迷宮巡り
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──迷宮巡り
アレックスたちの入り込んだミネルヴァ魔術学園地下迷宮。
その前方から獣の唸り声が聞こえてきた。
「おやおや。早速現れたね。諸君、お相手して差し上げよう!」
そして暗闇の中から犬に似た異形が出現。死霊から生まれた下級悪魔が地下で淀み、発達したものだ。既に中級悪魔程度の力はあるが、知性は失われている。
見るもの全てを襲うだけの、そんな獣がアレックスたちの前に現れた。
「腕力だけ発達した頭の悪い悪魔の出来損ないか。下らん相手だ」
「これ倒すんです……?」
サタナエルとアリスがそれぞれそう言う。
「倒さなくてどうするんだい、アリス。この地下迷宮は私たちがいただくのだよ。やってしまおうではないか」
アレックスがそう言って前に出た。
「来たれ、バビロン!」
そしてバビロンを召喚する。腐敗したドラゴンが魔法陣から姿を見せて唸り声を上げながらどしどしと前方の悪魔に向けて突き進み、その鋭い爪の並ぶ腕を振り上げた。
「ぎいいいっ!」
悪魔はその顔面をバビロンによって引き裂かれ、悲鳴じみた鳴き声を上げながら後退して今度は自分の方からバビロンに向けて飛び掛かった。
「薙ぎ払え」
アレックスが命じるとバビロンが火炎放射を実行し、強力な炎によって悪魔は焼き払われ、僅かな硫黄の臭いを残して消え去る。他の悪魔のように地獄に向かうことなく、アレックスたちを襲った悪魔は完全に存在が消滅した。
「この程度の雑魚が相手ならば楽勝だね。掃除を進めよう」
「俺が手を貸す必要もなさそうだな?」
「バビロンで事足りるだろうが、君は暴れ足りないのではないか、サタナエル?」
「それはそうだ。少しばかり暴れるとするか」
アレックスがにやりと笑って告げるのにサタナエルも邪悪な笑みを浮かべる。
そしてアレックスたちは地下迷宮の攻略を開始。
「くたばれ」
サタナエルは打撃で悪魔や死霊を屠り、従わぬものを排除していく。
「アリス。死霊と悪魔のうち従順なものは君の配下に加え、この地下迷宮の掃除に充ててくれたまえ。私たちが過ごしやすい場所にするのだ」
「はいはい。了解ですよ。ほい、ほい!」
その他の悪魔と死霊はアリスが黒魔術で従えていった。魔法陣に放り込まれた死霊と悪魔はアリスの配下となり、早速埃が積もった地下迷宮の掃除を始める。
「あの根暗女には悪魔を従える才能があるな」
「いかにもです、陛下。アリスの才能は素晴らしい。通常、あそこまで容易に知性なき悪魔や死霊を従えることはできないのですから」
「どんな間抜けにも才能のひとつはある、か」
サタナエルがアリスをそう評する。
「聞こえてるんですけどー」
「当然だ。貴様の耳に聞こえるように言っているからな」
「うへえ」
アリスはサタナエルの傍若無人っぷりに思わずため息。
「君もかなり我々の空気になじんできたね。その調子だ。我々は長い付き合いになる」
「あんまり付き合いたくないです」
アレックスの言葉にアリスはまたため息。
「けど、いつまで潜るんですか? ある程度にして戻らないと不味いですよ。寮の門限もあるんですから。遅くなれば変な噂だって……」
「分かっているよ。私も君との間に変な噂を立ててもらいたくはない」
「へへえ。悪かったですねー。私なんかじゃ嫌でしょうけどー」
「君だって私相手は嫌だろう?」
「それはもちろん、やですよ」
アリスは全く迷うことなく即答した。
「とりあえず目指すべきものがある。そこを確保しておかないと次からがまた最初からやり直しになってしまうから、そこまで進もう。なあに、そう時間はかからないさ」
「はいはい。分かりましたよ」
アレックスたちは悪魔と死霊を蹴散らして地下迷宮を進み続ける。
「ふむ。何か妙な魔力の蓄積があるな。これはポータルか?」
「イエス。その通りだよ、サタナエル。ポータルが存在する。古いポータルだが、地図に記してあったものだ」
「珍しいな。俺も見るのはかなり久しぶりだ」
地下迷宮に潜り続けること地下5階層付近でサタナエルが不意にそう言い、アレックスが説明した。
