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疑惑

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 ──疑惑



「我々が確認している限り『フィッシャーマン』は国家保衛局にマークされている様子はありません。ですが、『フィッシャーマン』が思い違いをして疑っているだけとも考え難い。我々が把握していないだけで動きがあるのかもしれません」


「つまり、国家保衛局を相手に調査を行うわけか?」


「まさか。それはリスクが大きすぎます。国家保衛局は我々の天敵。ネズミがネコに挑戦はしないでしょう」


 トランシルヴァニア候はカミラにそう語る。


「『フィッシャーマン』は我々との直接取引を恐れています。であるならば、間接的な取引を行う態勢を整えればいいだけ。『フィッシャーマン』との間にある種のネットワークを形成しようと考えています」


「ネットワーク?」


「我々がこれまで転向させた資産(アセット)を使った連絡網とでも言うべきものです。『フィッシャーマン』が当局に拘束されて困るのは我々も同じこと。ですので、『フィッシャーマン』を保護できる態勢を整えます」


「なるほど。私の役割はネットワークの水漏れ防止というところか」


「ええ。殿下にはこれまで転向させた資産(アセット)の信頼評価を行っていただきたい。その結果に従って『フィッシャーマン』と伝言ゲームを行う人間を決めていきます。ご協力いただけますかな?」


「よかろう。しかし、その前に掃除をした方がよさそうだ」


 カミラはトランシルヴァニア候にそう言うと不意に屈み、椅子の下に隠れていた人形を掴んで引きずり上げた。


「おや。使い魔(ファミリア)ですか? 魔力が探知できませんでしたが……」


「だろうな。下級悪魔を使い魔(ファミリア)にして従わせたものだ。黒魔術だな」


 使い魔(ファミリア)は通常の場合、使い魔(ファミリア)の得た情報をやり取りするのに魔力を発する。盗聴器が電波を発するのと同じようなものだ。だが、下級悪魔を使った黒魔術の場合はそれがない。


「黒魔術ということは国家保衛局ではありませんな」


「危惧すべきは鉄血旅団、か。人狼の警護要員を呼べ」


 カミラが命じ、人狼の警備要員がやってくる。


「臭いを確認して、誰のものだったかを突き止め──」


 そこで人形が濃い硫黄の臭いを発してさらさらと砂になった。


「感づかれたようですな」


「ちっ。しかし、国家保衛局以外にも警戒すべき敵はいそうだぞ、トランシルヴァニア候? どうするつもりだ?」


「鉄血旅団についてはこちらでも内偵を進めています。もし何かあれば連絡はあるでしょう。それに鉄血旅団が国家保衛局と手を結ぶこともありません」


「そうか」


 アルカード吸血鬼君主国の政治的内紛を引き起こしている鉄血旅団。彼らはオーウェル機関も売国奴だとして批判し、その権力を奪おうとしている。


「この場はお開きだな。作戦ついては追って知らせろ。協力はしてやる」


「助かります、殿下。それでは失礼を」


 トランシルヴァニア候はカミラに頭を下げてパーティー会場から退室。


「エレオノーラ。待たせたな」


「いえ。楽しませていただいています」


「それは何よりだ。料理もそれなりだろう?」


 エレオノーラが甘い砂糖菓子を手に微笑むのに、カミラも皿から菓子を取った。さらにウェイターからワインのグラスを受け取る。


「そう言えば吸血鬼はどのようなときに血を吸うの?」


「安心しろ。これらの料理に血は混じっていない。我々にとっても血と普通の食事の間には明白な価値観の違いが存在する」


 エレオノーラが尋ね、カミラがそう答える。


「吸血鬼にとって血を吸うという行為は医療行為と宗教行為の混在したものだと言える。人間にとっても血は医療の分類にあたるそれであるだろうが、我々の場合はそれに宗教が混じる」


「血に悪いものが混じると病気になるとか言われるね。けど、宗教とは?」


「前に話しただろう。正吸血鬼教会の教えでは血を吸うことを我々は預言者から教えられたと。人間の宗教の聖典に記されたワインやオリーブが神聖なものであるように、我々の聖典には血が神聖なものだと記されている」


