教会の影
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──教会の影
「報告! シュパイデル大佐より市議会議事堂は無事陥落とのこと!」
「よし。既にアドラーベルク大聖堂も落ちた。速やかに部隊を前進させろ。ロート橋を目指すんだ。急げ!」
第3擲弾兵師団司令部にて師団長のバイエルライン中将が命令を下す。
この命令を受けてオストアドラーベルクを制圧中だった部隊が前進し、ロート橋を目指した。オストアドラーベルクにはまだ敵のゲリラなどが潜んでいるが、今はとにかく前進することが急がれた。
そして、そのことはロート橋を制圧中だったアレックスたちにも伝えられてる。
「友軍が前進してくるようだ。遅れたが、来ないよりはありがたい」
「ふん。別に援軍などいらんがな」
アレックスたちは既にロート橋にて、橋の奪還を目指すミネルゼーン政権軍と激しい戦闘を繰り広げていた。
地下水路から崩壊した建物まで、あらゆる遮蔽物を利用して迫ってくるミネルゼーン政権軍をアレックスたちは近接戦闘で倒している。ヴェストアドラーベルクではサタナエルが主力となり、オストアドラーベルクではエレオノーラが主力だ。
「エドワード! 疲れてはいないかね? インナーサークルの諸君は大丈夫かい?」
「問題ない。今のところはな」
アレックスがエドワードたちに問いかけるのにエドワードが瓦礫の上に腰かけたままそう返す。武闘派である彼は鍛えていたが、この数時間では連続した激しい戦闘が繰り広げられており、疲労の色が見える。
「それならばいいのだが。しかし──」
アレックスが空を見上げた時、飛翔音が響いてきた。
「砲撃だ! 砲撃、砲撃! 遮蔽物へ急げ!」
降下部隊の指揮官であるジョーンズ中佐が叫び、彼の部下たちが周囲の建物などにあった地下室や地下水路などに飛び込む。
次の瞬間、土煙を巻き上げて爆発が起き、クレーターが穿たれた。砲撃は連続して実行され、その狙いは明確にロート橋であった。
しかし、ロート橋が落ちることはない。アレックスは手を講じている。
「ふふん! 実に無駄なことだね! いくら強力な魔術砲撃でもバビロンは吹き飛ばせないよ!」
アレックスはそう言って高笑いを上げた。
そう、ロート橋はバビロンがその巨体で覆いかぶさっており、強力な魔術砲撃を受けても、その巨体がそれを弾いていた。
これがロート橋が落ちない理由だ。
「アレックス。ひとつ尋ねてもいいか?」
砲撃が終わるとエドワードがアレックスに話しかけてきた。
「何だい、エドワード?」
「お前の目的というものは何なんだ? 本当に黒魔術の研究だけなのか?」
「ああ。そうだとも。私は私の好きなことを制約を受けずにやりたい。それが何よりも私にとって重要なのだよ。誰かにあれこれと『これは駄目だ。あれも駄目だ』と縛られるのなんてごめんだよ!」
「そうか。それだけのか」
エドワードは何を期待していたのか知らないが、幾分か落胆した様子で頷いた。
「カミラ殿下に関しては我々も後ろ盾になる準備はあるよ。あなたが心配してるのはそういうことなのだろう? 一度は罪人になった自分ではカミラ殿下の後ろ盾になるのに相応しくないと思っている」
「ふん。使えるものは使いたいと思っただけだ」
「やれやれ。そこまでカミラ殿下のことを思うのならば暗殺なんて馬鹿なことは考えなければよかっただろうに」
アレックスはそうエドワードの態度に呆れる。
「あの時の俺にはやるべきことがあり、カミラはその弱点だった。身内への甘い態度を見れば、兵士たちは俺に不信を抱くからな」
「そうかい。私は身内にすら残忍な方が信頼できないけどね」
エドワードとアレックスはそう言葉を交わした。
「ジョーンズ中佐殿。斥候からの報告ですが」
ここでアレックスたちが傍にいた降下部隊司令部に将校がやってきた。ジョーンズ中佐が派遣していた斥候の報告を持ち帰ってきた将校だ。
「何だと。それは事実なのか?」
「はい。確認されたのは間違いなく第九使徒教会の聖騎士団です」
「クソ。第九使徒教会はまだ参戦していないはずだぞ」
ここで新たに現れた敵は第九使徒教会隷下の聖騎士団であった。
斥候は白い軍服を纏い、第九使徒教会が採用している量産魔剣であるエクスカリバー・イミテーションを装備した部隊を確認している。それらの特徴は全て間違いなく聖騎士団だ。
