上陸作戦
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──上陸作戦
海軍が制海権を確保したことで、陸軍は上陸作戦への準備を始めた。
ドルフィン作戦における上陸地点はザルトラント。上陸部隊はこの港湾都市を速やかに制圧して、後続の上陸を受け入れることになっていた。
「問題は」
上陸部隊を指揮するバロール魔王国の司令官にしてバロール魔王国三元帥のひとりアルフォンス・サラン元帥が告げる。
「先の敵艦隊との衝突でこちらの艦艇が少なくない被害を出しているということだ。艦砲射撃による支援は限定的なものになるだろう」
そう、アルフォンス元帥が言うように黒色同盟側も先の艦隊決戦で無傷とはいかなかった。少なくない損害が発生し、作戦に動員可能な兵力は減少している。
「よって奇襲が重要になる。上陸部隊はいくら数が多かろうが、上陸を阻止する敵地上軍に対して不利なのは確実。奇襲上陸を心掛けねば大損害が出る」
アルフォンス元帥はそう主張した。
「夜間に行動すべきだろうか?」
「いや。下手に夜戦に挑めば、上陸地点を誤認するなどのミスが頻発するだろう。夜明けと同時に仕掛けるのが得策だ」
指揮下にある司令官のひとりが尋ねるのにアルフォンス元帥は首を横に振る。
「まず上陸に先だってごく少数の斥候を先遣隊として上陸させ、周囲の情報を偵察する。それから主力第一梯団が上陸を開始し、橋頭保を確保。港湾施設などは第一梯団が確保することになる」
「奇襲が不可能だった場合は?」
「速やかに作戦を中止する。我々は無駄に戦力を減らしていいほど楽な戦争をしているわけではないのだ」
アルフォンス元帥が言うように黒色同盟は神聖イオリス帝国に対して圧倒的数の優位を得ているわけでもない。そのために戦力は出し惜しみしないとしながら、慎重に扱わなければならなかった。
「上陸に当たっての欺瞞作戦を実行中だとも聞いている。オーウェル機関が担当しているということだったな」
「はい、閣下。我々オーウェル機関が上陸地点についてかなりの欺瞞工作を行っています。そう簡単には敵もザルトラント強襲を察知できないでしょう」
オーウェル機関所属の吸血鬼がアルフォンス元帥に請け負う。
「その言葉を信頼させてもらう。敵がザルトラント上陸の方が陽動だと考え、連中の予備戦力が叩き込まれる前に目的を達成すれば、我々の勝ちだ」
アルフォンス元帥はそう言って司令官たちを見渡した。
「諸君、勝利しよう」
「勝利を!」
上陸作戦は決行に向かい、アレックスたちに第二梯団として参加するために輸送艦に乗り込んだ。
「なんとも質素な客室だ。まあ、部屋があるだけましだと考えるべきか」
「うへえですよ」
アレックスたちは男女で分かれて部屋て割り振られたものの、その狭さと虚無さは半端なものではなかった。
「まあ、そう長く乗るわけでもないのだからいいだろう」
「そだね。でも、着いたらすぐに戦闘だよね? 休んでおかないと」
「うむ。万全の体調で臨もう、エレオノーラ」
そして、アレックスたちは輸送艦の中で休み、作戦開始の合図を待つ。
「作戦開始命令、作戦開始命令!」
「錨を上げろ! 出港だ、野郎ども!」
アルフォンス元帥の命令で上陸作戦決行が宣言された。
まず偵察部隊と第一梯団を乗せた輸送艦が出港し、それからアレックスたち第二梯団を乗せたものが錨を上げて出港しる。
「さてさて。オマハ・ビーチのようにならなければいいのだが」
上陸船団はそんなアレックスの心配をよそにザルトラントに向けて迫った。
そして、ザルトラント沖合にて斥候をまず先遣上陸させ、敵の防衛状況を偵察。
「敵の防衛戦力はほぼ存在せずとのこと。どうされますか、閣下?」
「むろん、上陸を決行だ。作戦予定通りに」
「了解」
そして、上陸部隊がボートでザルトラントへの上陸を目指す。
無数のボートと沖合に停泊するバロール魔王国の旗を掲げた艦隊。それは一目でザルトラントを防衛しているものたちに何が起きているかを教えた。
「敵襲! 敵襲!」
