渡河作戦
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──渡河作戦
黒色同盟軍の制圧下にあるロート橋。
この運河を渡る重要な場所を巡る戦いは続いていた。
「クソ。また魔術砲撃だ」
ジョーンズ中佐は立て籠もっている商館の建物の中で唸る。
ミネルゼーン政権軍はロート橋を魔術砲撃で落とすことを未だに狙っていた。砲撃の魔女マリア・フォン・ツェッペリンの砲撃だけでなく、あらゆる魔術砲撃が動員され、ロート橋に向けて砲弾を叩き込んでいた。
「敵が来たぞ! オストアドラーベルクの方角からだ!」
「応戦しろ! 橋を渡すな!」
さらには魔術砲撃と並行して動員した戦力を次々にロート橋に向かわせており、ロート橋付近では激戦が繰り広げられていた。
「行くよ、ヴィクトリアさん!」
「ああ。任せとけ」
オストアドラーベルク方面の守りはエレオノーラたちが担当しており、彼女たちは次々に現れるミネルゼーン政権軍の兵士たちと交戦。
「敵歩兵多数!」
「魔術砲撃開始!」
ロート橋に迫るミネルゼーン政権軍の歩兵部隊に対して、橋を守る兵士たちのうち魔術猟兵たちがありったけの火力を叩き込んだ。
「怯むな! 進め! ロート橋を奪還するのだ!」
「フラアアアアアァァァァァァァ──ッ!」
その砲撃を潜り抜けたミネルゼーン政権軍部隊がロート橋に迫る。
これはまぐれでもなんでもない。バルムンク及びバルムンク改を装備する彼らは魔術砲撃に対しても、一定の防御力があるのである。
もっとも完全に魔術砲撃を防ぐほどの力はないが。
「前方に敵兵複数!」
「撃破して、橋を取り戻せ!」
そして、ミネルゼーン政権軍部隊と橋を守る黒色同盟部隊が衝突せんとする。
「ここは通さない!」
エレオノーラはそう宣言すると、ダインスレイフンの呪いを上書きする力を行使して、バルムンクなどの魔剣の力を奪う。
エレオノーラと魔剣ダインスレイフの組み合わせは、相手の装備に与えられた付呪すらも奪ってしまう。それによってバルムンクに施されていた破邪が消滅した。
「今です、ヴィクトリアさん!」
「上出来だ、エレオノーラのお嬢ちゃん」
ヴィクトリアがその隙をついて、炎を津波のように放つ。通りを覆いつくさんばかりに放たれた炎がミネルゼーン政権軍部隊に襲い掛かった。
「うわああ────」
「クソ! バルムンクの破邪が機能していない!?」
「退避、退避!」
そして、オストアドラーベルクから襲い掛かった部隊は撤退していく。
「ふう。なんとか凌いだけど……」
「友軍はいつになったら合流するんだろうな?」
エレオノーラが愚痴るように言うのにヴィクトリアも同意して見せた。
エレオノーラとヴィクトリアは既に6回ほどミネルゼーン政権軍の攻撃を退けている。橋の前には死体が転がり、市街地は廃墟になってしまっている。
だが、依然としてロート橋に合流するはずの友軍は来ていない。
「やあやあ。エレオノーラ、ヴィクトリア。ご苦労様だよ」
「アレックス。そっちはどう?」
「似たようなものさ。違いと言えば第九使徒教会の聖騎士がいるぐらいでね。とは言え、敵はそこまで上等な聖騎士を消耗品扱いする気はまだないようだ。雑魚ばかりだよ」
エレオノーラが心配して尋ねるのにアレックスはそう言って笑った。
「さて、司令部から連絡だ。司令部は依然としてオストアドラーベルクを突破できないことに苛立ち、新しい作戦を発動した」
「ほう? 連中は何をするって?」
「そう突飛で興味深い作戦ではないよ。シンプルな渡河作戦さ、ヴィクトリア。ロート橋に辿り着けないなら、他の方向から運河を渡って、それによって敵を包囲しようという算段らしい」
アレックスがこう述べた渡河作戦はメテオライト作戦を担当する黒色同盟軍の司令部で立案されたものだった。
