捜査協力
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──捜査協力
アリスたちが見つめていた2名の聖騎士はミネルヴァ魔術学園のキャンパス内で話し合っていた。
「どう思う、副団長?」
「嫌な空気は確かに感じますが、黒魔術だと断定できるほどでは。通常の魔術でもこの程度の淀みは生みますからね」
白と黒の聖騎士の軍服姿をした壮年の男が尋ねるのに、同じ聖騎士の軍服を纏った若い女性が返す。
「ザイドリッツ団長にイーストン副団長! どうされたのですか?」
そこに現れたのがガブリエルだった。
そう、このふたりの聖騎士はガブリエルと同じ聖ゲオルギウス騎士団の所属であり、その聖ゲオルギウス騎士団の団長と副団長である。
「何、ちょっとした調査だ、ガブリエル」
顔立ちが濃い北方人らしい壮年の男性の方はアウグスト・フォン・ザイドリッツ。聖ゲオルギウス騎士団団長だ。
「ええ。大したことはない頼まれごとですよ」
ブルネットの短いポニーテイルの女性の方はエミリー・イーストン。聖ゲオルギウス騎士団副団長である。
「それでも来てくださるならば事前にば何か連絡していただければ案内などしましたのに。私もようやく学園になじんできましたから」
「ああ。手紙は読んでいるぞ。しっかり魔術について学んでくれ。この学園ならばきっと君の将来の可能性を開いてくれるだろう」
「はい、団長」
アウグストが言うのにガブリエルがしっかりと頷く。
「魔術は便利なものだが、危険性もはらんでいる。目的から逸れ、人の道から逸れた魔術は神の教えに背く外法であり、我々が討つべきものだ。それゆえにガブリエル、君には正しい魔術を学んでもらいたい」
アウグストは聖ゲオルギウス騎士団団長としてガブリエルの上官であると同時にガブリエルの養父であった。
ガブリエルの両親はガブリエルが幼いころになくなっており、アウグストがガブリエルを引き取ってこれまで育ててきたのである。
このミネルヴァ魔術学園への進学もアウグストが強く勧めたものだった。
「ガブリエル。友達はできましたか?」
「はい。いろいろな方と友人になれました」
「後で紹介してもらえますか? 今は少しやるべきことがありますので」
「分かりました。どこでお会いできますか、イーストン副団長?」
「寮の方にこちらから行きますので心配しなくていいですよ」
「はい! では、失礼します!」
ガブリエルがエミリーに元気よくそう言うとその場から立ち去った。
「聞かなくてよかったのか? あの子ならば学園内に黒魔術師がいれば気づくことができるだろう。この問題も早々に片が付く」
「彼女はここに学びに来ているのですよ、ザイドリッツ団長。それを我々の仕事で煩わせたくありません」
「そうだな。今は聖騎士ではなく生徒か。では、我々は聖騎士として仕事を続けよう」
「ええ」
アウグストが頷き、エミリーが周囲を見渡す。
「帝国内務省は黒魔術によって警察軍の兵士たちが殺害されたと言っている。それが黒魔術師によるもか、悪魔によるものか、あるいは魔族によるものかは分かっていないということだった」
「残された痕跡からは硫黄と淀んだ魔力が検出されています。が、それだけでは犯人を特定することはできません」
「ああ。それに君から聞いた話だが、事件当時、現場ではアルカード吸血鬼君主国の第二王女カミラがパーティーを開いていた。知っての通り、吸血鬼は黒魔術を使う」
第九使徒教会隷下の聖ゲオルギウス騎士団は今回、帝国内務省から捜査協力を依頼されて捜査を行っていた。
「帝国内務省は何かを隠している感じでしたね。現地にいた警察軍の兵士についてこちらで調査したところ、全員が帝国鷲獅子衛兵隊の所属でした」
「警察軍の公安部隊か。滅多なことでは出動しないはずだ。しかし、その身元調査を行ったのは我々教会の組織か?」
「ええ。法王官房調査室です」
「その手の連中をあまり使うな。同じ聖職者として神に対する忠誠心は疑わないが、人としては信頼に値しない」
