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呉越同舟

……………………


 ──呉越同舟



 ミネルゼーン政権軍においてアドラーベルク防衛のために動員されているのは帝国陸軍第6軍団として編成された5個師団。シュネーハイムでの陽動に乗ってしまったため、数においてカイゼルブルク政権軍に劣っていた。


「ロート橋はまだ落ちないのか?」


 第6軍団司令官のマックス・フォン・アーミン上級大将が部下たちに尋ねる。


 第6軍団はその司令部をヴェストアドラーベルクの郊外に設置しており、接収された貴族の館に参謀などの司令部要員たちが集まっていた。


「ロート橋は以前敵の制圧下ですが、敵の本隊はまだ渡河していません」


「オストアドラーベルクでの遅滞戦闘が上手くいっているのか。敵にロート橋も、他のいかなる橋も渡すわけにはいかない。引き続き、ロート橋の奪還ないし破壊を急いでくれ。他の橋に関しても爆破の準備を」


「了解」


 もはや司令官のアーミン上級大将は反撃のためにアドラーベルクの橋を取っておこうなどとは思っていなかった。彼はオストアドラーベルクを放棄し、橋を全て爆破することで敵の進軍を食い止めるより他ないと考えている。


「陸軍最高司令部からは可能であれば橋を確保せよとの命令が出ていますが……」


「参謀長。それは可能ではないので無視していい。そもそもシュネーハイムに向かった部隊はまだ引き返していないのか? 敵の主攻は間違いなく、このアドラーベルクだというのに!」


 参謀長の言葉にアーミン上級大将が唸った。


 彼の第6軍団からも3個師団が抽出され、シュネーハイムに向かわされていた。ここにその3個師団が存在すれば戦局は変わったかもしれないと言うのに。


「戦力の不足は我々が可能な限り補おう、アーミン上級大将」


「ヴィトゲンシュタイン侯閣下。期待していますぞ」


 ここでそう発言するのはゲオルグだ。彼は彼の組織した秘密結社『ヘカテの子供たち』の魔術師を連れて、この軍議に加わっていた。


 この場にはロート橋を砲撃していたマリアの姿もある。


「どのような手段で戦力を補うのか、お聞かせ願いたいな、ヴィトゲンシュタイン侯」


 ここでそう挑発するように尋ねるのは聖ゲオルギウス騎士団団長のアウグストであった。彼もまた聖ゲオルギウス騎士団の副団長エミリーやガブリエルを連れて、この軍議に出席していた。


「よしてもらおう、ザイドリッツ卿。ヴィトゲンシュタイン侯閣下には皇帝陛下自らが許しを与えており、そうであるが故にこれは帝国の内政にかかわること。余計な口出しは内政干渉として抗議させていただく」


「ええ、ええ。いいでしょう。何も言いますまい」


 帝国が黒魔術師の秘密結社『ヘカテの子供たち』を組織したことは、既に第九使徒教会も把握していた。帝国もそれを早い段階で第九使徒教会に通知し、外務大臣のブレンターノ伯爵が第九使徒教会に必要性を説得した。


 現場に不満は残るが、上の方では話がついたということだ。


「もちろん、私としても第九使徒教会がもっとも早く正しい帝国を支援することを決めたことには感謝している。こうして有力な義勇軍を派遣してくれていることにも、帝国を代表して深く感謝する」


 アーミン上級大将はそう言って話を終わらせた。


 ミネルゼーン政権は黒魔術師たちである『ヘカテの子供たち』の力も必要だったし、第九使徒教会の力も必要としていた。そのためいささか不誠実な約束をしていたのも事実である。


 というのも、ブレンターノ大臣は第九使徒教会に『この内戦が終結すれば、彼らを解散させ黒魔術は一切禁止する』と約束していた。


 それななのに、ミネルゼーン政権のビューロー帝国宰相は『内戦に勝利すれば勝利に貢献した『ヘカテの子供たち』の地位を今後も認め、相応しい褒章をそれぞれに与える』と約束していた。


 この二枚舌によって今は黒魔術師と第九使徒教会という相いれない水と油が、一時はまとまって協力しているのである。


「閣下。次の作戦はどういたしますか?」


「何はともあれロート橋だ。我々にとってもっとも脅威になるのは、この橋を敵に奪われたままだということ。他の橋の爆破と並行して奪還しなければならん。文字通り、何をしても、だ!」


