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トランシルヴァニア候

……………………


 ──トランシルヴァニア候



「そう、我々は友になれるだろう。お前はまだ清い身か、エレオノーラ?」


「そういうことを聞くの?」


「お前が望むのならば我々の同胞にしてもいいのだ。永遠とは言えずとも人の身のそれより長い生を得られるぞ」


 エレオノーラが渋い表情で言い、カミラはそう言って誘った。


 吸血鬼には人間から後天的に転向することができる。どのような仕組みでそれが行われるのかは分かっていないが、人から吸血鬼とへとなったものは歴史上存在する。


 しかし、その条件はその人間が清い身であること──つまりは童貞と処女であることと決まっていた。


「いえ。遠慮しておきます。私は人間という身で満足していますから」


「それは残念だ。私から与えることのできる最大のものなのだがな」


 だが、そもそもエレオノーラは吸血鬼になりたいなどとは思っていない。吸血鬼になれば吸血鬼のしがらみがあるだけだと彼女は理解していたのだ。


「いつでも気が変わったら言うといい。我が眷属としてやろう」


「ご厚意には感謝します」


 カミラが顔を近づけ、エレオノーラの美しい金髪の髪をなでながら彼女に言うのに言うのにエレオノーラはそう返すのみ。


「失礼」


 そこで咳ばらいする音が聞こえ、エレオノーラとカミラがその方向を見る。


 そこにひとりの吸血鬼の男がいた。白髪の混じった灰色の髪をオールバックにして、分厚く、四角いレンズのメガネをかけたタキシード姿の男だ。背丈はひょろりと長く、外見年齢は40代前後。


「おやおや。トランシルヴァニア候たるものが乙女を覗き見か?」


「公共の場で覗き見られて困ることをしている方が問題ですよ、殿下」


 カミラが白けたような表情で、かつ皮肉るように言うのにトランシルヴァニア候と呼ばれた男はそう返した。


「そちらは?」


「初代トランシルヴァニア候バートラム・ハーバート。うちの外務省の重鎮だ。無駄に長く生きている吸血鬼のひとりと呼ぶべきかね」


 エレオノーラが尋ね、カミラがトランシルヴァニア候を紹介する。


「初めまして。そちらはヴィトゲンシュタイン侯爵家のご令嬢ですかな?」


「ええ。初めまして、トランシルヴァニア候閣下」


「あなたをどうしてもこのパーティーに招待したいと殿下が仰っていたので、お会いするのを楽しみにしていましたよ」


 エレオノーラが挨拶するのにトランシルヴァニア候は小さく笑った。


「ああ。そうだ。トランシルヴァニア候は無駄に長く生きているだけではなくてな。一応は名の通った魔術師でもあるのだ。ヴィトゲンシュタイン侯爵家という魔術の名門としては興味があるのではないか?」


「吸血鬼の魔術というのは非常に高度だと聞きますね。気になるところです」


 カミラが思い出したようにそう言い、エレオノーラが頷く。


「では、少しばかり説明しましょう。吸血鬼の魔術について」


 トランシルヴァニア候はそう言って語り始めた。


「吸血鬼は人間より長く生きるのはご存じでしょう。我々吸血鬼は短くとも300年、長ければ1000年近く生きる長命種です。我々はその長い人生の中で様々なものを追及してきました。芸術、学問、そして魔術」


「長く生きるということはそれだけ人間より深く物事に打ち込めますね」


「ええ。ですが、最近分かったのです。学問のようにひとりの力では全てが解明できない分野においては、古い学説を持ったものが長く生きてその界隈に居座ることで発展が逆に阻害されてしまうのだと」


「確かに学問においては学者たちが議論し、ときに共同で研究することでその分野を発展させてきましたが。吸血鬼ではそれが上手くいかないと?」


「新しい学説を受け入れることのできない老人たちがいるというのは、それだけで発展を阻害するのです。その点は組織としての新陳代謝がしっかりしている人間の方が高度な学問を発展させているといえます」


 間違った古い学説の支持者がその分野の権威であり続けることは健全な学問の発展を阻害する。それが吸血鬼たちのような長命種においては深刻で、彼らの学問の発達を阻害しているのだ。


「学問においては、と仰りましたが他の分野では違うと?」


「ええ。芸術などの答えのない分野において、それを延々と追及し続けることのできる我々は大きな作品を残せる。あなたは想像できますか? 制作に500年以上かかった絵画や彫刻というものが」