敵襲を知らせる鐘が激しく叩かれ、ザルトラントの戦いが始まった。
「閣下。第一梯団が敵地上部隊の魔術砲撃を受けています。被害は甚大です」
「艦砲射撃で友軍の上陸を支援せよ」
ここで海軍が上陸部隊を支援するために艦砲射撃を開始。無数の砲弾がザルトラント周辺の上陸地点に降り注ぐ。
「急げ、急げ! 上陸しないとただの虐殺になるぞ!」
この世界の上陸に使用されるボートは本当にただのボートだ。
そこに機械的な動力はなく、乗員たちが必死にオールを漕ぐしかない。今は必死にオールを漕いで神聖イオリス帝国側の魔術砲撃を切りぬけることが重要だった。
黒色同盟側は激しい艦砲射撃を浴びせ、上陸を支援し続けるが、奇襲上陸が完全に失敗に終わったわけではない。
ザルトラント付近の防衛線力は警察軍の治安部隊が主力であり、陸軍部隊は僅かだ。彼らの魔術砲撃も艦砲射撃を前にじわじわと弱っていた。
「第一梯団が上陸を完了。続いて第二梯団による上陸を開始します」
「うむ」
ここで第二梯団が投入され、第一梯団が橋頭保を拡大する中、アレックスたちもザルトラントへ上陸し始めた。
「全く、酷い光景だ!」
「本当だね」
ザルトラント沖には魔術砲撃で吹き飛ばされた友軍のボートの残骸や死体が浮かんでおり、アレックスたちはそんな中を進んでいたた。
アレックスたちが上陸する際には魔術砲撃による妨害はほとんどなく、アレックスたちは無事に上陸を果たすと、そのまま橋頭保を確保するための戦いに加わった。
「指揮官と話してきた」
それから陸上に設置された司令部を訪れていたアレックスは『アカデミー』の面々に今の状況と自分たちがすべきことを伝えた。
「現在、いくつかの地点で抵抗があるものの、我々に頼るほどではないとのことだ。我々には第九使徒教会の聖騎士団などが投入されたときに備えておいてほしいと言われている。というわけで、することはないよ!」
「やったー!」
アレックスの言葉にアリスやジョシュアなどのやる気なし組が歓声を上げる。
「本当にやる気がない連中だな。しかし、雑兵相手に暴れてもつまらないのは同意する。もっと戦うつもりのある連中とやりたいものだ」
サタナエルはそう言ってつまらなそうにしていた。
「しかし、サタナエル。もしかすると我々の出番は全くないかもしれないよ」
「どういうことだ?」
「ツェッペリン卿が来ている」
アレックスがそう言った直後、耳をつんざくような砲声が響いた。
マリアの魔術砲撃だ。
沖合に停泊している艦艇からザルトラントに向けて砲撃を叩き込んでいるのである。それによってザルトラント周辺に展開する神聖イオリス帝国陸軍に膨大な被害が生じ始めていた。
「なんとまあ。あれでは敵も手出しできないでしょう」
「まさにやりたい放題というわけだな」
アレックスはカミラの言葉にやりたい放題と砲台をかけたジョークだろうかなどと思ったりもした。
「何はともあれ、敵はまだ全然このザルトラントに主力を投じていない。今は待つのみだね。我々は火消しのようなものだから」
アレックスたち『アカデミー』は現在順調に橋頭保を広げている黒色同盟軍が、敵の増援などによって窮地に陥った場合に投入される。
「このまま上陸作戦が成功したら、私たちは何のためにここに来たんです?」
「何が起こるかは分からないのだから、何も起きなかったとしても文句を言うべきじゃないよ、アリス!」
「はあ」
しかしながら、黒色同盟軍の上陸作戦には緒戦を除いて妨害らしい妨害もなく、順調にザルトラントの港湾施設を制圧し、橋頭保が大きく拡張された。
「アルフォンス元帥閣下。上陸作戦はほぼ完了されたものとみなしていいかと」
「よろしい。現時点をもってしてドルフィン作戦の成功を宣言する」
ドルフィン作戦の司令官アルフォンス元帥は作戦の成功を宣言し、司令部を上陸させてザルトラントへと移した。
こうして黒色同盟軍は神聖イオリス帝国の無防備な脇腹に食らい付き、第二戦線を広げたのであった。
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