司令部はロート橋にこのまま友軍が到達できないまま、ロート橋を制圧している部隊が孤立してしまうことを恐れていた。ロート橋の降下部隊には近衛人狼猟兵連隊も参加しているのだから、有力な部隊を失いたくはないのだ。
そのためロート橋への到達を実行するために、その補助のための作戦を急遽立案。
まずヴェストアドラーベルクからロート橋への攻撃を緩和させるために、とにかく運河を渡河してヴェストアドラーベルクに至る。
それによって運河西側の敵戦力を誘引し、ロート橋防衛部隊の負担を軽減する。
さらに上手くいけばそのまま攻撃を続け、アドラーベルクにおけるミネルゼーン政権軍の後方連絡線を遮断し、包囲を実行するという考えだ。
橋を使わずに運河を渡河できるのか? という疑問にはある参謀が答えた。
「運河には日常的に両岸を行き来する小さな渡し船があります。それを利用することで運河を渡河できるでしょう。しかし、今後の補給などを考えるならば、絶対にロート橋は必要になります」
参謀はそう述べていた。
そして、黒色同盟軍は渡河作戦を決定。作戦のために市議会議事堂とアドラーベルク大聖堂を制圧し終えたばかりの第3擲弾兵師団を動員。
さらには『アカデミー』にも作戦への協力要請を発したのだった。
「私は遠慮しておきます。行っても役に立てませんので」
司令部から来た陸軍将校が協力を求めるのに、ジョシュアが真っ先にそう言った。
「諦めろ、ジョシュア。大好きな魔導書がほしければ仕事をするんだ」
「私もですか?」
「当然だろう」
「うへえ」
この渡河作戦に動員された『アカデミー』の人間というのはアリス、メフィストフェレス、カミラ、ジョシュアにトランシルヴァニア候であった。つまりは第3擲弾兵師団とともにオストアドラーベルクで戦っていたグループだ。
「あなた方には最前線に立ってもらおうとは思っていません。これまで通りに下級悪魔や中級悪魔を使い魔として従え、渡河作戦において橋頭保の確保を行ってほしいのです」
「ふむ。具体的な話を聞かせていただけますか?」
「ええ。まず渡河作戦において先陣を切るのは第3擲弾兵師団隷下の工兵大隊です。彼らが運河を渡るための船を確保し、対岸に向かいます」
トランシルヴァニア候が尋ね、派遣されてきた陸軍将校が答える。
「その際に悪魔を乗せた船を渡河させ、人海戦術で橋頭保を拡大するというのが、司令部が想定しているものです。既に第3擲弾兵師団はオストアドラーベルクの戦いで損害を出し、万全ではなく、このような戦いが必要です」
「まあ、悪魔を出すだけなら安いものですが……。本当にそれだけです?」
「副次的な任務として敵の黒魔術師が出現した場合はその対処も」
「それもありますよねー」
アリスが陸軍将校の言葉に肩をすくめた。
「ここでぐだぐだ喋ってないで、さっさと行って、さっさと終わらせるぞ。そうしなければいつまで経っても似たような仕事を持ってこられてうんざりするだけだ」
「ええ。その通りですね、殿下。今はこの戦いを終わらせる方が先決かと」
カミラが苛立った様子でそう言い、トランシルヴァニア候が同意。
「はああ。分かりました、分かりましたよ。そこまで言われたら、やりますから。……ジョシュア先生もですよ」
「はああ……」
やる気なしアリスとジョシュアがため息交じりに同意。
「作戦はいつから始まるのだ?」
「渡河作戦は今日の午後には開始です」
メフィストフェレスが確認するのに陸軍将校が答える。
「では、ボロ船で川を渡って、その対岸にある勝利を得よう。それぐらいで手に入る勝利などたかがしれているがな」
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