学友たち
本日2回目の更新です。
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──学友たち
アレックスとサタナエルが合宿所に入ったときには既にある程度のグループが形成されているのが分かった。
「まあ! エレオノーラ様はヴィトゲンシュタイン侯爵家の方なのですね! 私はヴォイルシュ伯爵家の──」
「ええ。是非とも仲良くしましょう」
まずこういう場において帝国では貴族と平民に大きく分かれる。貴族は貴族同士、平民は平民同士というのが社会の構図だ。
「青い血は他の血とは交わらず、だな。血は水より何とやら」
「その点はこの学園がおかしいのだよ。才能があれば平民でも入学できるし、貴族と学ぶ場所が分かれているわけでもない。本来ならばしっかりと社会的地位に応じた物理的区別を行うべきだ」
「貴様は平民であろう?」
「いかにも。私は特別な血筋でもなければ、家に歴史もない」
サタナエルが退屈そうに尋ねるのにアレックスはそう言いながらクラスを観察する。
「みたまえ、サタナエル。あっちに見えるが平民の集まりだ。いかにも鬱屈していそうではないか?」
「確かに。嫉妬や羨望、欲望の色が見える。いい光景だ」
アレックスが指さすのは同じ制服を着ているが、持っている文房具などから貧富の差が窺えるグループだ。これが平民たちのグループである。彼らは貴族の顔色を伺いながらこそこそと話し合っていた。
「貴族の中でも社交的なグループと内向的なグループに分かれ始め、平民においてもその分類が進む。そして世間でいうように人が3人集まれば派閥が出来て、さらにグループは細断されていく。結果は群雄割拠というわけだ」
「で、貴様はどのグループに所属するつもりだ?」
「私が何かに隷属するということはありえない。私は常に私という個の主人であり、私は私にだけ仕える。誰の奴隷にもならない」
「ほう」
「まあ、見ていたまえ」
サタナエルはアレックスが胸を張って答えるのに目を細めた。
「やあやあ、諸君。自己紹介といかないかね?」
アレックスがそう言って輪に入っていったのは貴族のグループ──というよりも、吸血鬼のカミラを中心として数名の生徒とカミラの使用人と護衛が集まったグループだ。
「何だ、貴様? 貴様もご機嫌取りか?」
「おや。君のご機嫌を取ると私にどんなメリットがあるのかね、カミラ殿下? 是非とも聞かせていただきたい。場合によっては道化を気取って君の機嫌を取ることもやぶさかではないよ」
カミラが胡乱な目でアレックスを見て言い放つのにアレックスがにやにやと笑ってそう尋ねてきた。
「失せろ、人間」
「待て。貴様、名前は?」
護衛の大男──その獣の耳から人狼と分かる──が警告するのをカミラが押さえてアレックスに問う。
「アレックス・C・ファウスト。お見知りおきを」
「私の推測が正しいならば貴様の父はヨハネス・フォン・ネテスハイム帝国宮廷魔術師長ではなかったか?」
「ほうほう。それをご存じで? 確かに父の名な偉大なるヨハネス。しかし、今はこの世にはいない。科の魔術師は土の下で腐っている」
「ああ。知っている。名高い魔術師であったとな」
アレックスの父方の姓はネテスハイム。貴族の家系であった。
「あいにく才能は遺伝しない。賢帝の息子が愚帝であることがあるように。私も似たようなものだ。父は宮廷魔術師という退屈な官僚として優れていたかもしれないが、私はそんなことは知ったことではない」
「面白い男だ。父のコネはもう持っていないのか?」
「父は私と母に何も残してくれなかったよ。勝手にくたばって、勝手に全てを失った。身勝手ではた迷惑な父であった」
「だが、息子の貴様はこうして今、このミネルヴァ魔術学園にいる。才能がないというのは謙遜だろう。私に使われたいか?」
