煌びやかな夜会の場にて
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──煌びやかな夜会の場にて
そして、問題のパーティーの日が訪れた。
エレオノーラはヴィトゲンシュタイン侯爵家の豪勢な馬車で帝都商業地区にあるパレス・オブ・カイゼルブルクに向かう。
「我々も出発だ、アリス!」
「はいはい」
アレックスとアリス、サタナエル、メフィストフェレスもエレオノーラを支援するために借りたボロい馬車で後を追う。
帝都カイゼルブルクの商業地区は高級品を扱う商店から様々な地方の料理を提供するレストラン、世界各地で行動する商社の本社、各種ギルドなどの立派な建物が連なる。
通りは信号などはないため、交通量の多いこの地域は混みがちだ。
だが、今日は珍しく通りに交通整備の警察軍の兵士が立っていたため、比較的交通渋滞が緩和されていた。兵士が赤信号と青信号を手に握った旗で示し、それに従って馬車や人が通りを歩いていく。
「お嬢様。到着しました」
「ありがとう」
そしてエレオノーラがパレス・オブ・カイゼルブルクに到着。
豊かな木々や花で彩られた前庭を馬車が通過し、ガラス張りの近代的なエントランス前で停車した。ホテルの従業員が頭を下げる中、エレオノーラは馬車を降りてエントランスの扉を潜る。
「カミラ殿下主催のパーティーに招かれました。招待状の確認を」
「失礼いたします」
エレオノーラが笑顔で招待状をホテルのスタッフに手渡し、ホテルのスタッフがそれを確認する。スタッフは手元の名簿と招待状の名前を確認した。
「確認しました。ご案内いたします」
スタッフはエレオノーラを連れてホテルの中を進み、ホテル内のVIP用のホールへと案内した。今は人狼の屈強な護衛が守る部屋だ。
「こちらです」
「ありがとうございます」
エレオノーラはホテルのスタッフに礼を言って、人狼の護衛が開いた扉を通り部屋の中へと招かれた。
「ああ。来たか、エレオノーラ」
「カミラ殿下。今日はお招きいただきありがとうございます」
早速主催者であるカミラがエレオノーラを出迎える。
カミラは黒いドレスを纏っていた。アルカード吸血鬼君主国では黒は喪服などではなく、普通に着用するドレスなどの色である。
「気にするな。楽しんでいってくれれば幸いだ。さあ、こっちへ」
「ええ」
エレオノーラはカミラに連れられて、列席者たちに挨拶をしに回る。
「さて、まず我がアルカード吸血鬼君主国から友好のために派遣されている外交官のひとりアイザック・キップリング卿だ。キップリング卿、かの有名なヴィトゲンシュタイン侯爵家のご令嬢エレオノーラを紹介しよう」
「初めまして、エレオノーラ嬢。私はまだ帝国に来て日が浅いのですが、ヴィトゲンシュタイン侯爵家についてはその名声を聞いております」
駐帝国大使のキップリング卿が丁重にエレオノーラに挨拶をする。
「光栄です、キップリング卿。私もアルカード吸血鬼君主国との友好を望んでおります。力になれれば何よりです」
「ええ。ともに友好と繁栄を」
エレオノーラは挨拶を返しながらもアリスから預けられた人形を展開させる機会を窺ったが、今はカミラが傍にいて注目を集めているので無理だ。
「おお、カミラ殿下。そちらはご学友ですかな?」
「ブラント伯。来てくれたか。紹介しよう。帝国議会貴族院議員のフーゴー・フォン・ブラント伯だ。また彼はイオリス=アルカード通商委員会の委員長でもある」
続いては帝国の人間だ。タキシードを纏ったいかにもな北部貴族然とした風体の男をカミラはブラント伯と紹介した。
ブラント伯は以前にも述べた通りアルカード吸血鬼君主国との友好条約締結に尽力した帝国議会の議員である。
「こんばんは、ブラント伯閣下。エレオノーラ・ツー・ヴィトゲンシュタインです」
