新入生オリエンテーション
本日3回目の更新です。
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──新入生オリエンテーション
アレックスとサタン──サタナエルは新入生オリエンテーションが開かれる予定の大講義室へと向かった。
「まさに歴史と伝統ある学び舎というやつだね」
「退屈な建物だ。よく燃えはするだろうが」
「今は優等生を気取ろうじゃあないか」
ミネルヴァ魔術学園はアレックスが述べるように歴史と伝統ある教育機関だ。その歴史はイオリス帝国成立以前までさかのぼり、これまで多くの偉人を輩出してきた。
校舎にはそのような歴史が見て取れる場所もあり、歴史の目撃者として帝国の歴史遺産に指定されている建物もあるほどだ。
だが、サタナエルの前にはただの可燃物にしか見えていない。
「さて、ここだ。第一印象は大事だよ、親愛なるサタナエル。友好的に、ね?」
「くだらん。友好とは力なきものが強者に媚びるための方便だ。俺には必要ない」
「そうですか」
サタナエルが吐き捨てるのにアレックスは説得を早速放棄した。
そしてアレックスが扉を開け、ふたりが大講義室に入る。
「そこの生徒! 遅刻だぞ!」
「申し訳ない」
新入生オリエンテーションを担当する教師だろうローブを纏った中年の男性がアレックスたちにそう注意を行う。
「ん? その制服はなんだ? 初日から校則に違反しているのか?」
「ああ?」
そして教師の注意がサタナエルに向かったとき冷たい空気が流れた。
「すぐに制服を直してきなさ──」
サタナエルは注意を行う教師にずかずかと歩み寄ると襟首を掴み、強烈なパンチをまず右頬に叩き込んだ。それからすぐに左に向けて打撃を繰り出す。
「あご! ぐげ……!」
「俺に命令をしたのか、貴様? それが何を意味するのか分からせてやる」
サタナエルの拳が顔面ど真ん中に叩き込まれ、鼻の骨と頭蓋骨が砕ける鈍い音が響いた。大量の血が教室の床に滴り、血の海ができる。
「俺は俺の法にしか従わない。貴様らの決まり事などクソ食らえだ。そのサルから多少しか進化していない脳みそで理解できたか?」
「あ、あい……」
サタナエルの言葉に教師が辛うじて頷くとそのまま意識を失い、血の海に沈んだ。
「何を見ている、貴様ら? これが見世物に見えるか?」
そして大講義室にいた新入生たちが唖然としているのにサタナエルがそう恫喝する。生徒たちは慌てて視線をそらし、黙り込んだ。
「いやあ。私の親戚が多少荒っぽくて申し訳ない。この先生のことはこちらで面倒を見ておくから誰か他の先生を呼んできてくれるかね?」
「は、はい!」
アレックスがそんな殺気立ったサタナエルの隣に立って言い、ひとりの生徒が教師を呼びに向かった。
「君には友好というものは当分必要なさそうだね、サタナエル」
「だから言っただろう」
そう言葉を交わしながらアレックスは教師に回復魔術を行使する。アレックスは学園に入学する以前から様々な魔法を会得していた。
その回復魔術によって血の海が消え、教師の傷がみるみるうちに癒えていく。
「やあ、先生。ご機嫌はいかがかな? 今、代わりの教師を呼びに行かせたからあなたは帰って休むといい」
「あ、ああ……」
殴られた教師は何が何やら理解できないままに大講義室を去った。
「先生を呼んできました!」
「おや? フェルディナント先生は?」
さっき出ていった生徒が呼んできた教師が教室の中を訝しげに見渡して尋ねる。
どうにもやる気が感じられないくたびれた優男という具合の若い教師は、首を傾げながら教壇の傍に立っているアレックスたちの方にやってきた。
「フェルディナント先生はご気分が悪くなられたそうですので」
「そうか。新年度というのは教師も生徒も張り切りすぎてしまうようだね」
やってきた教師は特に気にすることもなくオリエンテーションを再開。
