メテオライト作戦
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──メテオライト作戦
黒色同盟最高統帥会議はアドラーベルクの奪取を決定。
ついにミネルゼーン政権軍が必死に守りを固めるアドラーベルク=シュネーハイム線を崩すのである。
作戦名はメテオライト作戦と呼称。部隊が動員される。
「動員されるのは帝国陸軍から4個師団、バロール魔王国から3個師団、アルカード吸血鬼君主国から2個師団と1個旅団」
前線には徐々に戦力が集結しつつあり、アドラーベルク奪取を目指し、黒色同盟軍の将兵が街道を進んできている。
その様子を視察にし訪れたのはルートヴィヒと、そしてバロール魔王国魔王アデルであった。珍しくバロール魔王国の外に出た彼女は何十人もの護衛と従者を引き連れ、前線視察を行っていた。
「コルネリウス元帥。簡単に聞くが、この作戦は成功するのか?」
アデルはそうコルネリウス元帥に尋ねた。
「かなり厳しい戦いになるでしょうな。アドラーベルクは運河によって発達した都市であり、大規模な市街地が運河の両岸に広がっています。この市街地を迅速に制圧し、運河に架かる橋を奪取しなければ、戦闘は長期化します」
「なるほど。泥沼の市街地戦というわけか……。ならば、市街地をドラゴンたちを使って焼き払ってはどうか?」
「それは敵に利するだけかと。敵は我々がアドラーベルクに侵入した時点で焦土作戦を展開するでしょう。長期にこの地域に貼り付くのに、住居やインフラを喪失するというのは、将兵にとって苦しい展開になります」
「今は家の1軒も失えぬと。難しい戦いになりそうだな」
「しかし、敵の抵抗が激しければ、ドラゴンによる無差別爆撃は実行させるでしょう」
アデルは同伴したコルネリウス元帥の意見を聞きながら、バロール魔王国の将兵を拳に向かった。
「魔王陛下万歳! バロール魔王国万歳!」
「我々に勝利を!」
兵士たちはアデルの訪問を熱烈に歓迎し、声を上げた。
「オフィーリア元帥。将兵の士気は高いようだな?」
「ああ。これまで奇襲に次ぐ奇襲で随分と楽に勝ててきたからな。調子に乗っている。もっと戦場の現実を見れば、この楽観も変わることだろう」
「手厳しいことだ」
オフィーリア元帥が答え、アデルは苦笑。
「兵士にはいくら手厳しくしてもいい。戦場では手厳しいどころか、敵は我々を想像できない悪意を持ってして殺しに来るのだ。多少のストレスに耐えられずして、そのような環境で戦えるものか」
「それでも兵士をあまり虐めるなよ」
オフィーリア元帥の言葉にアデルはそう言い、現地視察を終えた。
「メテオライト作戦の第一段階では陽動が実施される」
メテオライト作戦発動に当たり同盟最高統帥会議から派遣されてきたハーディング上級大将が、前線に集まった指揮官たちに説明を行う。
「作戦指示書にあったように、我々はシュネーハイムにおいて陽動を実施し、こちらの狙いがシュネーハイムであると悟らせる。既にそのための情報工作も実行されており、上手くいけばアドラーベルクでの敵の抵抗を減らせるだろう」
オーウェル機関などの情報機関も動員され、黒色同盟軍の狙いはアドラーベルクではなく、シュネーハイムだという陽動工作が行われていた。
その中でも死体に命令書を持たせて運河に流すという工作は、アレックスの発案である。これはミンスミート作戦としてイギリスが行った作戦を真似したものだ。
既にミネルゼーン政権軍はこの死体を確保し、命令書が本物だと思っている。
「アドラーベルクに対する攻撃は空中機動部隊による橋の確保から始まる。アドラーベルクには3本の橋があり、それぞれロート橋、ブラウ橋、ゲルブ橋と呼ばれている。我々が戦力を集中して確保するのはロート橋だ」
都市に存在する3つの橋はそれぞれ運河における船舶の通行を妨害せぬ形で架けられており、その中でもロート橋はもっとも大きい。
「空中機動部隊は速やかにロート橋の両岸を確保したのちに、対砲撃防御を展開。友軍が合流するまで橋を防衛する」
橋を確保してもミネルゼーン政権軍に破壊されては意味がない。展開した部隊は速やかに工兵によって橋の爆発物を除去し、さらには対砲撃防御を展開する。
