ミネルヴァ魔術学園のラビュリントス
……………………
──ミネルヴァ魔術学園のラビュリントス
アレックスたちはアドルフ3世記念講堂の中に入った。
「古い建物だ。歴史を感じるね。古い時代から受け継がれてきた学び舎だ。先人たちはここで学び、魔術に関する奇跡と知識を積み重ねていったのだよ」
「どうでもいい。かび臭い下らぬ家畜小屋だ」
「酷い評価だね、サタナエル。歴史は大事だよ」
アドルフ3世記念講堂は立派な造りの建物だった。4世紀前に作られた歴史のあるものであり、荘厳な石造りの建物でステンドグラスなども凝ったものである。
「歴史は積み重ねだ。今から一瞬で100年の歴史を積み重ねることはできないし、100年の歴史をなかったことにすることもできない。時間というものは実に動かしがたい墓石のようなものだ」
「妙に詩的だな。気取りおって」
「こういう美しい建物の中では詩的にもなるものさ」
サタナエルが皮肉気にそう言い、アレックスが小さく笑った。
「地下にはどこから入るんですか?」
「もちろん私が把握しているとも。こっちだよ。暗いから気を付けたまえ」
「はいはい」
アリスにアレックスがそう言い、アドルフ3世記念講堂の中を進む。
古い建物によくあるように窓は小さく、入ってくる光も小さかったため、講堂の中は暗い。ロウソクを使った光源が僅かに照らしているが、それでも酷く暗くて足を取られそうになる場所があった。
「このアドルフ3世記念講堂のいいところは警備員がいないところだ。取られて困るものもなければ、ここを破壊してやろうというテロリストもいないために、警備なんてものを学園は付けていない」
「いつでも出入りし放題ということですか? それは確かに都合がよさそうですが、いちいちここから出入りしているといずれ誰かが……」
「それについては既に考えてあるから心配することはない」
「何を考えたか聞いてもいいですか?」
「内緒だ」
「はあああ……」
アレックスが実に自慢げに言うのにアリスはがっくりと呆れから肩を落とす。
「この先に地下への入り口があるとされている。ちょっとばかり力仕事だ。手を貸してくれるかね、サタナエル?」
「ったく。地獄の皇帝である俺を顎で使った人間は貴様が初めてだ」
アレックスが物置になっている部屋の扉にカギがかかっていることを確認してそう言うと、サタナエルがその扉を思いっきり蹴り破った。
「カギをかけていた割には何もないな」
「ああ。カギがあるからとりあえず施錠しておくという程度に過ぎない。地下への入り口はこの部屋の中にある。まず歩数を測って、と」
「歩数だと?」
「そう。入り口は隠されていて伝承で伝えられている。その暗号はもうとっくに解読してあるので私が解読した通りにやってしまおう。何、実に古典的で単純な話だよ。ダヴィンチ・コードほど複雑じゃない」
アレックスはそう言いながら薄暗い倉庫内に足を踏み入れた。
「南に4歩、西に3歩、北に2歩、東に9歩、と」
そう唱えながらアレックスは倉庫内を歩き回る。そしてぴたりと目標の位置で停まった。そこには何もないかのように見えたが……。
「とう!」
アレックスはその床を不意に大きく力を込めて蹴ると、ガコンと何か重いものがはめ込まれるかのような音が響く。そして、その音ともに床が動き──その床の下に隠し扉が現れたのだ。
「ほう。面白い趣向だね。気取っているじゃあないか。気分はトレジャーハンターだな。宝は眠っているわけではないようだが」
「ちょっと楽しみになって来ましたね」
メフィストフェレスが感想を述べ、アリスも隠し扉を眺めた。
「では、私から入るとしよう。紳士的にね。ついてきたまえ、諸君。冒険に出発だ!」
アレックスは隠し扉の錆びついたノブを引っ張って扉を開けると中に入っていく。その後にサタナエル、メフィストフェレス、アリスが続いた。
「空気が新しいな……。地下とは思えないし、この光源は魔術か」
「いかにも。この地下空間は当時の魔術がふんだんに使われていて、今も機能している。これは魔術のその性質を考えるならば奇跡に近いことだよ」