 アーミン上級大将は机の上の地図を叩いて大声で告げる。


「オストアドラーベルクでの遅滞作戦に参加している部隊と他の2つの橋の爆破準備を行っている部隊以外、総動員だ。戦略予備も投入する。投入できるのは、第11擲弾兵師団、第12擲弾兵師団、第19山岳猟兵師団、か?」


「はい、閣下。投入可能なヴェストアドラーベルク防衛と戦略予備に割り当てられている部隊はそれらです。うち戦略予備だった第19山岳猟兵師団は精鋭です」


「よろしい。第19山岳猟兵師団を主力としてロート橋を奪還せよ」


 参謀の言葉にアーミン上級大将が指示する。


「さて、ヴィトゲンシュタイン侯閣下。あなた方の『ヘカテの子供たち』にも期待している。あなたの帝国への貢献は素晴らしいものだ。この国難においても、祖国のために貢献するものこそ真の愛国者だろう」


「ええ。こちらとしてもツェッペリン卿を始めとして全力で帝国陸軍の作戦を支援いたしましょう。皇帝陛下と帝国のために」


「深く感謝する」


 ゲオルグが請け負い、アーミン上級大将が頷く。


「第九使徒教会──神聖義勇軍にも協力を願いたい。既に聖アンデレ騎士団には協力してもらっている。他の聖騎士団も前線に出てもらえるだろうか?」


「もちろん。そのためにここに来たのですから」


 次にアーミン上級大将がアウグストたちに求めるのにアウグストが肩をすくめた。


「では、それぞれ作戦に備えろ」


 アーミン上級大将はこれで終わりというように言い、参謀以外の人間を司令部から解散させた。


「団長。我々は本当にここでこのようなことをしていて、いいのですか?」


「他に何をするんだ、ガブリエル?」


 司令部を出てガブリエルが立ち去るゲオルグたち『ヘカテの子供たち』を見て言うのに、アウグストがため息交じりに尋ね返した。


「ここで黒魔術師と手を結んでするよりも、よいことをです」


「俺が好き好んで黒魔術師との共同戦線を求めたとも思うのか? そんなわけがないだろう。これは上から直々に命じられたことであり、軍人というものは命令に関しては盲目的なまでに従順であらねばならない」


「しかし……」


「気持ちは分かる。帝国はトーレス枢機卿猊下にこういったそうだ。『ときとして毒を持って毒を制することも必要である』と。帝国は『ヘカテの子供たち』が『アカデミー』と同じ毒だと認識しながら使っている」


 ガブリエルが『ヘカテの子供たち』という黒魔術師たちと手を結んで戦うことに不満を見せるのに、アウグストも納得していない様子でそう語った。


「ミネルゼーン政権とカイゼルブルク政権。どちらが勝利する方が人類世界にとって好ましいかという問題ですよ」


 ここでエミリーがそう告げる。


「カイゼルブルク政権は黒魔術というだけでなく、魔族や吸血鬼たちと手を結んでいる。彼らが勝利するのは人類世界に対して大きな脅威となるでしょう」


「よりマシな方を助けろ、というわけか」


「そうです。それに帝国は内戦の間に限って黒魔術を認めるとしており、内戦が終結すれば『ヘカテの子供たち』も解散させられる。カイゼルブルク政権が勝利した場合は、永遠に黒魔術が続くのです」


「果たしてそう上手くいくか。俺は政治には疎いから分からん。だが、言えるのは一度力を握った人間から、それを引きはがすのは難しいというだけだ」


 エミリーの言葉にアウグストはそう言って返した。


「……『アカデミー』には私の学友だった人々もいます。彼らのことを私は友人だと思っていましたが、そうではなかったようです」


「気にするな。また別の場所で友達は作ればいい」


「学園は再開しないのでしょうか?」


「それは難しいだろうな。帝国が内戦状態で、さらには学園関係者が賊軍に加担しているとなると、内戦が終わったとしても……」


「そうですか。とても残念です」


 ガブリエルはそう言ってオストアドラーベルクの方角を見た。


 その方向では今も戦闘が続き、魔術砲撃が繰り返されている。


……………………

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