バルムンク・フラム
……………………
──バルムンク・フラム
アリスたちは引き続き市議会議事堂の攻略を急いでいた。
「ふん!」
「やれー!」
メフィストフェレスは素手で中級悪魔たちを撃破し、アリスは使役している中級悪魔たちで相手の悪魔を追い詰める。
そのころ、カミラたちは市議会議事堂攻略へあと一歩を迫っていた。
「そろそろ落とせそうだな。相手に中級悪魔どもがメフィストフェレスに釣られたのも大きいだろう」
「地獄の公爵を釣り餌とは豪勢な釣りですな」
カミラが言い、トランシルヴァニア候がそう笑いながら言う。
カミラたちに使役される死霊と下級悪魔たちは市議会議事堂に押し寄せ続け、物量戦を持ってして市議会議事堂に立て籠もるミネルゼーン政権軍を追い詰めていた。
下級悪魔たちが次々に市議会議事堂に突入していき──。
不意に静寂が訪れた。
「おっと。何やら不味い予感がしてきましたよ」
ジョシュアがそう言って市議会議事堂の方を睨むように見る。
すると市議会議事堂の屋上が突如として崩落し、そこから何か巨大なものが飛び出してきた。そのことに両軍の注目がその何かに向けられる。
「爵位持ちの上級悪魔──っ!?」
市議会議事堂から出現したのはグリフォンで、その手には巨大な剣が握られていた。そして、それはカミラたちが思わず叫んだように爵位持ちの上級悪魔だ。
「ほう? 子爵か、伯爵か。そんなところだな」
メフィストフェレスは攻め込んできていた中級悪魔を殲滅してそう言う。
「────────!」
現れた上級悪魔グリフォンは甲高い声で叫ぶと3メートルはある巨大な剣を構えてアリスたちの方に突撃を始めた。
「あれも私が迎え撃とう! アリス、君たちは目標の制圧を!」
「はいです!」
グリフォンに向かってメフィストフェレスが飛翔して迎撃。
「ふん。上級悪魔と言えど、完全には召喚できているわけではないな」
通常、悪魔を召喚する際には制約が存在する。
地獄と天界の協定によって悪魔も天使も常日頃から自由に地上を歩き回っていいわけではない。ハルマゲドンのその日まで彼らはそれぞれの指定された場所にいなければならないのである。
その制約を迂回して悪魔を地上に呼ぶ手段こそが黒魔術であるが、黒魔術をもってしても100%の完全な状態で悪魔を地上に呼ぶのは難しい。
下級悪魔より中級悪魔が、中級悪魔より上級悪魔が召喚が困難である。アリスたちのように下級悪魔、中級悪魔をほぼ100%の状態で呼べても、上級悪魔ならば50%程度にまで制約を受けてしまう。
それを踏まえればアレックスがバビロンやサタンを100%召喚できる恐ろしさというものが分かるものだろう。
「その程度か、グリフォンよ!」
メフィストフェレスはそのような制約を受けているグリフォンを追い詰めるが、グリフォンも上級悪魔の端くれとしてメフィストフェレスに縋りつく。
「オオオオオオォォォォォォォ──ッ!」
グリフォンは雄たけびを上げるとバルムンクと思しき魔剣を振るった。だが、その魔剣から炎が生じて、その炎から生じる熱だけでメフィストフェレスを焼かんとする。
「ほう。バルムンクと思ったが違うようだな」
グリフォンが装備しているのはバルムンク・フラム。バルムンクの破邪の効果だけでなく、炎の付呪も施されている。
「しかし、その程度で戦況は変わらないぞ!」
炎を躱しながらメフィストフェレスはグリフォンと戦闘継続。
「クソ。さらに中級悪魔だ。まだ打ち止めではなかったようだな……」
「私が相手しておきましょう」
「頼むぞ、トランシルヴァニア候」
しかし、そこで市議会議事堂からさらに中級悪魔が次々に飛び出してきてホテルに迫り、トランシルヴァニア候は精神魔剣を生成して迎撃準備を整える。
「落ちなさい」
トランシルヴァニア候が生成した精神魔剣が投射され、ガーゴイルの姿をした中級悪魔たちが次々に撃ち落とされる。
「ジョシュア。まだ召喚者は見つからないのか?」
「ふむ。見つかったようです。今、『禁書死霊秘法の獣』が追跡中ですが、相手はなかなかの黒魔術師らしいですね」
「なら、私が行って仕留めてくる。場所を教えろ」