「魔術には再現性がない。かつての人間にできたことが今の人間にできなくなっているなどということは珍しくもない、という点か? しかし、この魔術は俺が見た限り、4世紀前から術者が変わることなく行使されている」
「そう、その通りだ。個人に由来する魔術はインフラの維持といった事業に向かない。魔術を使ったインフラというものがこの世に存在しない理由だ。何百年も大勢の人間に支えられるインフラとひとりの天才のみ許される魔術の愛称は最悪だ」
「では、これを作った連中はどうやってその問題を解決した?」
「人柱と悪魔の力さ」
サタナエルが尋ねるのにアレックスがそう言いにやりと笑った。
「ここを知ったのはそもそもある悪魔から教えてもらったからだよ。かつてこの迷宮を作るのに力を貸した人間たちがいるとね」
そう語りながらアレックスは階段を降りた先にある巨大な扉を眺めた。
「皮肉なものだ。教会改革派の言いがかりから逃れるために本当に神に許されない悪魔の力を使うことになったとは。“強欲”の大罪マモンの眷属となり、この迷宮の主となった偉大なる魔術師アビゲイル・メイスン女史?」
アレックスが扉に向けてそう問いかけると、そこから若い女性が姿を見せた。
しかし、それは生者ではない。その体に生気はなく、若いはずの姿は幽鬼のごときものだった。そのような女性はアレックスの方をじろりと睨むように見る。
「何の用だ、小僧……? 私の名を何故知っている?」
「当のマモンに聞いたからだよ。私の通う予定の学園にかの大悪魔の眷属がいるとね。君こそどうして今も迷宮にいるのだね? もう教会による迫害など大昔の話だ。死んだものがいつまでも常世にいるとろくなことにならない」
「ふん。賢しげな言葉を使うが歴史は繰り返すという言葉を知らないのか? またいずれ迫害の時代が訪れる。そのときに魔術が失われるようなことがあってはならないのだ。私はその時に備えている」
「また魔術師が迫害され、君が守るこの迷宮に大勢の魔術師が逃げ込んでくると?」
「そうだ。その時に備えている。ずっと、ずっと……」
アビゲイル・メイスンと呼ばれた女性はそう繰り返して告げた。
「あのー……。あの人は?」
「この迷宮の主であるアビゲイル・メイスン女史だ。4世紀前の魔術師であり、偉大なる我々の先輩だ。つまりは彼女も我々と同じ黒魔術師だよ」
「幽霊、ですよね?」
「その通り。流石は死霊を従えてるだけはあったね、アリス。彼女はとうに死んでいる。ただマモンの眷属であり、この迷宮の人柱となったことよって、今もこの迷宮に住み着いているのだよ」
「はへえ。で、でも、先住さんがいたら私たちは引っ越せませんよ?」
アリスがそう懸念すべきことを上げた。
アレックスの口ぶりからして無人だろうと思われていた学園地下に先に住んでいるものがいたのだ。これは『アカデミー』の拠点をこの地下空間に設置するに当たって支障になるだろう。
「俺がマモンにいってこの女を地獄に連れていかせるか?」
「それをやってしまうとこの迷宮を維持している魔術がそっくり失われてしまう。それは我々にとって大きすぎる損失だ」
「なら、どうするつもりだ? また懐柔か?」
「そう、共通の利害があると示す」
サタナエルがうんざりしたように言うのにアレックスは頷いた。
「アビゲイル女史。どうか私たちを拒まないでほしい。私たちはあなたたち偉大なる魔術師たちに続かんとこの学園で学ぶ同じ魔術師だ。あなた方の経験したことは分かっているつもりだし、我々も同じ懸念がある」
「ほう?」
アレックスが告げる言葉にアビゲイルが胡乱な目でアレックスを見つめる。
「教会はまたしても我々魔術師の探求を邪悪として阻もうとしている。やがて弾圧が始まり、またしても火刑が行われるだろう。あなたの懸念している通りに。だから、我々は潜まなければならないのだ」
「どのような魔術をお前たちは追及しているのだ?」
「それはひとつだ。あなたと同じだよ」
アビゲイルの問いにアレックスが答える。
「黒魔術」
……………………




