橋頭保破砕作戦
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──橋頭保破砕作戦
シュヴァルツタールに圧力をかけている連合軍戦力。
それは神聖イオリス帝国陸軍はもちろん、第九使徒教会隷下聖ゲオルギウス騎士団に他ならなかった。
「明日までに渡河を目指したいな」
聖ゲオルギウス騎士団団長のアウグストがそういう。
「工兵を動員して、可能な限り早く渡河を果たしたい。そうしなければ、敵はますます守りを固めて突破できなくなる可能性もある」
「しかし、少し慎重になるべきでは? 我々が渡河を試みていることを当然知っているはずだ。渡河したところを撃破される可能性もある」
「それでもここは果敢に攻撃すべきだ」
神聖イオリス帝国陸軍の将校が渋るのにアウグストはそう主張した。
「攻撃によって主導権を得る、か。いいだろう。渡河を急がせよう」
神聖イオリス帝国陸軍の将校は渡河を急がせることに。
彼らはまずはボートで対岸に渡り、それから対岸に橋頭保を確保し、その上で架橋を行う予定であった。
「ボートに乗り込め!」
川まで運ばれてきたボートに精鋭の歩兵が乗り込み、対岸を目指す。
しかし、当然そのような渡河は敵である黒色同盟に気づかれた。
「魔術砲撃を浴びせろ! 敵を渡河させるな!」
川に向けて魔術砲撃が降り注ぎ、ボートが破壊されては川底に沈む。
「友軍の渡河を援護しろ! 魔術砲撃開始!」
負けじと連合軍側も魔術砲撃で友軍の渡河を援護する。
そのような砲撃合戦が進む中で連合軍側は確実に橋頭保を対岸に築きつつあった。黒色同盟の魔術砲撃は退けられ、対岸に渡った連合軍の戦力が、どんどん橋頭保を拡大している。
「ツィンマーマン大佐殿。連合軍は渡河を果たし、橋頭保を拡大中です」
「急いで撃退するぞ。予備戦力を投入!」
ツィンマーマン大佐の指示で連合軍が橋頭保を拡大しつつある地点に予備戦力が投入された。歩兵と魔術猟兵を主力とする部隊で、さらにはアレックスたちが提供した悪魔を引き連れている。
「突撃ぃ!」
そのような部隊が橋頭保に向けて突撃。
連合軍はまだ少数しか上陸しておらず、命運は決したかのように思えたが──。
「ここは渡さんぞ!」
ひとりの男が奮闘してそれを阻止していた。
そう、アウグストだ。アウグストが聖ゲオルギウス騎士団の聖騎士たちを引き連れて、橋頭保を渡すまいとしていた。
「ザイドリッツ団長! 何とか退けましたね!」
「まだ油断するな! すぐに次が来るぞ!」
アウグストたちは魔術砲撃の中を渡河し、友軍が完全に溶かし終えるまで、この地点を防衛するという役割を追っていた。
今のところどんな敵もアウグストには及ばない。
「敵の波状攻撃、さらに来ます!」
「来たな! 行くぞ、諸君!」
黒色同盟の波状攻撃を前に徹底抗戦するアウグストたち。
その様子はアレックスたちにも報告されていた。
「敵の聖騎士が我々の攻撃を退け続けているらしい。聖ゲオルギウス騎士団の団長アウグスト・フォン・ザイドリッツが主力となって、我々が橋頭保を潰そうとするのに抵抗している」
アレックスがそう『アカデミー』の面々に告げる。
「ツィンマーマン大佐からは『こういうときこと君たちに活躍してほしい』だそうだ。準備はいいかね、諸君!」
そしてアレックスが高らかとそう尋ねた。
「前に俺がやりあった聖騎士か。俺にやらせろ」
真っ先に声を上げたのはサタナエルであった。
「いいとも、我が友人サタンよ。大暴れしてくるといいよ!」
「愉快なことになるのを期待するとしよう」
こうして聖騎士アウグストは名乗り出たサタナエルが撃破することが決まった。
「私たちは何もしなくていいの?」
「私たちは雑魚の相手だ、エレオノーラ。サタナエルが思う存分暴れられるように私たちが注意を引くのだよ!」
「分かった。任せて」
こうしてシンプルな作戦が決まった。
アレックスたち『アカデミー』は橋頭保に突入し、敵の主力であるアウグストはサタナエルが撃破し、残るはアレックスたちが撃破する。そういう作戦が決まった。
そして、それが実行に移される。
「あの丘の向こうが敵の橋頭保だ」
「丘には誰もいませんけど」
「丘は奪い合いになっているからね。弾着観測に向いているらしい。よってあの丘の向こうに突っ込んだ時点でハチの巣にされても文句は言えないよ!」
「うへえ」
丘などの高所は魔術砲撃の際の弾着観測地点になり、両軍で奪い合いが行われる場所だ。戦闘が激化していると弾着観測のための使い魔などはまともに飛行できなくなるので、こういう高台が重要になる。
「さあ、そんな丘の向こうに我々は突撃するわけだ! 楽しくなってきたね!」
「全然です」
アレックスがそう言うのにジョシュアたちが白い目でアレックスを見た。
「ジョシュア先生たちは使い魔化した悪魔を突撃させればいいだけなのだから、文句を言わない! 私たち肉弾戦闘組こそ文句を言ってよし!」
