食堂でのトラブル
本日3回目の更新です。
……………………
──食堂でのトラブル
「この新入生合宿は特に何事もなく終了する。ずるがしこいものたちは既に入学している友人たちからどの講義の過去問が出回っていて、簡単に単位が取れるということを聞き出し、そして広めている。それぐらいだ」
「本来ならば、という話だろう。何をする? 面白いことなのだろう?」
「君は好奇心の塊だな、サタナエル」
「ああ。そういう味のする果物を昔、騙して人間に食わせたぐらいにはな」
アレックスが指摘するのにサタナエルがにやりと笑った。
「そのネコも殺す猛毒から真の霊薬に至るまでの有する美味な味を味わおう。ことが起きるのはこの合宿が始まってから2日後だ」
そして、合宿が始まって、イベントが消化されていく。
1年生が受ける講義についての説明。必須の講座と選択式の講座を教えられ、その内容についてシラバスを下に軽く解説があった。それから生徒同士でどれを受けようかという話をする。
それから健康診断と学力テストが行われ、生徒たちは大陸最高峰の学園に相応しい素質があることを証明した。
事件が起きたのはアレックスが指摘した通り2日後だ。
「おい、平民。誰の許可を得て、ここを利用しているんだ?」
事件が起きたのは食堂。
ことの発端はシンプルだ。
アレックスと同じC組の生徒たち──アルベルト・フィッシャーたちが貴族がいつも利用しているテーブルを間違って使用してしまったことから始まる。
「す、すみません!」
「それだけか? ただ謝れば許してもらえると思ってるのか? もうちょっと本当に謝罪しているっての示すために誠意ってやつを見せてくれよ」
慌てて席を立つアルベルトたち平民グループに4名の貴族生徒たちが意地悪く笑いながらそう言った。
「何をすればいいのでしょうか……?」
「そうだな。全裸になって土下座してくれよ。そうしたら許してやるよ」
「そんな……!」
この貴族は子爵家の息子がボスで取り巻きも男爵程度と低級貴族だ。そして、こういう平民に対して弄ぶように接するのはこの手の貴族である。
貴族として低位で収入も少なく、場合によっては貴族の肩書だけがあって他の面においては平民と同じくらいの生活水準。
そんな彼らがコンプレックスに苛まれた末に目下の人間にやたらと当たり散らすということはよくあることなのだ。
「さあ、さっさとしろよ。俺たちも暇じゃないんだ」
「う、うう……」
脅されている平民たちの中には女子生徒もおり、女子生徒は助けを求めて周りを見渡している。しかし、彼らに手を差し伸べるものいない。
貴族は平民を助けて得をしないし、平民は自分たちも貴族の怒りを買うのではないかと恐れて手出しができず、彼らは遠巻きにトラブルの様子を眺めているだけ。
「やあやあ! 一体何をしているのだい、諸君?」
そこで乱入してきたのはアレックスだった。
「何だ、お前は? お前も平民だな」
「いかにも。私は平民だよ。だから何だというのかね? 貴族が無条件に敬意を払われるとは思わなことだ。貴族はちゃんと貴族として責務を全うすることで初めて尊敬され、愛されるのだよ」
「何だと……」
アレックスがにたにたと笑って言うのに貴族の生徒たちがいきり立った。
「諸君らはどうも貴族という誇り高い身分の人間は見えないな? 弱きものを守ることこそが貴族の義務。それが弱者に当たり散らしてガキのように振る舞っている。こんな人間が貴族の末席として帝国に存在するは嘆かわしい」
「ふざけるなよ、このクソ野郎。お前は謝罪では許してやらない。全裸にした上で縛り上げて外に放り出してやる!」
「ほう? そんなことが本当にできるというならば、どうぞやってみてくれたまえ」
「クソが! くたばれ!」
どうやら気性が荒かったのはそれなりに武術の心得があったかららしく、貴族の生徒は素早く打撃をアレックスに向けて放ってきた。
