愛国者と売国奴
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──愛国者と売国奴
アレックスは聖騎士であるアウグストとエミリーが謎の悪魔に襲撃を受けたという話をエレオノーラから聞いた。
「君だろう、サタナエル?」
もう既に大勢が気づいてたように犯人はサタナエルだ。
「だったらなんだ? 俺は俺のやりたいようにやる」
しかし、サタナエルはまるで気にもしていない様子でそう返したのみ。
「まあ、いいさ。おかげで聖騎士は撤退した。暫くは出てこないだろう。出てくるとしても今度は君を完全に倒すつもりで出てくるはずだよ」
「その時は鏖殺してやる」
「それは結構だ」
サタナエルがにやりと笑い、アレックスは肩をすくめた。
「大丈夫なんです? 学園に地獄の皇帝がいるとなれば聖騎士団が全力で出撃してくる可能性だってあるのでは……」
「いえ。大丈夫だと思う。前に言ったけど帝国中央は第九使徒教会をそこまで信頼していない。もし、学園の悪魔に対応するとすれば教会が介入するのを帝国が妨害する。大きな実害がないならば、ね」
「なるほど。縄張り争いですか」
エレオノーラがアリスの懸念にそう言い、アリスが納得した。
「というわけで、いい感じにサタナエルが聖騎士たちの注意をそらしてくれたところで、こちらはこちらで行動しよう。アリス、カミラ殿下周りの護衛については調べてくれたかい?」
「ええ。一応調べ終えましたけど」
「その護衛の中にウィリアム・ブランドレスという名前はあったかな?」
アリスが答えるのにアレックスがそう尋ねる。
「えっと……。ああ、ありますね。護衛のひとりである人狼がそんな名前です。知り合いですか?」
「違う。そいつは鉄血旅団の隠れシンパだ。鉄血旅団がカミラ殿下を監視するために送り込んだものなのだよ」
「それってどこで知ったんです?」
アレックスの言葉にアリスがもっともな疑問を呈する。
「内緒だ! 私なりに秘密の情報源を持っていると思ってもらいたい」
アレックスはまだ自分が一度ガブリエルに殺されて巻き戻ってきたということを明かしていない。よって彼は一度目の人生で得た情報について、その情報源を明かすことはできなかった。
「鉄血旅団というのにアレックスは詳しいの? 前にカミラ殿下ともそんな話をしていたけれど」
「それなりに詳しいつもりだ。人類国家である帝国との友好条約に反発する極右集団で指導者はエドワード第一王子。人がやらない過激なことをすれば国のためになると勘違いした自称愛国者の集団だよ」
「愛国者ならカミラ殿下を脅かす理由は? カミラ殿下だってアルカード吸血鬼君主国のために働いているのに……」
「それは愛国者というものの定義の違いだよ、エレオノーラ」
エレオノーラがが疑問に思うのにアレックスが語り始めた。
「ある人のためだからとやったことが裏目に出る。よくあることだ。君らも経験したことがあるだろう。下心などなく、親切心から行った行為が、残念な結果に終わってしまったということは」
「ええ。人生失敗することもあるね」
「私が言いたいのは愛国者というものにもそういうことがあるということだよ。国のためにと思った行為が裏目に出て、国を裏切る結果となってしまう」
人が善意から行った行動が全て正解だということはない。人はいかなる理由で行動しても失敗するときは失敗する。
それは愛国心でも同じこと。
「しかしながら、愛国者というのは多少の親切心から行動する人間より性質が悪いところがある。『我々のやることは大勢のためにになるのだから、文句を言わずに我々のいうことに従え』などという善意の押し付けをやらかすことだ」
「うへえ。確かに面倒な連中ですね。なんというか……うざい?」
「そう、政治的な思想がどうあれこのような独りよがりな愛国心を振りかざす連中はろくでもない。その考えが間違っていればそいつらだけでなく、周りの人間もドベを引かされるということを考えないのだから」
アリスが渋い表情を浮かべアレックスもうんざりとした様子で語った。
「もっとも私は独りよがりな売国奴だから独りよがり愛国者とどっこいか、それ以上の性質の悪い存在なのだがね!」
「まあ、アレックスってば」
アレックスがわははと笑い、エレオノーラも苦笑した。
「何はともあれ、鉄血旅団の愛国者とやらはその手の類だ。自分たちは絶対に間違ってなくて、自分たちのやることは全て国のためであるから正しいと思っている人種。だから、無茶苦茶をやらかす」
「例えばどのようなことをやるんです?」
「カミラ殿下の暗殺、などかね」
「暗殺ーっ!?」
こともなげに言い放ったアレックスにアリスが目を丸くする。
「そう、暗殺も選択肢のひとつに入っているだろう。エドワード王子によってカミラ殿下は愛国者ではなく売国奴だ。愛国者は別の愛国者から見ると売国奴に見えるのだろう。そういうわけで暗殺される可能性はゼロじゃない」
「あなたのことだから、当然もうカミラ殿下を助ける方法は考えているのでしょう?」
「うむ。難しいが不可能ではない」
「教えて。私にできることも。カミラ殿下はもう私の友人だから」
エレオノーラがそうアレックスに説明を求める。
「まだ必要なアイテムが手に入っていないので今は地道にカミラ殿下の周囲を見張るしかない。アリスには引き続き監視を継続してもらい、私とエレオノーラは即応可能な体制を維持する。これが第一だ」
アレックスはまずそう説明した。
「カミラ殿下を味方に引き入れれば、問題は大きく進展する。が、そのことで恐らくカギを握っているのはトランシルヴァニア候だ。例の『フィッシャーマン』について我々が暴く必要がある」
「それはどうやって?」
重要なのは『フィッシャーマン』なるオーウェル機関のスパイを捕まえることだ。それでカミラやトランシルヴァニア候を脅迫し、味方に引き入れる。
「そのためのアイテムをミネルヴァ魔術学園地下迷宮で探しているのだよ、エレオノーラ。私が君たちに仕事を任せて遊び惚けているとは思っていないだろう?」
「普通に思ってましたけど」
「アリス。君は本当に失礼な女性だな!」
アリスはエレオノーラが焼いてきたクッキーをつまみながら言い、アレックスに思いっきり突っ込まれた。
「そのアイテムというのは?」
「『虚偽の理論』という魔導書だ。これは貴重な魔導書なのだよ。特にこのスパイ作戦においてはね」
「んー? どういう魔導書なの?」
「まず、なんとトランシルヴァニア候のような古き血統ですらこの魔導書の存在を知らない!」
「おおー」
「さらにその効果はサタナエルのような大悪魔を除けばあらゆるものに影響する!」
「おーっ!」
アレックスが語るのにエレオノーラが感心し続けた。
「いや。だから、どういう魔導書なんです? 効果はどういうものなので?」
「内緒だ!」
「はああああ……」
またしてもアレックスの言葉にアリスが大きくため息。
「私も好きで話さないわけではないのだよ。ただ、効果を皆が知らない方が上手くいくから教えないだけだ。目的を達すればちゃんと説明するさ」
「そうしてください。じゃあ、私は引き続き監視ですね」
「うむ。頼んだよ、アリス!」
アリスは引き続き下級悪魔を憑依させた人形による監視。
「私はカミラ殿下に接近を続ける、でいいの?」
「そう、その通りだ。彼女に近づいておく必要がある」
「分かった。頑張るよ」
エレオノーラはカミラに接近を続ける。
「そして、この私は地下迷宮に潜り続けるわけだ。今日もしっかりと潜るとしよう!」
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