「その後、アドラーベルクを包囲し、敵戦力を殲滅。これによってアドラーベルク全域を制圧する。以上だ」
これがメテオライト作戦の内容だ。
最優先でロート橋を確保。それから友軍と合流し、対岸に渡河する。そのままアドラーベルクを包囲してしまい、残っている敵を殲滅。それによってアドラーベルクを運河における橋頭保とするのである。
「閣下。ロート橋以外の橋はどうなさるのですか?」
「確保できるならば確保するが、無理に確保はしない。あくまで余力を持ってして確保する目標だ。しかし、ロート橋の確保に失敗すれば、ブラウ橋の確保を、ブラウ橋の確保に失敗すればゲルブ橋の確保を優先事項とする」
「了解」
橋はひとつ確保すれば十分だ。そしてロート橋は大きく、幅も広い。無理やり他の橋を確保しようと試みて、兵力を無駄に分散させる必要もないのである。
そして、ハーディング上級大将から司令官たちに命令を伝え終えると、それぞれの部隊が攻撃開始位置に付き始めた。
「閣下。最新の航空偵察による情報では敵はシュネーハイムに集結中です。アドラーベルクの戦力はさほど多くありません」
「問題はなさそうだな。こちらもアドラーベルクに戦力を集結させた以上、急がねば」
最高統帥会議にてシュライヒ上級大将が頷く。
そのころアレックスたちは後方の野戦飛行場にドラゴンたちと共にいた。
「ドラゴンという種族と他の魔族たちが共存できているというは不思議だよ」
「何故だ? バロール魔王国では普通の光景だぞ」
アレックスは暇つぶしとばかりにドラゴンたちに絡んでいた。
「君たちは他のどの種族よりも大きいじゃないか。それだけサイズの差があるのに共存できるのは、やはり凄いことだよ。考えてみたまえ。君たちは帝都にも来ただろうが、あそこで暮らせるかね?」
「それは無理だな。どれも小さくできいる。ドラゴンのことを考えていない」
「しかし、全てをドラゴン基準で作れば、今度は人間が暮らしにくくなる。君より数十倍は大きな扉だらけの都市を考えてみれば分かるだろう」
「ふうむ。確かに」
アレックスに指摘されたドラゴンの空軍将校が頷く。
「建築学の中にはバリアフリーという概念がある。体に障害があったり、年を取っていたりする人間でも不便なく建物を利用できるようにするものだ。恐らくは君たちも同じようにサイズ差によって不当な制限を受けないようにしているのだね」
「いい価値観ではないか。我々としても誇らしく思う」
アレックスとドラゴンがそのような会話をしていた時、エレオノーラが小走りに駆け寄ってきた。
「アレックス! 司令部に呼び出しだって」
「おお。了解だ。さて、向かうとしよう」
アレックスたちは呼び出しを受けて野戦飛行場内に設置された司令部に向かった。司令部は野戦飛行場に急遽建てられた簡素な木造建築の中にあった。
「諸君。いよいよメテオライト作戦を発動する」
同盟最高統帥会議から派遣されてきた将校がそう告げる。
「既に空中機動部隊主力は出撃準備を終えた。君たちも直ちに準備を」
「了解だ」
ついにメテオライト作戦が発動されることに。
「私たちも参加ですか? 無理に参加しなくとも……」
「空中機動部隊として乗り込むのは『アカデミー』からは私とエレオノーラ、カミラ殿下とエドワードたちインナーサークルのメンバー、そしてサタナエルだけだよ」
「え? 私とかジョシュア先生は?」
「後から友軍とともにやってきて合流したまえ。君のようなおっちょこちょいは迂闊に前線に出すと死にそうだからね!」
「それは何よりです。頑張ってきてください」
アリスはアレックスの皮肉を聞き流してそう言った。
「アレックス。少しいいか?」
「何だろうか、サタナエル?」
ここでサタナエルがアレックスを呼び止める。
「お前の望むものが準備できた、とのことだ。やるか?」
「おお。だが、今はまだいい。友軍を説得するためにもね」
サタナエルの言葉にアレックスはにやりと笑ったのだった。
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