地下5階層になっても景色は大して変わらない。ひたすら石造りの廊下と壁がある廊下が続き、ときおり部屋がある。部屋の中にはここが避難所となった際に逃げてきた魔術師たちが暮らす居住区や食糧庫などがあった。
食糧庫はネズミに襲われたらしくネズミの死霊が下級悪魔になって群がっていた。
「ほいほい。どんどん使役していきますよっと」
それらをアリスが根こそぎ従えていく。
「近いぞ。そろそろポータルだ」
「ああ。この先の部屋にある。その前にそれを守る守護者を排除する必要があるがね。厄介なのがいるから君の力も貸してくれ、サタナエル」
「ああ。任せておくがいい。久しぶりに暴れ甲斐があって満足している」
「それはこちらとしてもありがたい。では、挑むとしよう」
アレックスたちがそう言って進むと遠くから冷気が漂ってきた。背筋が凍るような冷たさだ。それはアレックスたちが向かっている方角から明確に漂ってきている。
「守護者っていったいどんな代物なんですか?」
「君が使役した悪魔たちのように仮初の物理的肉体を与えられた悪魔だよ。本来ならばアビゲイル女史の使い魔なのだが、もう既に長い年月が経って彼女の指揮下から外れてしまっている」
「なんでそんなことを知っているんです……?」
「なんでだろうね? 不思議なこともあるものだ」
「答えになってないですよ」
アレックスがけらけらと笑いながら返すのにアリスはそう言ってジト目でアレックスの方を見たのだった。
「そろそろ目的地だが番犬をまずは始末しよう」
空気が冷たさを増し、金属のこすれる音が聞こえてくる。
「あれか」
「鎧、ですかね?」
サタナエルたちがそう言ってみるのはプレートアーマーだ。完全に人の形をした鎧が暗闇の中に立ち、その背中にはクレイモアが背負われていた。
「アリス。下がってくれ。あれはなかなかに危険なもののようだ」
「は、はい、メフィスト先生」
そこでメフィストフェレスが前に出て、アリスが下がる。
「おっと。来るぞ。戦闘準備だ、諸君!」
その鎧から金属音が聞こえたと同時に鎧が背中のクレイモアを瞬時に抜き、一瞬で距離を詰めてアレックスに向けてクレイモアを振り下ろした。
ついに地下迷宮の守護者が襲い掛かて来たのだ。
「ははっ。残念だがそう簡単に死ぬつもりはないよ。バビロン!」
バビロンがすぐにアレックスと守護者の間に入り、そのクレイモアの刃を受け止めるとぐるりと回転して尻尾で守護者を薙ぎ払った。守護者は弾き飛ばされ地面に転がる。
しかし、隙も見せずに瞬時にに立ち上がり、再びアレックスを襲わんとクレイモアを振りかざして突撃してきた。
「そこそこといったところだな。せいぜい足掻けるだけ足掻いて──くたばれ」
今度はサタナエルが迎撃し、彼女が拳を守護者の兜に叩き込むと兜が粉砕され、鉄片がまき散らされる。さらにサタナエルは回し蹴りを叩き込み、守護者が金属の歪む音を立てた。
「おやおや。ここまで殴り放題に殴ってもまだまだ向こうは行けるようだ。精一杯お相手しようじゃないか! バビロン、叩きのめせ!」
アレックスの命令でバビロンが猛烈なラッシュを仕掛ける。殴り、引き裂き、焼いて溶かし、ひたすらな攻撃を守護者に向けて叩き込んだ。
しかし、そこで守護者がぐんとクレイモアを振るい、それによってバビロンの首が飛ぶ。
「うひゃあ!? 首が飛んじゃいましたよ!?」
「大丈夫だ。問題はないよ」
アリスが驚く中、バビロンの首の断面が蠢くとそこから新しい頭が生えてきた。
「バビロンは死ぬことはない。彼の中には折りたたまれた彼の地獄があり、彼は死ねば彼の中の地獄に落ちる。外面から内面に落ちれば内面が開き新しい外面が生じる。裏は表に表は裏に。まさにメビウスの輪のごとし」
「そしてそれは永遠にループするというわけだ。あの悪魔には安らぎはない。何ともむごいことをするものだな」
「私は邪悪な黒魔術師なのでね!」
メフィストフェレスが言うのにアレックスは満面の笑みでそう言ったのだった。
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