「分かりました。どうぞ、殿下」
カミラに言われてジョシュアが問題の黒魔術師の位置情報をカミラに渡す。
「よろしい。行ってくる。アリス、お前は引き続き市議会議事堂を叩け」
「了解です。一応気を付けて、殿下!」
「ああ」
ここでカミラが単独行動を開始。
彼女は双方の召喚した悪魔が入り乱れる戦場を潜り抜け、市議会議事堂内に突入する。黒魔術師はこの市議会議事堂内にいるとジョシュアは示した。
「こっちだな」
小さな下級悪魔の使い魔を前方に展開させ、索敵を行いながらカミラは前進。徐々に目標に近づく。
しかし、ミネルゼーン政権軍もただでは進ませようとしない。
「ふん。やはり妨害は行われるか……」
カミラの放っていた下級悪魔が前方に中級悪魔が展開するのを確認した。バルムンク・フラムで武装していた牛頭の悪魔たちだ。数は4体ほど。
「通らせてもらうぞ。お前たちを相手にしないでいいように私が動いているのだ」
カミラは中級悪魔が展開している壁の向こうに向けて精神魔剣を投射。市議会議事堂の壁をぶち抜いて放たれた精神魔剣が一瞬で中級悪魔たちを屠った。
「この密度なら精神魔剣はまだまだ使えそうだな」
バルムンクの破邪はバルムンク本体の数が増えれば強力になる。そうであるが故に量産されているのだ。
4本程度ならばカミラも精神魔剣をコントロールし、使用できた。
「この先だが──」
先行していた下級悪魔が不意に消えて、先の情報が途絶えた。
「相手も黒魔術師ならば気づくのは当然か」
カミラはそう呟き、前に出た。
「来たな、『アカデミー』の黒魔術師よ!」
市議会議事堂における市長控室にて相手の黒魔術師はいた。帝国陸軍の軍服の上から黒いローブを羽織った初老の男だ。
「そういうお前は『ヘカテの子供たち』の黒魔術師か?」
「いかにも! 我々は帝国に忠誠を誓った黒魔術師! 帝国に仇なすものは排除する! 我らが忠誠を見るがいい!」
初老の黒魔術師はそう宣言すると、彼の前にある魔法陣が輝き始めた。
「出でよ、地獄の子爵よ!」
そして、その呼びかけとともに魔法陣からグリフォンが売姿を見せる。メフィストフェレスとも交戦していた爵位持ちの上級悪魔だ。
「さあ、我らが敵を屠れ!」
「オオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ────ッ!」
命令を受けてグリフォンが雄たけびを上げるとカミラに向かってきた。
「やらねばならんか。面倒なことを」
カミラは一斉に精神魔剣を展開し、それをグリフォンに叩き込む。
精神魔剣は確かにそのグリフォンの体を貫き、引き裂いたが、流石は上級悪魔である。それだけでやられることはなく、傷を回復させてカミラに迫った。
「ちっ。そう簡単にはいかないな」
「叩きのめせ!」
グリフォンが鋭い爪の並ぶ腕を振るってカミラを狙い、カミラはそれを回避。市長控室の調度品が破壊されて、その残骸が飛び散る。
「はははははっ! 上級悪魔を前には手も足も出まい! そのまま死ぬがいいわ!」
初老の黒魔術師はそう言って笑い、上級悪魔は攻撃の激化させる。
「ここはやはり対悪魔戦の定石と行くか」
カミラはそう言って小さな精神魔剣を錬成し、それによって手のひらを僅かに切ると、流れた赤い血を初老の黒魔術師の後ろに向けて散らした。
「ふん! 何を破れかぶれな。血を使った呪いは対策を施して──」
「貫け」
初老の黒魔術師がカミラを嘲ろうとするのにカミラがそう唱える。
すると、飛び散っていた血が槍や矢のように伸び、初老の黒魔術師を背後から貫いた。初老の黒魔術師は目を見開き、口から血を吐いた。
「ゲームセットだ」
「ま、まさか……」
カミラは手のひらの傷を回復させてそう言い、初老の黒魔術師はもがきながらも、この場で助かろうとする。
しかし、自分を縛っている召喚者が弱り、抵抗できないと見たグリフォンは、その初老の黒魔術師の方に向かうと口を大きく開き、食らい付いた。
「や、やめ──」
初老の黒魔術師はグリフォンに食われ、息絶えた。
同時に召喚されていた中級悪魔や上級悪魔が一斉に消滅。
「これでいい。結構な戦果だ」
……………………