「えっと。私は学年副主任のジョシュア・ウェイトリーです。では、新入生オリエンテーションを行います。まずは……」
それからぼちぼちという具合に新入生オリエンテーションが進んで行く。
「これから健康診断などがありますので忘れないように。それから今年から新入生には合宿があります。これからは配ったパンフレットに書いてあるので自分たちでよく読んでおいてください」
健康診断の他に学力調査なども行われる。それからミネルヴァ魔術学園の授業は大学のそれに近く自分で受ける講義を選び、進級に必要な成績を得ることになる。
そして、多くの生徒にとって初めての仕組みになるそれらを理解するための合宿だ。合宿は今年から生徒同士の交友の場ということも考えられて設けられたものである。
「合宿はドラケン山にある合宿所で行われるそうだよ。春のドラケン山というのは山登りには最適の場所だと知っていたかね?」
「興味もない。しかし、貴様の言った通りだな」
アレックスとサタナエルは並んで講義室の机に座り、サタナエルは値踏みするように列席する生徒たちとジョシュアを見ていた。
「悪しきものたちがこの学園には潜んでいる。これは面白くなりそうだ」
「気に入ってもらえたなら何よりだ」
サタナエルがにやりと笑ってそう言い、アレックスも小さく笑った。
「おっと。忘れるところだった。ここで特別な同級生を紹介しよう。他国からの留学生たちだ。彼女たちは異国からこのミネルヴァ魔術学園に学びに来た。是非とも歓迎してあげてほしい」
ジョシュアがそう言って紹介するのは──。
「カミラ・オブ・コールドブラッドだ。アルカード吸血鬼君主国から来た」
短く、そしてどこか拒絶するように自己紹介したのは銀髪の小柄な少女。その青白い死人のような肌の色と口を開くときに覗く鋭い2本の牙は彼女が高貴な吸血鬼であることを示していた。
「カミラ殿下はアルカード吸血鬼君主国の第二王女だ。同国と帝国の間では友好条約が締結されており、殿下も友好のために来られた」
カミラ本人に続いてジョシュアがそう紹介するようにカミラは吸血鬼の国家であるアルカード吸血鬼君主国の王族だ。
アルカード吸血鬼君主国はこれまで人類国家と敵対関係にあったが関係改善が功を成して友好条約が樹立された。そのことからカミラも友好のために留学してきたのだ。
「さて、次は……えっと……」
「こんにちは。私はガブリエル・フロストです。ブリギット法王国より留学してきました。魔術について理解と皆さんとの友好が深まれば嬉しいなと思っています。よろしくお願いします」
ジョシュアが名前を思い出そうとするように口ごもる間に、そのフロストという名の通りに真っ白な髪をした少女が自己紹介する。
「ああ。ガブリエル君はこの若さにして聖ゲオルギウス騎士団の聖騎士だ。カミラ殿下同様に仲良くして上げてほしい」
ジョシュアはようやく名前を思い出したというようにそう言った。
「みたまえ、サタナエル。彼女が前の人生で私を殺した女性だ」
「ほう。確かにその素質はありそうだな。では、ここで殺しておくか?」
アレックスが感情の窺えない薄ら笑いを浮かべて言うのにサタナエルがじっとガブリエルを見つめた。
「それは面白くないし、シンプルすぎるズルだよ。それに美味しいデザートをこれから始まる晩餐会の前に食べては楽しみがなくなるよ」
「それも貴様なりの美学というものか?」
「いいや。単なる好き嫌いの話だ。今世でも前世でも食事に美学が持てるほど豊かな暮らしを送った経験はないのでね」
「食事か。それぐらい戦争と人殺しは身近であるべきだな」
アレックスの言葉に対してサタナエルはそう言って退屈そうに肘をついた。
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本日の更新はこれで終了です。
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