「なるほど。その宗教の教えでは血は神聖なものであり、糧となるものだと」


「そうだ。しかし、我々吸血鬼は別に血を吸わずとも生きていくことはできる。さらに医療のそれでもある。人間に例えるならば薬のようなものなのだろう。人間も薬と食事を一緒にはしないだろう?」


「確かに、ですね。薬は薬であって食事と同じものではない」


「ああ。だから、食事とは価値観が異なるのだ」


「ふむ。演劇や小説などの人間の創作だと吸血鬼はワインに血を混ぜて飲むとか言われてるけど、それも違うわけなのかな?」


「血の味が苦手という吸血鬼はいる。残念なことにな。そういう吸血鬼はワインの味でごまかすこともあるそうだ。だから、完全な作り話というわけでもないな」


「私も小さいころ薬の味が苦手で砂糖を混ぜてもらったことがあるね」


「人間には別に薬吸いという名は持っていないだろう。だが、我々は幸か不幸か吸血鬼という名を持つ。血が吸えないというのは情けないことだぞ」


 カミラはそう言って肩をすくめた。


「それでも好みというのはどんな人にだってあるものです」


「そうだな。血など鉄さびの味がして美味い物などでは」


 エレオノーラが言い、カミラは苦笑いを浮かべる。


「それから宗教としての血の側面にもうひとつ重要なことがある」


 カミラはそこでもうひとつというように語り始めた。


「家族となること。その儀式のための道具(ツール)だ。人間でいうところの結婚指輪やウェディングドレスと似たような存在、とでもいうべきか」


「家族になる。しかし、血を使った契約は……」


「そう、眷属になることも含まれる。間違いがないように言っておくが、吸血鬼の眷属とは召使いや奴隷ではない。立派な血の繋がりがある身内だ」


 吸血鬼は血を媒介にして眷属を増やし、人間を吸血鬼に変える。


「ところで、エレオノーラ。お前は吸血鬼に偏見はないのか? 第九使徒教会の敬虔な信者とやらは我々のことを毛嫌いしているぞ。このように私のパーティーに参加してくれるのは嬉しいが、お前はそれによってどうみられるのか気にしないのか?」


「既に皇帝陛下がアルカード吸血鬼君主国と友好関係を築くと決め、大勢の帝国議会議員などが友好のために動いている。私はその帝国貴族の子女であって第九使徒教会の清貧を守っているとかいう修道女などではないとだけ」


「なるほど。宗教よりも俗世の現実を重視するか。嫌いではないぞ、そういう考えは。地に足が付いている感じがしてな」


 エレオノーラが忠誠を示すのはあくまで帝国というのにカミラはそう言った。


「お前のことは気に入った、エレオノーラ。これからも親しくしてやろう。私に付き合ってくれればな」


「光栄です、殿下」


 カミラはそういってエレオノーラに微笑むと招待した客たちと喋りに向かった。


 煌びやかな高級ホテルでのパーティーは様々な食事と酒が出され、カミラと彼女に親しい客人たちはそれを思う存分楽しんだ。


「殿下。よろしいでしょうか?」


「どうした?」


 そこで人狼の護衛要員がカミラに耳打ちする。


「先ほどトランシルヴァニア候閣下より連絡がありました。このパーティーを先ほどから国家保衛局が見張っているようです。関係の証拠はありませんが、念のためオーウェル機関関係者は脱出させておくべきかと」


「煩わしいネズミどもが。分かった。そうしろ」


「はっ」


 ここで先に退出していたトランシルヴァニア候から帝国の秘密警察たる国家保衛局が行動中であることがカミラに知らされる。カミラはすぐに捕まると面倒なキップリング卿を含めたオーウェル機関関係者を退出させた。


「さて、そろそろお開きにするか。招かれざる客に乱入されても気分が悪い」


 カミラはそう呟き、パーティーを終わらせることに。


……………………

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