パーティーに向けて
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──パーティーに向けて
エレオノーラはカミラとのお茶会を終えて、学生寮のポータルで『アカデミー』の拠点であるミネルヴァ魔術学園地下迷宮に向かった。
「やあ、エレオノーラ! 大丈夫だったかい?」
「問題なしだよ、アレックス」
アレックス、アリス、サタナエル、メフィストフェレスがエレオノーラを出迎え、エレオノーラは円卓の席に着く。
「では、報告を頼もう」
「ええ。パーティーはパレス・オブ・カイゼルブルクで開かれる。出席者には帝国の政府要人やアルカード吸血鬼君主国の大使まで様々。親しくなるにはちょうどいい機会かもしれないね」
「なるほど。しかし、これもまたカミラ殿下による諜報作戦の一環だとは考えられないだろうか?」
「今回のパーティーが?」
アレックスがそう言うのにエレオノーラが首を傾げた。
「そうだ。アリスが調べているのだがカミラ殿下のスパイ疑惑を明らかにするには彼女の周りの人間を探るべきだというのだ。アリス、説明を」
「はいはい。えっとですね。スパイについて調べたのですが、カミラ殿下は公的な身分で入国しているため、派手な行動や違法に完全に足を突っ込んだ行動はできないと思うのです。彼女はあくまで情報を受け取るだけだと」
アリスがアレックスに求められてそう説明した。
「つまり、今回のパーティーの場でもカミラ殿下がスパイに接触する可能性があると? そして私たちはそこを押さえるべきだということなのかな?」
「まあ、相手についてはさっぱり分からないので断言はできませんが。私たちは所詮はごっこ遊びの素人ですが、相手はプロのスパイなんですよ」
「ふーむ。でも、パーティーで下手に動くとカミラ殿下と親しくなるという作戦が失敗する可能性もあるよ」
「そうですよねえ。だから、下手に動かない方がいいのかもです」
エレオノーラが指摘するのにアリスがお手上げというように肩をすくめる。
「素早くスパイの証拠を掴むことも重要だ。だが、我々の目的はカミラ殿下を当局に突き出すことではない。あくまで『アカデミー』という仲間に引き込むのが目的だ。そのためには友好も重要になる」
「どうするんだ?」
「エレオノーラには引き続き友好を育んでもらい、アリスに調査を頼もう!」
話を聞いていたサタナエルが尋ね、アレックスがそう宣言。
「私が調べるんですかあー……?」
「君はスパイマスター志望だろう? 若き皇帝陛下に愛された完全無欠のスパイマスターで、現場のスパイからの信頼も厚く好意を寄せられているが、そう簡単には靡かない鋼鉄の女!」
「わ、わー! わー! どこで知った、貴様!?」
「はっはっはっはっ!」
アリスが大声で叫ぶのにアレックスが大笑いする。もちろんアレックスが語ったのはアリスが書いていたという自作小説の話だ。
「ねえ。それって何の話?」
「とある小説の話だ。アリスがお気に入りのね」
「へえ。読んでみたいな」
エレオノーラは何の話か分かっておらず、そのような感想を述べていた。
「さてさて。おふざけはいい加減にして作戦について話し合おう」
「ふざけてるって自覚はあったんですね……」
アレックスが仕切り直し、アリスがため息。
「エレオノーラにはアリスの調査を少しばかり支援してもらい、あとはカミラ殿下との友好関係の構築に尽くしてもらいたい。アリスはエレオノーラに支援してもらってカミラ殿下の調査を実行だ」
「具体的にどう支援すればいいかな、アリスさん?」
アレックスの言葉にエレオノーラがアリスに尋ねる。
「私の黒魔術はもう知ってますよね? 人形を使った悪魔の使役です。ですので、エレオノーラさんには小さな人形をパーティー会場に持ち込んでもらえればそれでオーケーということになります」
「了解。だけど、人形を持ち込むだけで本当に大丈夫なの?」
「ええ。人形と言えど悪魔入りです。盗み聞きから覗きまで何でもござれですよ」
「凄い。じゃあ、私はそれを会場に持ち込めるように努力する」
アリスは人形を使ってパーティー会場を調べることに。これならばエレオノーラが直接動かなくとも、カミラの周囲に不審な人間がいないか探ることができるだろう。
「では、これを持って行ってください。既に下級悪魔は憑依させてありますが、私のいうことを聞いているので安心していいですよ」
「分かった。任せておいて」
エレオノーラはアリスから手のひら大の布製の人形を受け取る。
「あのマジックアイテムはまだ持っているね?」
「ええ。大事にしているよ」
「今回のパーティーでも何かあったらすぐに鈴を鳴らしてくれ。いつでも私は助けに向かうからね。君はひとりじゃない」
「うん」
そしてこの場は一度解散し、エレオノーラはパーティーの準備を進める。
「どうかな、このドレス?」
エレオノーラは再び集まったところでパーティーに着ていくドレスをアレックスたちに披露していた。青色で花の刺繍が施された絹のドレスで帝国のパーティードレスとしてはポピュラーなやや露出のあるものだ。
そのドレスに白いオペラグローブを身に着け、ハイヒールを履いていた。
「似合っているよ。しかし、ドレスを学園に持って来ていたのかい?」
「学園でもパーティーがあるかもしれないからね」
「ふむ。しかし、似合っているね」
アレックスたちはドレス姿のエレオノーラを称賛した。
「人形はどこに隠し持つんだい?」
「鞄に入れていく。小さい鞄があるからそれに」
「見つからないように気を付けるんだよ」
「大丈夫! そこまで心配しないで」
こうしてパーティーへの準備が進み、パーティーの開催日も近づく。
そのころパーティーの主催者であるカミラはやはりアルカード吸血鬼君主国の情報機関であるオーウェル機関から接触を受けていた。
「殿下。トランシルヴァニア候閣下より次のパーティーで実現させておきたい資産がいるとのことです」
オーウェル機関の機関員である人狼の軍人がカミラにそう報告。
「どうしても次のパーティーでないとダメなのか?」
「トランシルヴァニア候閣下は接触を早期に実現させたく、かつ機密性の維持できる最短の接触の場が次のパーティーなのです。どうか殿下にはご配慮を願いたく思います」
「ご配慮、か。無理やりねじ込んでおいてよく言う。トランシルヴァニア候も強引で、無礼な男だ」
「その点ですがトランシルヴァニア候閣下もパーティーには出席されるとのことです」
「ほう。それだけ重要な資産ということか?」
ボス直々のお出ましという話にカミラが興味を示す。
「ええ。これまでの中では最大の資産となるとみられています。詳細について暗号名が『フィッシャーマン』とだけ」
「それだけしか明かさぬくせに協力はしろ、と。全く、いつから私はトランシルヴァニア候の部下になり下がったのだ?」
「祖国のためです」
カミラが明らかに気乗りしない様子で言うのに人狼の軍人がそう返す。
「祖国はいつトランシルヴァニア候のものになったのだろうな。まあいい。我がままを言うつもりはない。協力はしてやるから、奴にも協力を約束させろ」
「どのような協力を?」
「エドワード兄上について監視を行わせ、私に報告させろ。兄上自身はもちろん、兄上の部下についてもだ。鉄血旅団のことはどうせ既に監視対象なのだろう。それで得た情報を私に渡せ」
カミラが求めたのは主戦論者である第一王子エドワードと彼のシンパである鉄血旅団についてオーウェル機関が調査した情報だ。
「お約束はできませんが、配慮はさせていただきます」
「そうしろ」
──アレックスの知っている限り、将来的なカミラの死因となるのは、彼女の兄であるエドワードだった。
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