地下迷宮に眠るもの
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──地下迷宮に眠るもの
エレオノーラがカミラに接触し、アリスとメフィストフェレスがスパイ作戦を開始したとき、アレックスとサタナエルはミネルヴァ魔術学園地下迷宮にいた。
「アレックス。此処に何があるというんだ? 面白いものがあるという話だったが」
「ああ。この地下迷宮が出来た経緯は話しただろう? 4世紀前、世界中の魔術師たちが自分たちが火あぶりにされる恐怖に晒され、その結果できたのがこの迷宮だと」
「だったら何だと?」
アレックスとサタナエルは死霊と悪魔で満ちた地下迷宮を下層へと進んでいた。
サタナエルが煩わしそうに群がる死霊と悪魔を拳で撃退し、アレックスはバビロンに道を作らせている。
「当時の彼らと今の我々の状況には似たような点があるということだ。彼らは信頼できる仲間を選ばなければ、教会に密告され、火あぶりにされるという恐怖があった。我々と同じように、ね」
「なるほど。信頼できる人間を仲間に引き込むうえで連中も頭を使ったというわけか」
「そう、その通りだ。その目的のために彼らは魔術を研鑽させた。我々は彼らが残したそのような遺産を使わせてもらおうというわけだ」
アレックスの目的はかつての魔術師たちが生み出したもの。
「魔導書の形で残されていれば、ある程度復元はできるな」
「ああ。魔術は定量化できず、再現性はないとは言えど、我々が炎を生み出す手段を失っていないように同じようなことはできる。だからこそ、こうして学園で魔術についての講義ができるのだよ」
「貴様、俺に魔術を説くつもりか?」
「そのつもりはないよ。君ほど魔術に長けた邪悪な存在もいないだろうからね。だが、君とてこの世に存在する全ての魔術を知っているわけではない。そうだろう?」
「ふん」
サタナエルは不満そうに鼻を鳴らすとまた寄ってきた下級悪魔を殴り飛ばした。
「さて、私の記憶では使える魔術はあるという認識だが……」
「だが?」
「どこにあるのかを忘れた!」
「はああ。たわけが……」
アレックスが大笑いしながら言うのにサタナエルは盛大にため息。
「そもそも最初の人生ではそのようなものをあまり必要にした気がしなかったのでね。言っただろう。一度目では人材が不足し、我々は人材不足で世界に敗北したのだと」
「そうだったな。だが、一応覚えていたなら思い出せんのか?」
「無理だね。無理、無理。私はものの場所を記憶するのが苦手なんだ」
「自慢することではない。改めろ、馬鹿者が」
サタナエルはアレックスにそう吐き捨てたのだった。
「ぼちぼち探していこう。あるにはあるんだ。探せば見つかる」
「面倒くさい。こいつらに探させておけばいいだろう」
アレックスが迷宮に並ぶ部屋を一部屋ずつ覗き込みながら言うのに、サタナエルはそう言って指を鳴らした。
「サタン様。お呼びでしょうか?」
そうして現れたのは中級悪魔たちだ。サタンの眷属にして、巨大な鬼のそれであるオグルという悪魔が呼びされて、サタナエルの前に跪いた。
「宝探しだ、眷属ども。この地下迷宮にお宝がある。それを見つけ出して持ってこい」
「畏まりました。しかし、どのような宝なのですか?」
「アレックス。説明しろ」
そこでサタナエルがアレックスにそう命じる。
「私自身よく覚えているわけではないのだが、ある程度の形を伝えておこう」
アレックスがオグルたちにそう説明を始めた。
「探すのは本だ。魔導書だよ。大きさはこの程度で、分厚さはこの程度。動物の革で装丁してあり、表紙に題名などは書かれていない。だが、最初のページを開くと『虚偽の理論』という題名が書いてある」
アレックスは身振り手振りでどのような本なのかをオルグたちに伝えた。
「私が覚えているのはこの程度だ。諸君の奮闘に期待する!」
「かかれ。探しだせ」
アレックスとサタナエルがそう言い、オルグたちが地下迷宮に展開していく。
「我々は他に何か使えそうなものがないか探してみよう。君が気に入るものもあるかもしれないよ。何を持って行っても文句は言われない宝が多くあるのだからね」
「面白いものがあればいいのだがな」
