赤いお茶会
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──赤いお茶会
「エレオノーラ・ツー・ヴィトゲンシュタインか?」
講義を終えて講義室を出たエレオノーラにそう声をかけてきたのは人狼の女性だ。長身で鍛えられていることが一目でわかる体格の持ち主である。
「ええ。そうですよ」
「カミラ殿下から伝言だ。殿下は今日パーティーの招待状を渡すのを兼ねて、殿下の部屋でお茶会を開くのでよければ出席してほしいと仰っている」
「では、喜んで出席させていただきます。殿下にそうお伝えください」
「ああ」
人狼の女性はそう言うとエレオノーラの前からすぐに立ち去った。
「ふむ。お茶会か。アレックスに報告しておいた方がいいかな?」
エレオノーラはそう呟いてアレックスを探した。アレックスとはスケジュールを交換しており、エレオノーラはこの時間に彼が選択科目である歴史学の講座に出ていることを知っていたのですぐにそちらへ向かう。
「アレックス!」
「おお。エレオノーラ。どうしたんだい?」
「伝えておきたいことがあって。少し話せる?」
「もちろんだ。こっちで話そう」
アレックスはエレオノーラを連れて空いている講義室に入った。
「話というのは?」
「カミラ殿下からパーティーに招待されたよ。今日はその招待状を受け取るためにお茶会に招かれている。出席するつもりだけど、念のためにあなたに伝えておこうと思って」
「それは賢明だ。カミラ殿下が我々が探っているものに絶対に気づいていないという保証はなく、いつ彼女が我々に牙を剥くかもわからない」
「ええ。何かあったら助けに来てね」
アレックスが頷き、エレオノーラがそう微笑む。
「では、これを渡しておこう。何かあったときのために、ね」
「これは何?」
アレックスがエレオノーラに渡したのは小さな鈴だ。
「緊急連絡手段、とでもいうべきものだ。君が助けを求めたいときはその鈴を揺らしたまえ。すぐに私の下に知らせが届き、私が助けに向かうことができる」
「もしかしてマジックアイテム? どこでこんなマジックアイテムを?」
「地下迷宮さ。あそこには本当にいろいろ揃っている」
「マジックアイテムなんて初めて見たよ」
魔術に再現性はなく、個人の技量に依存するということを考えるとマジックアイテムという一定の効果を常に発揮するものは作れないかのように思われる。
だが、出力が安定しないだけで、同じ効果を及ぼすものは一応作れるのだ。以前話していた呪いの手法の選択肢の貧弱さ故の固定化と同じ理論である。
連絡が届く範囲やその出力は異なれど、非常事態を通知することはできるというそれだけのアイテムだ。
「私もこの手のマジックアイテムは貴重だと考えている。失くさないようにね、エレオノーラ」
「もちろん。大事にするよ、アレックス」
エレオノーラは手渡された鈴に早速紐を通して鞄に繋ぎ始めた。
「用心したまえよ。カミラ殿下がいくら友好的だろうと、アルカード吸血鬼君主国と人類国家は長年敵対関係にあった。アルカード吸血鬼君主国がどうこうというより、吸血鬼と人狼という種族は人間とあまり相いれない」
「ええ。けど、安心して。いざとなれば私は戦えるし、あなただって助けに来てくれる。でしょ?」
「そうだが。一応心配させてほしい」
エレオノーラが笑みを浮かべて言うのにアレックスは苦笑してそう言ったのだった。
「じゃあ、行ってくるね」
そしてエレオノーラはお茶会へと向かう。
お茶会はカミラの部屋で開かれる。カミラも学生寮で暮らしているが、王族である彼女の部屋は特別な作りになっており、ホテルのスイートルームに近い作りだった。
その部屋の扉の前には人狼の護衛が立っている。
「止まれ。誰だ?」
「エレオノーラです。カミラ殿下からお茶会のお誘いを受けました」
「確認した。通れ」
人狼が扉を開け、エレオノーラを通した。
「ああ。来たか、エレオノーラ。歓迎しよう」