「人間には成しえないことですね」


「魔術もある意味では芸術と同じです。魔術に明確な答えはありません。人それぞれの答えが存在するのが魔術というもの」


「再現性のなく、定量化できない魔術は芸術と同じ、と」


「お詳しい。流石はヴィトゲンシュタイン侯爵家のご令嬢だ」


「友人の受け売りですよ」


 トランシルヴァニア候が褒めるのにエレオノーラはそう言って苦笑い。


「魔術に間違いというものは基本的になく、積み重ねはそのまま経験になる。だからこそ私は魔術を追及してきました。ひとりの天才が世界を変えることができるのが魔術の世界だからこそです」


 トランシルヴァニア候はそう言って不敵に笑っていた。


「インフラや武器として魔術は大きな力を発揮するにもかかわらず、その魔術は個人の才能に依存する。そのような意味では我々長命種は短命の人間たちより優位と言えるでしょうな」


「なるほど。それが吸血鬼の魔術が強力な由縁ですね」


 個人の才能に魔術が依存するならば、その才能を有する個人が長く生きる吸血鬼などの長命種が有利なのは言うまでもないことだ。


「とはいえ、人間の文明が我々より劣っているなどとは思いません。先に言ったように科学の分野では人間たちの新陳代謝のいい組織は有利。魔術においても新しい発想を生み出すという点においては人間は侮れない」


「であるならば、我々はお互いの短所を補うために手を取り合うべきでしょう」


「その通り。我々の友好は単なるふたつの国の友情に留まらないものとなります」


 エレオノーラが言い、トランシルヴァニア候は頷いた。


「さて、少しお話をいいでしょうか、殿下?」


「ああ。すまないが少し席を外してくれ、エレオノーラ」


 トランシルヴァニア候はどうやらエレオノーラではなく、カミラの方に用事があったようでカミラがうんざりした表情で頷いていた。


「では、失礼します」


 エレオノーラはようやくチャンスが回ってきたことを悟った。アリスの人形をこっそりと置くチャンスが回ってきたのだ。


「えっと……」


 カミラから離れたエレオノーラは少し休むふりをして鞄を開けると、アリスから渡された人形を床に置く。人形は小さく、煌びやかなこのパーティーの場では地味なために目立つことはない。


 人形は地面に置かれるとすぐに動き出し、その姿を消した。


「よし。任務完了、と」


 エレオノーラは人形が消えたのを確認するとパーティーの場に混じる。


 その時人形は下級悪魔の嗅覚で動き、ある方向に向かっていた。


 それはトランシルヴァニア候とカミラがいる方向だ。


「で、トランシルヴァニア候。このようなパーティーの場でどのような薄ら暗いことを考えているのだ? 私にそれを手伝えというのだろう」


「殿下。この件は帝国側に既に警戒されています。それだけ我々が手を出そうとしているものは大きい」


「そうか。では、素人の私は関与しない方がよさそうだな」


 トランシルヴァニア候が渋い表情で警告するのにカミラが皮肉気にそう返す。


「殿下の協力がいただければ助かりますが、不注意に関わられても迷惑なだけという話ですよ。これはスパイごっこというお遊びではないのです」


「今さら私にその手の話をするのか、トランシルヴァニア候。いったいそのお遊び気分の私に何度そちらの面倒ごとを持ち込んだか覚えていないようだな。手を出すなと言うならば私は喜んで無関係を貫くぞ」


「失礼を。しかし、殿下はこれまでの作戦が上手くいきすぎて油断なさっている様子でしたので警告させていただきました」


「ふん」


 トランシルヴァニア候の言葉にカミラは心底不満そうな表情を浮かべる。


「現在我々は帝国国防省内に資産(アセット)を構築する試みを行っています。その資産(アセット)の暗号名こそが『フィッシャーマン』です」


「そいつには今日会うのではなかったのか?」


「予定が変更になりました。『フィッシャーマン』は自分が国家保衛局にマークされていると思っています。その疑いが晴れるまでは動くつもりはない、と」


「なんとまあ。使い物にならないな」


「それを使い物にするのが我々の仕事です。『フィッシャーマン』は重要な資産(アセット)になりえます。帝国の軍事機密に大穴を開ける可能性があるのです。手に入れられなければ大きな損失となります」


「では、どのように動くのだ?」


 カミラがそう尋ねる。


「それについてこれから簡単なご説明を」


……………………

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