黒魔術師・吸血鬼・聖騎士・スパイ
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──黒魔術師・吸血鬼・聖騎士・スパイ
アレックスがエレオノーラによってカミラに紹介されている間、アリスが何もしていないわけではなかった。
アリスはアリスでやるべきことをしていたのだ。
「人狼の護衛は8名、吸血鬼の護衛は2名。計10名がカミラ殿下の護衛です」
「ふむ。常に傍にいるのは1名から3名でローテーションしながら運用されていると」
「そうです、メフィスト先生」
アリスとメフィストフェレスはカミラを直接攻略する前にその周りにいるアルカード吸血鬼君主国から派遣されている護衛たちを調べていた。
護衛は人狼も吸血鬼もアルカード吸血鬼君主国の軍人である。そして、彼ら自身も諜報作戦に少なからず関与していた。
「カミラ殿下がスパイの場合、近くにいる護衛がそれを知らないということはあまりあり得ないと思います。というより、カミラ殿下についていけば自然に入国し、帝都で活動できることを考えれば彼らの方がスパイかもです」
「分かった、愛する人よ。では、彼らも監視するわけだ。彼らはどのタイミングで正体を現すと思う?」
「一番いいのはトランシルヴァニア候か彼の部下が接触してくるのを押さえることです。でも、正直スパイ容疑云々の証拠を手に入れても、それだけならカミラ殿下も大使も外交特権で帝国に帰国するだけで終わります」
「王族や外交官を拘束するのは前時代的な発想ではあるね。だが、彼らが利用しようとしている『フィッシャーマン』は話が別だ」
「そう、それです。カミラ殿下がスパイ容疑をかけられより『フィッシャーマン』が拘束されることの方が彼女たちにとっては大きな損害となります。だから、脅迫の材料としてはそれが必要かと」
「だから、カミラという吸血鬼を狙うばかりではなく、その周囲も見張る、か」
「ええ。トランシルヴァニア候が接触してくれば文句なしです。トランシルヴァニア候は間違いなく『フィッシャーマン』の正体を知っていますから」
この前のパーティーの盗聴で手に入れた情報では国家保衛局を恐れる『フィッシャーマン』の正体をカミラは知らず、トランシルヴァニア候は知っているという具合だった。
「とはいえいろいろと問題はあります。カミラ殿下がどこまでトランシルヴァニア候から『フィッシャーマン』について通知されるのか。そして国家保衛局はどのようにそれを突き止めようとするのか」
「カミラが『フィッシャーマン』について知らされなければ我々も知ることが出来ず、先に国家保衛局に掴まれれば全てがおじゃんだ」
「ええ。だから、なるべき早く正体を知りたいのですが……」
どうにも努力だけではどうにもならないことが多い。
トランシルヴァニア候がカミラに彼の抱えている有望な資産たる『フィッシャーマン』について知らせる気がなければアリスたちも知ることはできない。
また国家保衛局が先に情報を得て『フィッシャーマン』を拘束しても同じくゲームオーバーだ。
「愚痴っても仕方ありませんね。できることをしましょう。カミラ殿下は今はエレオノーラさんたちと会っているので護衛の監視です。それから国家保衛局が何かしらの行動に出ることも警戒しましょう」
「国家保衛局という秘密警察は具体的には何をすると思う?」
「国家保衛局がカミラ殿下たちスパイと違うのは合法的に堂々と行動できることです。彼らは隠れなければならないということはないのです」
メフィストフェレスの問いにアリスが語る。
「もっとも動きを察知されればスパイの側に情報を隠されるので私服捜査官をメインに行動するでしょうが、恐らくは学園を彼らの捜査に協力させることもするはずですよ」
「普段見かけない教職員や聴講生がいたら警戒すべきという具合か」
「ですね。その手の身分で侵入してくるでしょうし、学園内に密告者による情報網も構築するはずですよ」
国家保衛局は秘密警察という政府機関として帝国内で権力が振るえる。それはスパイとして非合法な立場にあるカミラたちとは大きな違いだ。
「アレックスは国家保衛局からも情報を得ようと言っていましたが、正直あまり気乗りしないです。国家保衛局は防諜作戦のプロであって監視のプロです。こっちの素人丸出しのやり方じゃあ、逆に利用されかねませんよ」
「しかし、国家保衛局の捜査官を見つければ私が殺して死霊に話を聞くということもできる。サタン陛下もその手の方法を既に使っている。そうだろう?」
「いやいやいや。それは不味いですよ。国家保衛局の捜査官が死ねばそれだけで大規模な強制捜査を行う口実になりますから!」
メフィストフェレスがこともなげに言うのにアリスが大慌て。
「しかし、サタン陛下は実際に殺しているし、アレックスの小僧はその死霊から情報得ている。それは問題にならなかったんだろう?」
「あ、あれは事件が起きたのは学園じゃなくてホテルだったからだと思いますし、あの件はあの件でちゃんと捜査が始まっていると思いますよ。決して捜査が行われないということはないはずです……」
「ふむ。そのようだな。あれを見たまえ、ハニー。とても気に入らないものがいる」
「え?」
メフィストフェレスがそう言って窓の外を指さすのにアリスが視線を向ける。
「あれは……第九使徒教会の聖騎士……?」
アリスが見たのは第九使徒教会所属の聖騎士が纏う、白と黒の軍服姿の男女だった。ひとりは壮年の男でもうひとりは若い女性で、いずれもアリスは学園でこれまで彼らを見たことがない。
「聖騎士が学園に何をしに来たのですかね?」
「君が言うように捜査のためかもしれない。サタン陛下が兵士たちを惨殺した後には濃い地獄の臭いが残ったはずだ。地獄と悪魔が引き起こした事件ならば呼ばれるのは警察ではなく聖職者になる」
「なるほど。って、となると学園に警察軍殺しの犯人がいるってばれてます……?」
「かもしれないな」
2名の聖騎士は学園のキャンパス内を調べるように歩いている。他に同行している人間はいないが、警察軍は黒魔術絡みの事件では第九使徒教会に協力を依頼することもあるという。
「しかし、少しばかり違和感を感じます。警察軍の兵士が殺され、そこに黒魔術の痕跡があった。それだけならば警察軍が第九使徒教会に捜査協力を依頼するのも分かりますよ。けど、今回はそれだけじゃないんです」
「というと?」
「あのときはスパイの捜査を行っていたという点です。警察軍だってスパイを捕まえようとしていたところで起きた殺人がスパイ事件と全く無関係だとは思いませんよ」
「スパイ事件に関係があるならばよそ者にわざわざ捜査協力を要請して、捜査情報が漏洩するようなことは避けるというわけだね」
「ええ。正直、帝国中央がそこまで第九使徒教会を信頼しているとも思えませんし」
「であるならば、あの聖騎士たちは何故ここにいるのか」
帝国中央には4世紀前の宗教戦争以来、第九使徒教会に対する不信感があった。
確かに未だに皇帝は神の名において戴冠し、帝国中央に信仰心がないわけではない。だが、国家運営という完全に自分たちの縄張りである世俗の物事に対して、教会に口を出させることはもうないはずだ。
「分かりませんが、ここまで考えてもタイミング的にはやはり警察軍兵士殺害事件と無関係だとは言い切れないのです。私が考えすぎなだけで、警察軍は教会を素直に頼ったのかもです……」
「調べるしかないが、流石に聖職者を相手に君の使い魔は使うことができないな。監視に気づかれるだけでなく、君自身の正体に気づかれてしまうだろう」
「ですね。どうしたものか……」
アリスはそう言いながら不安そうに学園のキャンパスにいる聖騎士たちを見つめたのだった。
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