お茶会再び
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──お茶会再び
週末の休みの日。
エレオノーラは予定通りアレックスをカミラに紹介することに。
この日のためにエレオノーラはお茶会ができるよう場所を確保していた。エレオノーラもヴィトゲンシュタイン侯爵家の令嬢であり、学園に多少の影響力はある。
「ようこそ、カミラ殿下。今日は楽しんでいって」
「ああ。感謝する、エレオノーラ」
エレオノーラは学園内の応接室を借りてお茶会の準備を整えており、カミラが人狼の護衛1名とともに入室した。
「今日はお前に友人を紹介してもらうつもりだったが、誰を紹介してくれるのだ?」
「カミラ殿下も既に知っているかもしれないけど私の大事な友人を紹介するよ」
「ふむ」
カミラが椅子に座った時、扉が再び開いた。
「やあ、カミラ殿下! 久しぶりだね!」
「……お前か……」
そこから現れたのは他でもない。アレックスだ。
「お前がエレオノーラの友人か? 意外ではあるな」
「あれ? もうカミラ殿下はアレックスのことを知っていたの?」
「少し話した。本当に少しだが」
「では、改めて紹介するね。こちらはアレックス・C・ファウスト。私の友達だよ。よく一緒に遊んだり、食事をしたりしてる」
エレオノーラはカミラにそうアレックスを紹介した。
「改めましてよろしく、カミラ殿下。エレオノーラと仲がいいと聞いたよ」
「まあな。よくしてもらっている。私はその立場上、友人が少ないのでな」
「それはアルカード吸血鬼君主国の第二王女としての立場か。あるいは吸血鬼という立場か。どちらだろうね?」
「どっちだと思う?」
アレックスが椅子について尋ねるのにカミラが不敵に笑って見せた。
「かつて吸血鬼は人類にとって純粋な恐怖の存在だった。闇に隠れて処女の血を吸い殺す悪夢であった。人々はときにパニックになり、無関係の人間が吸血鬼だと疑われて処刑されてきた」
椅子に座ったアレックスがカミラにそう語る。
「それは人間にとって原初の恐怖に近い。恐怖とは無理解から生まれる。人類は昔は闇について無知であったが故に闇を恐れた。そして、未だにそれを恐れる人間は少なくない。遺伝子に刻み込まれた恐怖なのだから」
「我々吸血鬼をお前たちはまだ恐れている、と?」
「その答えはイエスでありノーだ。恐怖は無理解と無知から生まれる。理解できないものを人は本能的に恐れる。神秘のベールに包まれた謎の多い吸血鬼ならば恐れよう。だが、その神秘と未知の象徴が服を着て文明に溺れていれば恐れる理由はない」
「ほう」
「ましてその神秘と未知が実に俗っぽい国際政治とやらに振り回されていれば、覚えるのは恐怖ではなく同情だ」
アレックスがそう言うのにカミラが少しばかり不愉快そうな表情を浮かべた。
「同情とは言ってくれるな。やはりお前はただの馬鹿か」
「同情とは親しみから生まれるのだよ、カミラ殿下。エレオノーラの友人を馬鹿にするつもりはない。むしろ、むしろだ。私もエレオノーラと同じようにあなたと親しくなりたいと思っている」
「なら、少しは礼を尽くすことだ」
カミラはそうアレックスに苦言を呈した。
「無論だ。王族に対する敬意を払わせていただく」
「ねえねえ。喧嘩してないでお菓子でも食べよう?」
エレオノーラがカミラとアレックスが喧嘩をしてると思い、仲裁するように彼女が焼いたケーキやクッキーをテーブルに並べる。
「エレオノーラのお菓子は最高だ。ささ、殿下もどうぞ!」
「ああ。いただくとしよう」
アレックスもお菓子を勧め、カミラが砂糖をまぶしたクッキーを味わう。
「ああ。そうだ。殿下はこの前エレオノーラをパーティーに招待してくれたとか。華やかなパーティーであったとエレオノーラから聞きましたよ。駐帝国大使や帝国議会議員が出席していたとか」
「私が帝国との友情を得るために開いたパーティーだ。我々のような王族、貴族にとっては人に会って喋るのが仕事のようなものなのでな」
「それは大変そうだ。私は喋るのは苦手でね」
「よく言うものだな」
アレックスが首をすくめるのにカミラが呆れたようにそう言った。