「目には目を、歯には歯を」
その打撃に対してアレックスはそう詠唱すると──。
「あがっ……!」
アレックスに入るはずだった打撃は途中で結界に阻まれ、貴族の生徒の方が逆に強力な打撃を食らったかのようにはじけ飛ぶ。
「何をしやがった……!」
「おや。この学園に入学できたというのに結界のひとつも知らないのかね。君が吹っ飛んだのは君の叩き込んだ打撃だ。君の打撃の衝撃をそのままお返しした。自分で自分を殴った感想はどうだい?」
鼻血を流しながら呻く貴族の生徒にアレックスは呆れたように語った。
「結界を使いやがったのか。なら、結界もろとも吹き飛ばしてやる!」
貴族の生徒が詠唱を始め、アレックスに向けて火をベースにした初歩的な攻撃魔法を叩き込もうとする。炎がもうもうと燃え上がり、大きく立ち上るとそれがアレックスに向けて突っ込んでくる。
炎がアレックスに命中し、炎が辺りを包み、煙が立ち込めた。
「お、おい。殺したんじゃないよな……?」
「大丈夫だろう。それに平民が死んだところで俺の父が──」
貴族の生徒がアレックスを撃破したことを確信したときだ。
拳がその生徒の顔面に叩き込まれて貴族の生徒は合宿所の廊下の壁に向けて弾き飛ばされた。激しい物音がし、骨の折れる鈍い音と悲鳴が響く。
「俺の親戚に手を出すとはいい度胸だ。並べ。ひとりずつ殺してやる。丁寧に、な」
拳を振るったのはサタナエルだった。彼女の拳からは貴族の生徒の血が付き、ゆっくりと地面に滴り落ちている。
殴られた生徒は痙攣し、死にかけていた。
「お、おい。やべえよ。逃げようぜ!」
「覚えてろよ、クソ野郎ども!」
その気絶した生徒を抱え、回復魔術をかけながら貴族の生徒たちは逃げていった。
「やれやれ。見事に無様な捨て台詞だ。絵に描いたような三下であったね」
「追いかけて殺すか? いや、殺す」
「待ちたまえ。我々から仕掛けずともあの手の三下はしつこく根に持つものさ」
「ふん。まるで見てきたかのように──」
そこまでサタナエルが言いかけて彼女は顎に手をおいた。
「見てきたのか。なるほどな。これで解決ではない、と」
「ああ。楽しみはある。安心したまえ」
サタナエルは小さく笑い、アレックスも笑みを浮かべる。
「あの、助かりました……」
「気にせず。別に君たちを思ったうえでの親切心からというわけではないからね。こちらの利にもなることだ。だから、感謝する必要はないし、されても困る」
「そ、そうなのですか……?」
「そうなのだよ」
絡まれていた平民の生徒が礼を述べるがどうでもよさそうにアレックスは応じた。
「さあ、行こう、サタナエル。我々は食事がまだだ」
「ああ。まずは腹を満たすか」
アレックスたちが食堂でトラブルを起こすのは一度目と同じ。
だが、アレックスは次に起こることの結果を少しばかり有意義に使うつもりであった。そう、先ほどの貴族の生徒たちの逆恨みから生じる報復の結果を。
「君はいつもステーキだね、サタナエル。肉ばかり食べて飽きないのかい?」
「肉以外に食う気はせん。まして不味い地上の飯ではな」
「一度マモンの晩餐に招待されたが、あれは素晴らしいものだった。君が地上の料理に落胆する理由も分からなくはないよ」
「そうだろう?」
アレックスとサタナエルはそう言葉を交わしながら食堂の食事を味わった。
しかし、そのころアレックスとサタナエルにこっぴどくやられた貴族の生徒たちは報復を企んでいた。彼らは傷を負った仲間を治療し、怒り狂っていた。
「あの平民野郎に思い知らせてやろうぜ! 最悪殺してもいい! 親父がもみ消す!」
「ああ! やってやろうぜ!」
傷を負った生徒が一番に怒鳴り、他の生徒たちが同調。
「まず奴をおびき出さないとな……。徹底的にやってやる……」
……………………