アドラーベルク市街地戦
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──アドラーベルク市街地戦
アレックスたちがロート橋を制圧していた間に、アドラーベルク全土を制圧するための黒色同盟軍部隊も動いていた。
「前進を命令する。速やかにロート橋の友軍と合流せよ」
第3擲弾兵師団司令部ではバイエルライン中将が命令を発していた。ロート橋にいる友軍たるアレックスたちと合流し、ロート橋を完全に制圧する命令だ。
「あのー。そろそろ私たちも何かした方がいいんでしょうか?」
「さあ。どうでしょうね?」
第3擲弾兵師団司令部ではアリスが所在なくそわそわしており、ジョシュアはいつものようにやる気なさそうに本を読んでいた。
「何かあれば要請があるだろう。黒色同盟軍も戦力に余裕があるわけではない。猫の手も借りたいと、そう思っているだろう」
「なら、いいんですが。何もしていないと怒られるのは嫌ですからね」
「軍隊においてそれはない。むしろ、命令されていないことを熱心にやる方が問題だ。いわゆる無能な働きものという奴になるからな」
アリスがまだそわそわするのにカミラはそう言った。
軍隊における命令は絶対である。
上官から実行せよと命じられたことは、同じく命令の範囲の限りの手段を使って実行しなければならない。しかし、命じられてもいないことを実行したり、手段が逸脱することは絶対に許されない。
「それでも何もせず待っていろというのは、妙な感じです」
「待つことも仕事の内です。兵隊の仕事は昔から『急げ、急げ、そして待て』と言われますからな」
「うへえ」
トランシルヴァニア候はそう表現し、アリスは待たされることを予感してうんざりした気分になった。
「師団長閣下。斥候からの報告です。敵は────」
「ふむ。友軍との早期の合流は難しいか……」
ここで司令部に重い空気が流れ始めた。
「何があったんでしょうか?」
「あの将軍の様子からして、いいニュースではないだろうね」
司令部にいて司令部要員というわけではないアリスたちに情報は伝えられない。そうであるが故にアリスとメフィストフェレスはそう言葉を交わして、司令部内の様子を観察するしかなかった。
「『アカデミー』の方! こちらへ!」
そこでバイエルライン中将の参謀がアリスたちを呼んだ。
「何事ですかな?」
そして、アドラーベルク周辺の地図を広げたテーブルの周りに集まった『アカデミー』のメンバーがそう尋ねた。
「不味い状態になっている。説明しよう」
バイエルライン中将がそう言って戦況を話し始める。
「我々は早期にオストアドラーベルクを制圧し、ロート橋にいる友軍と合流する予定であった。我々にはそれが可能であると推測していた」
ロート橋を今制圧しているのは1個大隊の空中機動部隊に過ぎず、さらに言えばその1個大隊は敵地で孤立しているところだ。
その友軍に合流し、ロート橋を完全に確保。それから一気にヴェストアドラーベルクに攻め入る。それが作戦目標であった。
「オストアドラーベルクに存在する敵部隊から強固な抵抗を受けている。あのバルムンク改が見られるし、さらに言えば中級悪魔たちが大量投入されている。これを撃破しなければ我々がロート橋に到達しても、側面を突かれ、包囲される」
「で、我々にどうにかしろと?」
「『アカデミー』は黒魔術の専門家だと聞いているからな。中級悪魔がバルムンク改で魔術を無力化しているのはかなり性質が悪い。悪魔というのは恐ろしくタフで強力な存在だのだからだ。そうなのだろう?」
「分かった。敵の撃破を手伝おう」
バイエルライン中将の言葉にカミラが頷く。
「助かる。現在激戦地になって地点の火消しをお願いしよう。我々は敵の魔術砲撃の観測地点となっているアドラーベルク大聖堂と敵が立て籠もった市議会議事堂の攻略を急いでいる。どちらも喉に刺さった針だ」
そう言いながらバイエルライン中将は地図上でそのふたつに地点を指さす。