「ふん。お前もバビロンを召喚するだけだろう。突入するのはエレオノーラとサタナエル、それからメフィストフェレスぐらいか?」
「いいや、カミラ殿下。私も突撃するよ!」
「何だと?」
アレックスがそう言い放つのにカミラが眼を細める。
「エレオノーラだけに危険な真似はさせられないし、サタナエルも私がある程度近くにいる必要があるからね!」
「アレックス。でも、危ないよ? あなたも近接戦闘は得意じゃないだろうし……」
「それでもだ。それでも一緒に行かせてくれ」
「分かった。アレックスのことは私が守るよ」
アレックスの言葉にエレオノーラが頷く。
「では、諸君。橋頭保を叩き潰そう」
そして、アレックスたちは攻撃準備を開始した。
「ありったけの下級悪魔と死霊の使い魔を準備しますよ! それそれそれそーれ!」
アリスたちは悪魔を召喚しては使い魔にしていき、下級悪魔の軍勢を作り上げ始める。無数の悪魔が、死霊が、恐るべき兵士としてアリスたちの下に加わっていく。
「突入部隊! 準備はいいかね?」
「ふん。俺をいつまで待たせるつもりだ?」
「準備は万端なようだね。では──」
アレックスが手を振り上げる。
「突撃!」
そこから振り下ろしたと同時、悪魔の軍勢が、アレックスたち『アカデミー』が一斉に突撃を開始した。
「悪魔を盾にして戦うんだよ! 間違いなく最初は魔術砲撃が来る!」
「俺に指図をするな。殺すぞ」
「分かった、分かった! 何も言わないよ!」
サタナエルに睨まれアレックスは沈黙。
それから突撃が続き、戦闘を進んでいた下級悪魔たちが一瞬で薙ぎ払われた。
「魔術砲撃、来たよ!」
「かまうな。突撃だ」
魔術砲撃の嵐の中をサタナエルが駆け抜け、アレックスたちがそれに続く。
「もう少し!」
魔術砲撃が激しさを増す中をアレックスたちは突破。
そして──。
「敵の波状攻撃、さらに来ます!」
「待て。あれは!」
無数の下級悪魔たちとともにサタナエルが現れたのに、橋頭保で戦っていたアウグストが声を上げる。
「聖騎士。お前の首をいただくとしよう。楽しませてくれよ?」
「お前はいつかの……! 上級悪魔、いや皇帝級!」
アウグストがそう叫び、他の聖騎士たちが悲鳴じみた声を上げた。
「いかにも。俺こそが地獄の皇帝サタンである。アレックスの小僧、俺に課せられている制約を外せ」
サタナエルはアレックスにそう命じる。
「いいとも。地獄の皇帝サタンよ、来たれ。『五つ目の頭』まで!」
アレックスのその詠唱とともに周囲の空気が一瞬で重くなった。硫黄とザクロの臭いがどこからともなく漂い、同時に冷気が戦場の兵士たちを襲う。
「クソ。なんてことだ……! 皇帝級とは……!」
アウグストが思わず呻く。
この空気だけで戦意を喪失した兵士もおり、そのような兵士がアリスたちが召喚して、使い魔とした悪魔たちに八つ裂きにされる。
「に、逃げろ!」
「もう無理だ!」
士気は一瞬で決壊し、橋頭保に踏みとどまっていた兵士たちが我先にと逃げ出す。
「どうした? お前は逃げなくていいのか?」
「逃げるものか。俺は聖騎士だ。お前たちのような化け物と異端者を殺し尽くすと誓った聖騎士だ。お前こそ尻尾を撒いて、地獄に逃げかえるがいい!」
サタナエルが残忍な笑みを浮かべて尋ねるのにアウグストがそう咆哮。
「そうか。であるならば──」
サタナエルの周囲に『七つの王冠』が展開し、その刃がアウグストを狙う。
「死ね」
そして刃が飛翔し、アウグストに襲い掛かった。
「やられるかっ!」
アウグストは古代神術により身体能力強化で迫る『七つの王冠』を弾き飛ばし、サタナエルの攻撃を退けようとする。
「それぐらいはしてもらわなければな!」
サタナエルは両手に『七つの王冠』を握り、アウグストに肉薄。
「死ね、聖騎士! 悲鳴を上げ、苦痛にのたうって死ね!」
「くたばれ、悪魔! 地獄に帰りやがれ!」
笑いながらサタナエルが鋭い斬撃を繰り出すのに、アウグストがそれを防ぎながら、反撃の機会を窺って古代神術で身体能力を強化し続ける。
「聖騎士。まさか本当に俺に勝てると思っているのか? 地獄の皇であるこの俺に? 実に楽観的で、愚かな考えだな!」
サタナエルの斬撃は激しく、アウグストに手出しできる余裕はない。
「いいや。まだ手はある!」
アウグストはそういうとサタナエルの斬撃を回避し──。
「おや?」
アレックスに向けて突撃した。
「召喚者を殺すのが対悪魔戦の定石!」
「その通りだ。実に退屈な話だが」
アウグストが迫るのにアレックスは肩をすくめた。そして、アウグストの握る刃がアレックスの首を刎ね飛ばさんと振るわれたが……。
「アレックスをやらせはしない」
ここでエレオノーラが介入。魔剣ダインスレイフがアウグストの刃を弾いた。
「よもやここまで──!」
「ああ。その通りだ。死ね、聖騎士」
鮮血が舞った。
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