「それで、エレオノーラに聞いたのだが、パーティー会場に警察軍が来たとか?」
「確かに来たぞ。我々が抗議したら帰ったがな。令状もない我が国に対する嫌がらせにすぎん」
「ほう。それは大変でしたな」
あのあとカミラが駐帝国大使のキップリング卿に連絡し、帝国内務省に抗議したことで、警察軍には撤収が命じられていた。
「出動してきた警察軍はグリフォンに乗っていたとも聞いた。ということは帝国鷲獅子衛兵隊かな? 警察軍の公安部隊である彼らが出動してきた、と?」
「グリフォンで出動してきたからといって決めつけることはできないだろう」
「警察軍においてグリフォンを使用するのは帝国鷲獅子衛兵隊か、あるいは南の山岳地帯に展開している国境警隊所属の飛行隊しかないのだよ。グリフォンというのは飼いならすのも大変だし、運用コストも膨大なものになるからね」
「詳しいな?」
「知るということは人間として成長するうえでもっとも偉大な因子だよ、殿下」
カミラが少しばかり感心するのにアレックスはそう返す。
「グリフォンは金のかかる家畜だ。とにかく肉を食うために養うのは大変だし、しつけに失敗すれば人を襲う化け物になる。さらにそれを操る騎手も三次元の動きができるように訓練されねばならないなど、ひたすら金がかかる」
アレックスはそう言いながらカミラを見る。
「そんなグリフォンが配備されているのは精鋭部隊の証拠だ。南のバロール魔王国との国境を警備する部隊はそうだし、帝国鷲獅子衛兵隊もそうだ。彼らが出動するのはかなりの重大事態というわけだね」
「つまり、私たちアルカード吸血鬼君主国に対する謂れのない嫌がらせも重大事態だったとでも?」
「ええ。ですが、殿下の身内にテロリストでもいなければ心配する必要はないかと。帝国鷲獅子衛兵隊は対テロ・暴動作戦部隊でもあるからね」
「身内にテロリストの知り合いはおらんな」
アレックスがそう説明し、カミラはエレオノーラが淹れた紅茶を味わう。
「しかし、テロリストじみた連中はいるのでは?」
「……何が言いたい?」
「アルカード吸血鬼君主国で極右の排他主義を掲げる民兵、あるい秘密結社が存在すると新聞の記事で読んだだけだよ。帝国との友好を求めるカミラ殿下にとっては危険なテロリストのような連中なのでは?」
「ああ。鉄血旅団のことか。くだらん兵隊ごっこだ」
鉄血旅団。
カミラの兄である第一王子エドワードが組織した極右の秘密結社。軍の青年将校や人類国家との友好条約締結に反発する政治思想家などが加わっている組織だ。
「本当にそう思っているわけではないでしょう? ただの兵隊ごっこなら確かに無害ですが、鉄血旅団は明らかに有害だ」
「ほう。聞かせてもらおうか」
「鉄血旅団にとって人類国家と同じくらい人類国家との友好条約を締結した身内は彼らの敵であるということ。彼らはむやみやたらに人類と敵対し、戦争をすれば国が栄えると思っている。愚かな考えだ」
カミラが求めるのにアレックスが語り始めた。
「アルカード吸血鬼君主国は現在人類国家と戦争が出来る状態にない。同盟国のバロール魔王国で起きている政治的混乱のせいで自国の防衛すら怪しい。だから、友好条約を締結し、人類国家との敵対を避けている」
「よく勉強しているではないか。それとも誰かの受け売りか?」
「勉強したとも。人は失敗から学ばなければ」
そう、アレックスの一度目の人生ではアルカード吸血鬼君主国の政治的内紛で勝利したのは鉄血旅団であり、彼らは戦争を起こした。
だが、同盟国のバロール魔王国の準備が整っておらず、彼ら自身も軍の反体制的な将校たちを粛正などしたことで万全でない状態の戦争となった。その結果は言うまでもないだろう。
敗北した。それが鉄血旅団が勝利した世界のアルカード吸血鬼君主国の結末。
「殿下は兵隊ごっこと馬鹿にするが、兵隊ごっこだからこそ危険だと言えるですよ。兵隊ごっこ気分で本当の戦争を始めればろくな結果にはならない。殿下も彼らには用心されることですな」
「頭の隅にでも留めておこう」
アレックスが言うのにカミラはそう返したのだった。
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