「それはごめん被る。私の主人であり、私の首輪を握るのは私だけだ。あなたであろうと私に言うことを聞かせることはできない。だが、私があなたを使って差し上げるというのは構わないがね?」
アレックスがカミラにそう言い放つ。
「ふん。前言撤回だ。貴様は面白いのではなく、ただの馬鹿だ。失せろ」
カミラがそういうと人狼たちがアレックスの手を掴み、追い払った。
「どうだい? なかなか洒落た会話ができるものだろう?」
「どこがだ。あれは獲得するつもりはないのか? あの血吸いコウモリはどう考えても友好のためにここにいるわけではあるまい」
「ああ。彼女には今はこれでいい」
サタナエルがカミラとその護衛たちを見て言うのにアレックスは軽くそう言う。
「では、次に行こう。まだまだ挨拶すべき学友たちはいる」
アレックスはそう言うと次のグループに向かった。
「こんにちは、諸君。自己紹介をしないかね?」
「え。あ、はい……」
次は平民のグループだ。貴族たちの様子を遠くから窺っていた集団が突然アレックスに声をかけられて生返事をぼそぼそと返した。
「私はアレックス・C・ファウスト。未来の偉大なる魔術師の卵だ。同じく前途有望なる魔術師の卵諸君! 名前を教えてはくれないかね?」
「え、えっと。私はアルベルト・フィッシャー──」
やはり貴族のような特権階級とともにいると肩身が狭いのか、平民の生徒たちは小声で答える。大きな声を出して貴族たちの機嫌を損ねるの襲ているようだ。
「そこの君! まだ自己紹介をしてもらっていないぞ?」
アレックスがそう呼び掛けるのは地味な印象を受ける黒髪の少女である。
前髪がやや伸びすぎており、表情があまり窺えない。その上分厚いレンズの眼鏡までかけているせいでやたら地味に見えてしまう。
先ほど会ったエレオノーラが美しい金髪を繊細に纏めて飾り上げ、カミラが銀髪を輝かせているのと比べるとより一層そのような感想を抱く。
「あ……。は、はい……。あの、私はアリス・ハント、です……。はい……」
アリスと名乗った少女はそう言うと席を立ち、そそくさとアレックスから離れるかのように別の椅子に移っていった。
「嫌われたな」
「ふむ。しつこいのも嫌われるし、彼女は有望な人材だ。これ以上はやめておこう」
「あの根暗な女がか?」
「人は見た目に寄らないものさ」
そうアレックスに言われ、サタナエルが細めた目でアリスを追う。
「なるほど。ちょっとばかり悪戯をしてるみたいだな」
「どんな犯罪も最初は悪戯から始まるのだよ、サタナエル。多くの殺人鬼が最初は小動物を殺すことから始めるようにね。そう、巨悪を成すのもまず一歩からというだろう」
サタナエルは僅かに口角を歪め、アレックスはそう言ってぶらぶらと合宿所の教室内を歩き回る。
「これからこの学園で我々は過ごし、そして基盤を固める。戦力の確保が何よりも重要だ。だが、同時に私自身の力も鍛えなければならない。私が死んだ直接的な原因は私自身の力不足だからね」
「力なら貸してやるぞ。俺を楽しませてくれればな」
「君だけに頼るわけにはいかないのだよ。大抵の相手は悪魔を召喚して戦う相手を殺す方法を知っている。まず賢い相手ならわざわざ君の相手をしない。真っ先に私を殺しに来るんだ。残念なことにね」
「対悪魔戦の定石というやつか。退屈な教科書通りのやり方だ。遊びがない」
「全く以て同感だ」
自分と同じ感想をサタナエルが吐き捨てるのにアレックスが頷く。
「だが、殺され方を選べるほど私もいい身分ではないのでね。相手が殺し方を選ばないのであれば、こちらも相手を殺す方法は選ばない」
「もう既に考えてあるようだな?」
「もちろんだとも。ただし、君の許可が必要だ、サタナエル」
アレックスはそう不敵に笑って見せた。
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