさて。死にたくなければ吸血鬼の王族を怒らせるなとは言ったものだが」
「本当にどうにかなるんです?」
「どうにかならないとカミラ殿下に食い殺されてしまうだけだよ!」
「はあああ……」
アレックスがけらけらと笑うのにアリスはため息。
「まあ、上手くいくさ。きっとね」
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