「ああ。ヴィトゲンシュタイン侯爵家のご令嬢でしたか。これは失礼を。先の議会選挙では御父上にお世話になりました」
ヴィトゲンシュタイン侯爵家の家長ゲオルグ自身が議会選挙に出馬したりはしないし、政党にも所属していないが、気の合う貴族仲間の推薦程度ならばやっている。
政治家でないにしても貴族として政治的に成功するには他者に恩を売るのがもっとも早い。よく法案を通せる議員の特徴は以前誰かの法案を通すのに力を貸しているというのが上げられるほどだ。
「ええ。そのように仰っていただき父も喜びます」
エレオノーラもヴィトゲンシュタイン侯爵家が既に貴族として有力であり、議会で影響力がなくとも皇帝の庇護を得ていることは知っている。だが、その上で貴族同士の繋がりは必要だと教えられて育ってきた。
「お前ぐらいの年齢になれば煩わしい話題も出てくるのではないか?」
「煩わしい話題?」
そのようにブラント伯への挨拶を終えてからカミラが言うのにエレオノーラがちょいと疑問符を浮かべる。
「結婚だ。貴族の仕事のようなものだろう?」
「ああ……」
そう、貴族と王族に避けられないもの。それは結婚だ。
「貴族も王族も結婚して子供を作れとばかり言われるものだ。子供が成せなければ、どれだけ優秀でも評価されない。全く、我々を家畜か何かだと思っているに違いない」
「そうかもしれない。我々は伝統と歴史を誇るけど、それを誇るのと同じくらいそれらに苦しめられている。結婚も、子供を成すことも、全ては伝統と歴史を残すためにことに過ぎないのだから」
「悪くない表現だ。我々の誇りとやらはくだらぬことから生じる苦痛をごまかすための置換なのかもしれないな」
エレオノーラが言い、カミラが小さく笑って肩をすくめた。
「我々は学生と身分だが、これはモラトリアムだ。成熟した状況で煩わしい王族や貴族としての義務を忘れることのできる猶予期間。これが終わればいよいよ我々が決まりきった人生に歯車として身をささげることになる」
「そうだね……」
「お前は好きな人間などはいるのか?」
そこでふとカミラがエレオノーラにそう尋ねた。
「います。想っている人が」
「どんな男だ?」
「とても優しくて、所詮は父の威光でしかない貴族令嬢としての私ではなく本当の私を見てくれる。そして、話していても遊んでいても楽しく、一緒にいて嬉しくなる。とまあ、そんな人ですよ」
「ほう。それはいい男だな」
エレオノーラが語るのにカミラが小さく笑う。
「けど、彼は平民で私は貴族だから結ばれることはないね……」
「我々の悩みというのはそういうものばかりだな。お前とは分かりあえる気がする」
カミラはそう優し気にエレオノーラに告げる。
「我々は多くを持っているように見えて、実際は叶わぬ夢ばかり見ている。お前が言ったように我々は歴史と伝統の奴隷だ。それがどんなに空しいことか」
「しかし、本当に望むものは我々のような立場であろうとなかろうと手に入らない。そういうものではないかな?」
「それでも望まぬものばかりが手に入るというのはより空虚だろう。他者から見れば恵まれているように見えるが、実際は裸の王様だ」
エレオノーラがそう指摘するのにカミラはそう返した。
「カミラ殿下もほしくても手に入らないものが?」
「当然ある。私は王女だから手に入ったものより、王女だから手に入らなかったもの、王女だから手放さなければならなかったものの方が多いと思っているぞ」
カミラはそれが何かは言わなかったが、その表情に偽りはなさそうであった。
「それなら私たちは友達になれそうね」
「ああ。お前とは友になれそうだ。お前が何を考えて私に接触してきたかは知らないが。我々は同じような苦しみを味わっている」
エレオノーラが笑みを浮かべて言うのにカミラはそう言ったのだった。
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