エミリーの返事にアウグストが渋い表情を浮かべた。
法王官房調査室は第九使徒教会の情報機関だ。教会に対する攻撃や信者への迫害、あるいは黒魔術師や魔族の動向について調査を行っている。
「また悪い癖がでましたね、アウグスト? あなたはすぐに組織の運営に個人的な感情を持ち込むのですから。あなた個人が信頼できなくとも、組織として彼らが我々を裏切る理由はありません」
「ううむ。だが、諜報活動というのは嘘を吐くものだろう? そういう人間は俺はやはり好きじゃない」
「それはあなた個人の感情です。組織の長として個人的感情は胸に秘めておいてください。いいですね?」
「分かった、分かった。もう言わない」
エミリーが注意し、アウグストが渋々というように頷く。
「さて、事件に内容に戻りましょう。帝国内務省は殺害されたのが帝国鷲獅子衛兵隊だとは言いませんでした。アルカード吸血鬼君主国の第二王女がパーティーを開いていたのもこちらで調査した結果です」
「何を隠していると疑るには十分だが、何を隠していると?」
エミリーの言葉にアウグストはいまいち理解できないというように首を傾げる。
「国家保衛局の作戦が進行中であるという可能性があります。帝国内務省がアルカード吸血鬼君主国に対する何らかの情報作戦が展開してている可能性です」
「ふむ。その手の物事は後ろめたいことがあるのか隠されがちだが……」
「後ろめたいわけではありませんよ。情報戦においては自分たちの事実を知る人間が少なければ少ないほど有利に立てるのです。カードゲームにおいて自分の手札を明かさないのと同じこと」
「カードゲームは苦手だ」
「あなたはすぐ顔に出て腹芸というものができませんからね」
「ううむ」
エミリーがからかうようにそう言い、アウグストが唸った。
「とはいえ、彼らが情報を隠す意図は理解できますが、それならばそれでどうして私たちに捜査協力を依頼したかが問題になります。推理のひとつとしては、我々は意図せずして帝国に利用されているということ」
「説明してくれ」
「はい。帝国はあのホテルでの殺人とアルカード吸血鬼君主国への諜報活動に何かしらの繋がりを見つけた。ですが、それを暴くためにはまだ情報が足りない。そこで我々を利用することにした」
「我々聖騎士団はスパイ活動など行わないぞ」
「ええ。我々の役割は場を引っ掻き回すことに近いでしょう。物陰に隠れた獲物を引っ張り出すために吠え続ける猟犬のように、です」
そのように思われてもしょうがないほどに捜査協力を依頼してきた帝国内務省は第九使徒教会及び聖ゲオルギウス騎士団に情報を伏せている。
「気に入らないな。あの捜査協力を依頼してきた警察軍の──ヴォルフ少佐、だったか。やけに我々に対して高圧的でだったし、そんな風に使われるのは腹が立つ」
「帝国中央は教会を信頼していないということでしょう」
「それで、だ。それならば我々はどう動くべきだ?」
忌々し気にアウグストが尋ねる。
「それについては我々の敵は何かが重要です。団長、我々の敵とは?」
エミリーがそう率直に問う。
「この場合は……帝国内務省は我々を利用しようとしているが、俺が思うにそれは我々が相手にするべきものではないな。我々はあくまで第九使徒教会の聖騎士だ。スパイでも秘密警察でもない」
「その通りです。我々は聖騎士。神と第九使徒教会の信徒に使えるものであり、我々が倒すべきは神に背き、信徒を迫害するものたちです」
「であるならば、俺たちはただ黒魔術を使った人間を探すだけか」
「それ以上の考えは我々に不要です。帝国内務省が何を狙って我々を捜査に引き入れたかを考える必要もないでしょう。我々は我々の義務を果たすのみ」
「そうしよう。俺はそれぐらいシンプルな方が好きだ」
「ええ。団長らしくていいと思いますよ」
そして、アウグストとエミリーは学園内の調査を進めた。
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