「やあやあ、ジョーンズ中佐。何か困ったことでも?」
「アレックス。面倒なことになた。聖騎士団が来ている。第九使徒教会だ。友軍との合流を急ぎたいが……」
「ふうむ。我々が可能な限り時間を稼いでおこう。聖騎士団はどこに?」
「斥候が最後に確認したのはアドラーベルク美術館の傍だ」
アレックスがやってきて尋ねるのにジョーンズ中佐が地図を指さして告げる。
「分かった。すぐにでも叩きのめしてくるよ!」
「無理はするなよ。そっちの使役している使い魔はかなり頼りにしているんだ。あの悪魔がいなければ、どの道ロート橋は砲撃で落ちる」
「死ぬ気はないとも」
ジョーンズ中佐の心配にアレックスはそう言ってサタナエル、エドワード、インナーサークルのメンバーと合流する。
「諸君! 第九使徒教会がいよいよ首を突っ込んできたようだ。聖騎士団が斥候によって確認されている。我々はジョーンズ中佐からの要請でこれを撃破ないし、遅滞させ、ロート橋にて友軍と合流するための時間を稼ぐ」
「ほう。聖騎士団か。殺し甲斐のある連中だ。俺にやらせろ」
「もちろんだ、サタナエル。しかし、君ひとりではいろいろと難しいだろう。私も同行する。エドワード、あなたはどうする?」
サタナエルが冷酷な肉食獣のごとき笑みを浮かべて言い、アレックスはエドワードに向けて尋ねる。
「俺たちも加わる。それぐらいの余力はあるつもりだ」
「オーケー。では、決まりだね! 聖騎士団をぼこぼこにしにいこう!」
アレックスはそう言い、まずは作戦を立てることに。
「敵は美術館傍で頻繁に確認されている。というわけで、ここを襲撃しよう。作戦はシンプルに行きたい」
「インナーサークルの魔術に優れたものたちに魔術砲撃を実施させ、その後で切り込むというのはどうだ?」
「悪くない。それで行こう」
エドワードが指揮するインナーサークルには強力な魔術砲撃が可能な魔術師も含まれている。彼らが魔術砲撃を実施すれば、敵は怯むだろう。
「俺たちが切り込むにはいいが、貴様は何をするつもりだ、アレックスの小僧? バビロンを橋に張り付けているのでは、貴様にできることなどないだろう?」
「おやおや? 私が前線に出るのがそんなに不思議かね、サタナエル?」
「ああ。正直、足手まといにしかならないだろうからな」
「それはまた酷い評価だ。私にもできることはあるよ!」
しかし、本当にアレックスはバビロンを別のことに使用している状態では、決して運動能力が高いわけでもなく、特別な精神魔剣を有しているわけでもないので、近接戦闘で戦えるとは誰にも思えなかった。
「大人しく橋を守っていたらどうだ? 別に責めはしない」
「エドワード。あなたまでそんなことを言うのか? であるならば、私がバビロンを従えずとも戦えることを証明してやろうではないか!」
「ふうむ」
アレックスが乗り気なのにエドワードは怪訝そうにしていた。
「では、向かうとしよう、諸君。既にジョーンズ中佐の部下が監視哨を設置している。そこに合流し、さらに詳しい情報を手に入れてから、改めて作戦決定だ」
「そこまで作戦が重要になるとは思えないがな」
ただ単に暴れられればそれでいいサタナエルが吐き捨て、アレックスたちはアドラーベルク美術館を監視している監視哨へと向かう。
ロート橋周辺はマリア・フォン・ツェッペリンによる魔術砲撃で破壊され尽くされており、廃墟がつらつらと続いていた。
「まるでノルマンディー上陸作戦の際のカーンだね。あの作戦では要衝カーンを制圧するために、こんな風に戦艦がありったけの火薬を叩き込んだと聞いているよ」
「カーン?」
「とある国の沿岸都市さ、エドワード」
アレックスの地球の知識にエドワードが眉を歪め、アレックスはそう言って笑った。
彼らはそれこそその1944年のカーンのような廃墟を進み、監視哨に到達。
「誰か!」
「アレックス・C・ファウスト。ジョーンズ中佐に要請されて聖騎士団を相手に来た。だが、その前に情報を共有しておきたいのだが」
人狼の下士官に誰何されるのにアレックスがそう淀みなく答える。
「ああ。それでか。こっちに来い」
そして、アレックスたちは監視哨に案内された。
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