ひとつ取ったら、もうふたつ
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──ひとつ取ったら、もうふたつ
黒色同盟軍が意図した渡河作戦は決行された。
「急げ、急げ! 対岸に渡るんだ!」
第3擲弾兵師団隷下の工兵大隊が運河の渡し船を確保し、修理したり、改造したりして部隊の渡河に使えるようにして、そのまま渡河を開始。
午後の日の落ちる前ぎりぎりの時間帯に行われたこの渡河によって、工兵大隊は渡河に成功するも、ミネルゼーン政権軍も運河の渡河を許したことを察知した。
「すぐさま連中を川に追い落とせ!」
そのように第6軍団司令官のアーミン上級大将が命じ、ミネルゼーン政権軍は渡河の阻止に向けて動き始めたのだった。
その命令によって渡河が行われている地点にてミネルゼーン政権軍部隊が急行し、攻撃を開始した。
「クソ。魔術砲撃だ! 伏せろ、伏せろ!」
僅かに確保されているだけの橋頭保に向けてミネルゼーン政権軍は魔術砲撃を叩き込んできた。工兵たちは対岸で確保した建物の中に隠れるか、その場に伏せる。
「バイエルライン中将閣下。橋頭保を維持している工兵たちがミネルゼーン政権軍の激しい攻撃を受けております。このままでは橋頭保を失う可能性があります」
「不味いな。橋頭保を維持しなければ、二度も、三度も行える作戦ではない」
「現地には『アカデミー』のメンバーがいます。作戦を支援するため待機してもらっていますが、投入してはどうでしょうか?」
「そうしよう。要請を出してくれ」
「はっ!」
そして、待機しているアリスたち『アカデミー』のメンバーに要請が出た。
「友軍工兵大隊が確保した橋頭保が攻撃を受けています。『アカデミー』の皆さんには直ちに橋頭保の確保のために参戦していただきたい」
「了解です。やれることをしましょう」
第3擲弾兵師団所属の将校から要請があり、アリスたちが橋頭保の確保に向かう。
「あれが橋頭保ですかね?」
「そのようだね、ハニー。魔術砲撃を浴び続けているようだが、あれが橋頭保だろう」
「うへえ。今にも落ちそうですね」
アリスとメフィストフェレスがそう言葉を交わし、運河の向こう側にある工兵大隊が確保している橋頭保を見る。橋頭保は土嚢などでバリケードが作られているが、激しい魔術砲撃を浴びて、今にもなくなってしまいそうだった。
「あれが落ちると作戦は失敗だ。急いで橋頭保を安定させるぞ」
「魔術砲撃をどうこうするには、観測地点を制圧するしかないですな」
「ああ。それから橋頭保そのものを拡大して、魔術砲撃だけではどうにもできないようにすることだな」
カミラとトランシルヴァニア候はそう作戦を話し合った。
「いつでも悪魔は投入できますよ。いつ実行します?」
「友軍誤射を避けるために事前に通知して実行するべきでしょうね。それから、まあ、ほどほどに頑張りましょう」
「じゃあ、連絡しておきます」
アリスがジョシュアの言葉を受けて、第3擲弾兵師団に攻撃開始を通達する。
『こちら第3擲弾兵師団本部。攻撃開始を承認した。実行してくれ』
「了解。始めますよ」
アリスは第3擲弾兵師団本部から了解を得て、仲間たちにサムズアップして見せる。
「とにかく悪魔と死霊を押し出して、橋頭保を広げる。それだけだ」
「いざっ!」
カミラの言葉が合図となり、アリスたちは一斉に悪魔と死霊を従えると、それを渡河させて橋頭保に送り込んだ。
「悪魔だ!」
「心配するな。あれは友軍だ。連中とともに橋頭保を押し広げるぞ!」
突然現れた悪魔に混乱する工兵大隊の兵士たちだったが、この機を逃さず、悪魔たちを利用して橋頭保を押し広げていく。
橋頭保はじわじわと広がり、観測班の制圧されたことで魔術砲撃の狙いも定まらなくなっていく。
「バイエルライン中将閣下。友軍が橋頭保を無事に確保しました」
「よろしい。第2梯団を投入し、一気に渡河するぞ」
第1梯団である工兵大隊が確保した橋頭保に向けて、歩兵たちからなる第2梯団が上陸を始めた。第2梯団は渡河地点で再編成され、目的であるヴェストアドラーベルクのミネルゼーン政権軍の戦力誘因を開始する。
その作戦の効果はロート橋を守るアレックスたちにも感じられていた。
「敵の攻撃が緩んできたね。魔術砲撃の頻度も減ってきた」
「つまらん。殺したりんぞ」