そしてアレックスたちは地下迷宮を探って回る。
「しかし、本当にあの血吸いコウモリを仲間にするつもりだったら、もっと愛想よくしておくべきだったんじゃないのか? 貴様にとっては二度目でも、向こうにとってはファーストコンタクトだ。あの挨拶で印象は最悪だろう」
「彼女に媚びへつらうつもりはないよ。彼女が王女であろうと何だろうと私は跪くことはない。私は常に私自身の主なのだから」
「跪くつもりがないのならば、跪かせるしかないな」
「手を取り合うということもできるだろう?」
「はん。くだらん楽観論だな」
アレックスがにやりと笑って告げるのにサタナエルがそう吐き捨てた。
「そう言えば聞いていなかったな。一度目はどうしてあの血吸いコウモリを味方に引き入れることができなかったんだ? 失敗の原因は分かっているのだろうな?」
「彼女が仲間にならなかったのは彼女の祖国アルカード吸血鬼君主国での政治的内紛のせいだよ。私が仲間にする以前に彼女は内輪もめに巻き込まれて暗殺されたんだ」
「政治的内紛?」
「アルカード吸血鬼君主国は文字通り吸血鬼の国だ。それと人狼の。これまで彼らと人類は敵対してきた。冷戦時代の核爆弾を向け合った西側と東側のように、あるいは中世のエルサレムを奪い合ったキリスト教国とイスラム教国のように」
サタナエルが首を傾げるのにアレックスが説明する。
「それが今や友好条約が締結され、第二王女が留学に来るほどになった。が、そのことが気に入らない人間というのは少なからず両陣営に存在するのさ。これまでの敵はこれからも敵だという考えのね」
「その口ぶりからすると血吸いコウモリはその手の主戦論者に殺されたようだな。そうなのだろう?」
「その通り。主戦論者は鉄血旅団と言われる過激な政治思想のグループで、カミラ殿下の兄であるエドワード王子が指導者の地位にある。この鉄血旅団と敵対しているのがカミラ殿下の姉であるメアリー王女だ」
「面倒な説明はいい。どうなったかだけを言え」
「アルカード吸血鬼君主国にて鉄血旅団がクーデターを起こして実権を握り、メアリー王女は処刑。カミラ殿下においても亡命先の帝国で暗殺された。そして、なし崩しに戦争が始まるのだよ」
「ほう。戦争が起きるのか。それはいいが、どうやれば血吸いコウモリを殺されずに手に入れることができる?」
「彼女に警告することだ。鉄血旅団のクーデターについて。それによって政治的内紛でエドワード王子が勝利することなく、カミラ殿下が殺されることないように導く」
サタナエルが尋ね、アレックスはそう答えた。
「ふうん。それだと戦争が起きなくなるのではないか?」
「そんなことはないのだよ。戦争が回避されているのは何も吸血鬼たちが人類との共存を真剣に考えたからではなく、単に同盟の都合なだけ。その問題が解決されれば彼らは再び人類に戦争を挑むだろう」
「ならばいい」
アレックスが言い、サタナエルが頷く。
「だが、警告して、それだけで問題が解決するならば、わざわざスパイがどうのという話はしなくていいのではないか? 直接奴に『貴様の兄が妹を殺そうとしている』と教えてやればいい。違うか?」
「それは無理だ。私たちはカミラ殿下に信頼されていない。ちっともね。赤の他人である我々がクーデターについて知らせたところで信じてはもらえないし、味方にもなってくれない。それどころか逆に疑われてしまう」
「確かにな。情報源が貴様の記憶だけでは信頼は得られないか。面倒な話だ」
見ず知らずの他人が兄弟の裏切りを知らせても、とてもではないが信じてはもらえないだろう。アレックスが前回の人生で鉄血旅団によるクーデターの件を知っているとしても、証明する証拠などは一切ないのである。
兄の裏切りなど王族に下手に吹き込めば逆に怒りを買うだけだ。
「彼女に信じさせるには彼女がスパイであることを暴き、力尽くでやる必要がある。そうでもしなければ不可能だろう。つまり予定に変更はなしだ」
「じゃあ、さっさとやれ」
アレックスとサタナエルはそう言葉を交わしながら地下へと進む。
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