「それとは別に市街地でゲリラ戦を行っている敵部隊が存在する。こちらはいずれ補給が切れて行動できなくなるだろうが、今はまだ脅威だ」
「どれから手を付ければいいのでしょうか?」
「『アカデミー』には市議会議事堂を奪取してもらいたい。そこに中級悪魔の大部隊が存在するとの報告がある。現地では我が第3擲弾兵師団隷下第31擲弾兵連隊を中核とした部隊が交戦中である」
「了解です」
バイエルライン中将に言われ、アリスが頷く。
「それでは現地までは護衛させよう。頼むぞ」
こうしてアリスたち居残り組も戦闘に動員され、激戦地となっているアドラーベルク市議会議事堂の制圧を支援することに。
第3擲弾兵師団の騎兵に護衛されて進む中、ロート橋の方角から轟音が響いた。
「い、今のは!?」
「魔術砲撃……? それにしては凄い轟音でしたが……」
アリスたちも護衛の騎兵たちもうろたえ切っている。
「とにかく今は市議会議事堂に向かうぞ。ゲリラが活動しているようだからな」
「ええ。そうすべきでしょう、殿下」
カミラはそう言って部隊を進ませ、トランシルヴァニア候たちが続く。彼らはアドラーベルク市街地の通りを抜けて、市議会議事堂を目指す。
アドラーベルクの市街地は既にいくつもの戦闘の痕跡があり、かつての繁栄した商業都市の面影を僅かに残すのみとなっている。
「そろそろだ」
下士官の騎兵が告げ、通りの向こうに市議会議事堂が見えてきた。
歴史ある古い建造物である市議会議事堂。その建物に向けていくつもの魔術砲撃が叩き込まれているのが、アリスたちからも見えた。
「誰か!」
そして、市議会議事堂に接近すると周辺を警戒している兵士が誰何してくる。
「バイエルライン中将の命令で来た。『アカデミー』だ」
「『アカデミー』! 助かった。連隊長と話してくれ」
カミラが誰何に応じ、誰何を行った歩哨は僅かに喜びの色を見せたのちに、カミラたちを第31擲弾兵司令部へと案内する。
第31擲弾兵司令部は市議会議事堂を見渡せながらも、敵の魔術砲撃から逃れられる頑丈なホテルに設置されていた。
「来たか、『アカデミー』。私は第31擲弾兵連隊連隊長のカール・シュパイデルだ。君たちはこの手のことの専門家だと聞いている」
「ま、まあ、間違いではないです」
連隊長のシュパイデル大佐が自己紹介したのちに尋ね、アリスが眼を泳がせながら、あまり自信なさそうに応じる。
「我々は目下、敵の抵抗拠点となっている市議会議事堂を落としにかかっている。1個擲弾兵連隊と1個魔術猟兵大隊、1個工兵大隊を動員しているが……」
「落ちていなようでしたな」
「残念なことに」
トランシルヴァニア候が同情するように言い、シュパイデル大佐が首を横に振る。
「敵はバルムンク、またはバルムンク改で武装した中級悪魔を主力としている。これが非常に面倒だ。まず対悪魔戦の定石である召喚者を殺すという方法ができない。敵の召喚者がどこにいるのか見当もつかないのだ」
「ああ! そう言えばそうでしたね。これまで中級悪魔とは交戦しましたが、召喚者は地殻にいませんでした」
「そういうことで悪魔そのものを撃破する必要性に迫られているが、悪魔というものを倒すのは人間の兵士を倒すよりずっと大変なのだ」
対悪魔戦の定石は召喚者を殺すこと。何故ならば悪魔を倒すより、人間を殺す方がはるかに楽だからである。
しかし、今回投入されている中級悪魔の召喚者は不明だ。
「では、ごり押しでの攻略を進めるのですか? 私の方で召喚者を探してもいいのですが、それでも手が出せる範囲に召喚者がいるという保証はないですけども」
「できるなら探してくれ。だが、今は攻略を急ぎたい。先ほどロート橋が大規模な魔術砲撃を受けたとの報告を受けた。それによってロート橋が失われるかもしれない。その前にロート橋の友軍と合流しなければ」
ジョシュアが提案するのにシュパイデル大佐がそう言う。
「よって敵の抵抗拠点である市議会議事堂を迅速に落とす。すぐにでも攻撃再開だ」
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