アレックスたちがいたロート橋にはミネルゼーン政権軍と神聖義勇軍が波状攻撃を仕掛けてきていたのだが、その頻度が徐々に減っていき、今ではほとんどなくなった。
「友軍が渡河に成功したそうだ。ミネルゼーン政権軍はそちらを脅威だと認識したようだな。そろそろこの都市での戦いも一段落がつきそうだ」
「アドラーベルクを手にすれば、ミネルゼーン政権軍のアドラーベルク=シュネーハイム線は崩せる。ようやく膠着していた戦線が動くわけだ。いやはや!」
エドワードがいい、アレックスは哄笑した。
「そう簡単に敵がこの都市を渡すとは思えないがな。連中にとってここを押させられるのは喉元にナイフを突きつけられるようなものだ。何としても阻止するだろう」
「それはそうだが、ミネルゼーン政権軍だって万能じゃない。負ける時は負けて、戦略的要衝を失うことだってあるだろう」
「貴様は無駄に楽観主義だな」
「それが人生を楽しく生きるコツさ!」
サタナエルがあきれ果てるのにアレックスはにやりと笑う。
「『アカデミー』の連中! 司令部に来てくれ!」
と、ここで人狼の兵士がアレックスたちを呼ぶ。
「やあ、ジョーンズ中佐。何だい?」
その呼びかけを受けて司令部にやってきたアレックスたちが、指揮官のジョーンズ中佐を見てそう尋ねる。
「敵が撤退しつつある。ブラウ橋、ゲルブ橋を通って、オストアドラーベルクの敵部隊が撤退していると斥候が報告している。で、新しい命令が出た」
「それは? まさか他のふたつの橋もとってこい、とか?」
「察しがいいな。その通りだ。上は他ふたつの橋も押さえて、敵の撤退を阻止し、オストアドラーベルクを連中の墓にすることを望んでいる」
「やれやれ。ひとつ勝利するとさらにふたつ要求してくるのだね」
ジョーンズ中佐の言葉にアレックスは肩をすくめた。
「しかし、戦術と戦略の面で矛盾があるわけではない。このままみすみす敵の撤退を許すより、追撃して殲滅した方がいいし、他の橋が確保できれば余裕も生まれる」
「戦術も戦略もクソくらえだ。暴れてきていいなら、好きなだけ暴れてきてやる」
エドワードの状況を開設する言葉にサタナエルがそう吐き捨てた。
しかし、エドワードの言っていることは間違いではない。軍隊がもっとも損害を出すのは、彼らが撤退する際なのであるから。
「分かったよ、ジョーンズ中佐。他の橋も確保してくるとしよう」
こうしてアレックスたちはブラウ橋、ゲルブ橋も確保することに。
「しかし、私のバビロンはやはり動かせないよ。敵に砲撃されてしまう」
「敵は逃げているんだ。それを追撃して、殲滅するのにバビロンはいらんだろう。先の聖騎士どもとの戦いでも、バビロンは使ってない」
「それもそうだが、他のふたつの橋を確保した際に砲撃されたら?」
「知るか」
ロート橋はアレックスのバビロンによって防衛されているが、他のふたつの端にはバビロンを展開することはできない。
「あのふざけた威力の魔術砲撃の狙いが他に逸れるだけでも価値はある。完全に確保することは考えなくていい。やってくれるか? こちらかも部隊を出す」
「やろう、中佐。なるべく早い方がいいのだろう?」
「ああ。それだと助かる」
「ならば、急ぎたまえ!」
アレックスがそう催促し、ジョーンズ中佐は近衛人狼猟兵連隊の将兵からなる部隊を編制。規模にして1個中隊のそれがアレックスたちに同伴して、ブラウ橋、ゲルブ橋の確保に向かうことになった。
「先に近いブラウ橋だ。それが幸運にも確保できたらゲルブ橋を」
派遣されてきたジョーンズ中佐の部下がそう言って、アレックスたちはまずブラウ橋へと向かう。
ブラウ橋はロート橋より北の方に位置しており、運河に沿ってアレックスたちは北上。運河には倉庫や貿易会社の社屋などがあるが、これまでの戦いでその多くが破壊されていた。
「ミネルゼーン政権軍は撤退する際に略奪もしていったようだ」
「敵にただでいろいろなものをくれてやるほど連中だってお人よしではないだろう。それに戦争には略奪と強姦がつきものだ。そうでなければならない」
アレックスが金目のものが奪われている倉庫の中を見て言うのに、サタナエルは愉快そうに鼻を鳴らしたのだった。
「そろそろブラウ橋だ。準備しろ」
人狼の下士官がそう警告した。
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