講和に向けて
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──講和に向けて
「敵は罠にはまった」
黒色同盟最高統帥会議にてシュライヒ上級大将がそう宣言。
「現在ゴルトリッツにて市街地戦が発生し、敵は損耗しつつある。同時に我々は予備戦力を投入して、ゴルトリッツの敵部隊を包囲、そして殲滅可能である」
シュライヒ上級大将のいうように、連合軍は罠に落ちた。
黒色同盟は敢えてゴルトリッツを敵に渡し、その上で泥沼の市街地戦に突入した連合軍を包囲殲滅しようというのである。
「では、我らが刃で連合軍の首を切り落とすとしよう」
「ああ。反転攻勢発動だ」
コルネリウス元帥がそう言い、シュライヒ上級大将が宣言。
この宣言によって予備戦力が一斉に投入された。予備戦力はゴルトリッツに向けて突き出すように突出していた連合軍を包囲。
連合軍は解囲を試みたが、一連の攻勢で予備戦力を使い果たしていた連合軍にできることはほとんどなく、ゴルトリッツにいた連合軍将兵は包囲殲滅された。
大打撃というの生ぬるいような損害を出した連合軍は一斉に撤退。彼らの首都であるミネルゼーンでの守りを固めた。
「大勝利だ!」
アレックスはこの勝利を高らかと宣言した。
「いやあ。ここまで完全に勝利してしまうと、戦争はもう終わりそうだね」
「だといいですけどね」
本当にそれだけの大勝利であった。
連合軍はあらゆる装備を放棄して撤退し、彼が撤退した道には落伍者が息絶えていた。最低でも6万の損害が確認されており、ただでさえ厳しい連合軍の戦況はますます厳しいものになっているのだ。
「しかも今回は聖ゲオルギウス騎士団の聖騎士まで撃破できている。第九使徒教会も援助を打ち切るかもしれないね!」
「それはないんじゃないですかね」
アレックスの楽観をジョシュアがそう否定。
「戦争を終わらせるならミネルゼーンに乗り込む必要があるだろう。そうしなければ、またどこからか戦力が湧いてくるだけだ」
「そう。ミネルゼーンを落とさなければならない。将軍たちには早期に攻撃計画を立ててもらいたいものだ!」
黒色同盟が勝利に沸く中、敗北した連合軍では悲痛な空気が流れていた。
「ザイドリッツ団長は聖騎士の模範として果敢に戦われましたが、皇帝級大悪魔を前に戦死なさいました」
「ザイドリッツ団長が……」
生き残っていた聖ゲオルギウス騎士団の聖騎士が報告するのにガブリエルとエミリーが衝撃に目を見開いていた。
「やはり、アレックス・C・ファウストこそ我々の倒すべき敵……!」
ガブリエルはそう敵意を秘めるが、それを見ていたエミリーが眉を歪める。
「ガブリエル。恐らく連合軍は停戦を黒色同盟側に求めるでしょう。そして停戦交渉に成功すれば、今度は和平交渉を。彼らがこれ以上戦うとは思えないのです」
「何故です? 我々の敵は滅ぼさなければならないものです」
「ええ。それは敵が我々を滅ぼしに来るからでしょう。政治家というものは臆病です。このまま敗戦し、滅ぼされることを、殺されることを恐れています」
エミリーが語ることは事実だった。
既に講和の準備は進められていた。
ビューロー宰相は『ヘカテの息子たち』と黒色同盟の繋がりを活かして、黒色同盟側に停戦交渉を持ち掛けていた。
さて、黒色同盟側にそれを飲むメリットはあるのかという話だが、彼らにとっても停戦と講和は必要なことであった。
これが内戦である以上、戦えば戦うほど自分たちの祖国は疲弊してしまうのである。それに援軍に来た海外勢力にいつまでも頼っていれば、戦後において自分たちの発言力が著しく削がれるのも事実。
もちろん、戦い続けならば黒色同盟側はミネルゼーンを陥落させ、完全勝利が可能だろう。だが、そうすることにあまり意味はないのである。
「我々は講和など受け入れられません」
「……ええ。なので、いずれ指示があるでしょう」
この時から第九使徒教会から派遣されていた戦力は不自然な動きを始める。
一方講和を求めるビューロー宰相は密かに黒色同盟指導部に接触していた。
「講和とは。実に有意義な話じゃないか!」
アレックスは『ヘカテの息子たち』のメンバーであり、ビューロー宰相が派遣した使者の告げた講和という言葉にそう笑う。
「条件次第では受け入れてもいいだろう」
そういうのはルートヴィヒで、彼も勝てば全てを得て、負ければ全てを失うというギャンブルのごとき戦争にうんざりしている様子だ。
「我々としても同意する」
「我々もよ」
バロール魔王国のアデルが言い、アルカード吸血鬼君主国のメアリーも同意。
「では、その条件を詰めなくてはならないね。向こう側とやり取りしながら、双方が納得できる条件を探るわけだ。私はこういう退屈でつまらない仕事はノーサンキューだよ! 勝手にやっておいてくれたまえ!」
こうしてアレックスは早々に講和会議から離脱。
後は残る指導者たちで話し合われた。
「戦犯は追及しない。それをやり出すと国が割れる」
「もう割れた後でしょうに。殊勝なことね」
ルートヴィヒが言うのにメアリーが皮肉気にそういう。
「同盟国してのこれまでの助力には感謝するが、こちらの内政に口出ししないでもらおう。いいな?」
「はいはい」
「講和の具体的な条件はまず我々の外務省で決定する。それからそれぞれの国と調整するということでいいか?」
「ああ。まずはそっちが決めろ。我々はそちらが友好的であるならば、特に求めることはない」
「ありがとう、アデル。では、早速」
ルートヴィヒは彼の指揮下にある外務省に対して連合軍との講和の準備をさせた。様々な条件が盛り込まれたが、神聖イオリス帝国の政府首班であるビューロー宰相などの責任を問うものはなかった。
この提案は神聖イオリス帝国側に密かに伝えられ、向こうでも協議が行われる。
そして──。
「神聖イオリス帝国は講和の条件を飲むことになった。戦争は終わりだ」
ルートヴィヒは満足げにそう宣言したのだった。
「しかし、気になる情報が入っています」
そう述べるのはトランシルヴァニア候であり、それにメアリーが同席している。
「神聖イオリス帝国に対して連合軍が傀儡政権を樹立しようとしているとの情報です。彼らは戦争を継続させるために、今の政府を打倒しようと考えているようですな。いかがしますか?」
この情報も『ヘカテの息子たち』から与えらえたものだ。トランシルヴァニア候は身長に情報を吟味し、この情報が事実であるとの確信を得ている。
「ならば、警告しよう。こんなタイミングでクーデターなど起こされては困る」
「では、そのように」
クーデターに関する情報は神聖イオリス帝国のビューロー宰相に伝えられた。
「クーデター? 連合軍が?」
「そのようです。警戒すべきかと」
ビューロー宰相が確認するのにヴォルフ警察軍大将がそういう。
「分かった。しかるべき対応を取ってくれヴォルフ大将」
「了解」
そして、ミネルゼーンでは警察軍がクーデターを警戒していて展開した。
しかし、事件は起きた。
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