部屋にはカミラの他に人狼の護衛が数名と人間の生徒が数名おり、白いテーブルクロスがかけられたテーブルを囲っていた。
「この度はお招きいただきありがとうございます、殿下」
「堅苦しいのはいい。そういう場ではない」
エレオノーラが丁寧に礼をするのにカミラがそう言って席につくように促す。
「私も帝国に来た時は友人ができるのかと不安だったが、無事に友人ができて安堵している。友人となってくれた諸君には感謝する」
カミラがそう言うと生徒たちが笑顔で拍手を送る。
「これからも諸君との友情が続くことを祈る。友人とは一生の宝というだろう」
「ええ。そうですね」
カミラの言葉にエレオノーラも相槌を打つ。
「ところで、エレオノーラ。お前はアレックス・C・ファウストと親しいのか? よく一緒にいるところを見かけたが」
「そうですよ。彼とは友人ですが、殿下も彼に興味が?」
「少しばかりな。聞くところによれば面白い生い立ちをしているそうだ」
「面白い生い立ち……?」
カミラが言うのにエレオノーラは首を傾げる。
「ゴシップの類だ。あの男の父が宮廷魔術師長だったのは知っているか?」
「いえ。宮廷魔術師長だったのですか?」
アレックスはそのようなことは一言もエレオノーラに言っていない。
「そうだ。とはいえ、自殺した宮廷魔術師長だがな。ヴィトゲンシュタイン侯爵家とは関わり合いになってないのか?」
「うーん。私は聞いたことはないですね……。宮廷魔術師長なら爵位が与えられると思うのですが、アレックスは平民ですし」
「言っただろう。自殺した、と。アレックス、あの男の父の名はヨハネス・フォン・ネテスハイムだ。奴は父は自分たちを捨てたと言っていた。調べたらその通りだったぞ。奴は現在ネテスハイム家と一切関係がない」
「そうだったんですか……」
エレオノーラはまだまだアレックスについて知らないことがあることを実感した。
「私としてはヴィトゲンシュタイン侯爵家の方に興味があるがな。お前たちは魔術の名門であろう? その名声はアルカード吸血鬼君主国まで響いているぞ。実に興味深い一族だという印象だ」
「それは光栄です。それはお父様も喜ばれます。ですが、私自身は特に帝国に何かしらの貢献をしているわけでもないので」
「こうして学園で優秀な成績を残しているだけでも素晴らしいものだろう」
謙遜するエレオノーラにカミラはそう言って返す。
「ヴィトゲンシュタイン侯爵家は本当に有名ですよね。帝国一の魔術の名門だと」
「そんなエレオノーラさんと一緒にお茶ができるなんて嬉しいです」
同席していた生徒たちがそう言い、エレオノーラに微笑みかける。
「ありがとう、皆さん」
エレオノーラも笑顔で礼を述べていた。
「さて、今回の場の目的はパーティーに諸君を招待することだ」
カミラはそう言って話を進めた。
「パーティーは私が開くものだが、学園の外からも客が来るためドレスコードには十分注意してほしい。大使のキップリング卿などのアルカード吸血鬼君主国の関係者や帝国議会議員のブラント伯などが出席予定だ」
アイザック・キップリング卿は以前にも話にあった駐帝国大使。
そして、フーゴー・フォン・ブラント伯は帝国議会貴族院議員だ。アルカード吸血鬼君主国との友好条約締結に向けて尽力した経歴がある。
出席者はおおむねそのようなアルカード吸血鬼君主国の関係者か同国に友好的な人間を集めたものだった。
「場所はパレス・オブ・カイゼルブルクだ。フロントまで招待状を持っていけばどこでやっているかは分かるから心配はするな」
パレス・オブ。カイゼルブルクはカイゼルブルクでも有数の高級ホテルであり、各国の外交官や王族、貴族、そして有力なビジネスマンなどが滞在することで知られる。
「そこまで大きなパーティーではないが楽しめるように努力したつもりだ。当日を楽しみに待っているぞ」
カミラはそう言い紅茶を口にした。
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