黒色同盟連絡会議
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──黒色同盟連絡会議
帝国内戦における戦線はミネルゼーン政権が引いたアドラーベルク=シュネーハイム線から動かず、既に2か月が経過していた。
「敵は悪魔を使役している」
黒色同盟軍はその司令機能を担う同盟最高統帥会議の他に、同盟間の情報共有を行う連絡会議を設置していた。
それぞれの軍の連絡員が待機し、軍事的な問題のみならず、外交的な問題から内政問題まで、諸事情を共有することになっていた。
「悪魔は中級のもので、爵位はなく、使い魔化されており、人型に移植されている。それが『アカデミー』が把握している限りのことだ。ついでに言うならば、ミネルゼーン政権にその手の技術のある集団がいるのだろう」
そう言うのは他ならぬアレックスで、彼は自分が戦場で把握した情報を報告する。
「敵に黒魔術師がいると?」
そう尋ねるのはカイゼルブルク政権軍から派遣された連絡員である陸軍将校で、ニコラウス・フォン・キュヒラー大佐という。
元は帝国陸軍の情報将校であり、内外の情報作戦にかかわった彼は連絡会議に|ルートヴィヒの命にて連絡員として派遣されていた。
「我々は完全に把握していないが、少なくともヴィトゲンシュタイン侯爵家当主ゲオルグが黒魔術師であることを把握しているよ、キュヒラー大佐」
「ふむ。ヴィトゲンシュタイン侯爵家のエレオノーラ嬢からの情報か?」
「イエス」
キュヒラー大佐たちカイゼルブルク政権軍の将校たちも『アカデミー』に参加している人間の大まかなプロファイルは把握していた。特に帝国の人間だったものに関しては。
「我々からいいでしょうか?」
「聞こう、クリフォード卿」
発言を求めたのはアルカード吸血鬼君主国のオーウェル機関所属の吸血鬼であるアンソニー・クリフォードである。アルカード吸血鬼君主国からは軍人ではなく、背広組であるオーウェル機関からの連絡員の派遣だ。
「我々はミネルゼーン政権内に『ヘカテの子供たち』というヴィトゲンシュタイン侯爵ゲオルグが主導する組織の発足を確認しています。これについての情報はまだ少ないですがミネルゼーン政権のビューロー候の支持を受けているようです」
「間違いなく、それが黒魔術師の秘密結社だろうね」
クリフォード卿の報告にアレックスが頷く。
「ミネルゼーン政権に黒魔術師がいるならば、その事実を漏洩させるだけで、ミネルゼーン政権とそれを支援する第九使徒教会の間に亀裂を生めないか?」
「現在、ミネルゼーン政権は表向きには第九使徒教会の支援を受けていない。少なくとも第九使徒教会は軍事的にミネルゼーン政権を支援していない。その状況が変わる可能性もある」
「どのように変わると?」
「つまりはだ、大佐。ミネルゼーン政権は『第九使徒教会が支援してくれないから、黒魔術師を頼らざるをえなかった』と主張し、第九使徒教会や諸外国がそれを受けて、全面的にミネルゼーン政権を支援する可能性だよ」
「その可能性はあるな……」
アレックスが述べた意見にキュヒラー大佐が唸る。
「我々が敵の黒魔術師集団を把握しているということを知られるのも、情報のアドバンテージを失います。ここはひとつ、この『ヘカテの子供たち』に秘密裏に接触し、こちらに引き入れる工作を行うのはどうでしょうか?」
「『アカデミー』としては是非とも進めてもらいたい」
クリフォード卿の提案にレックスは即座に同意。
「帝国としては異論ありませんか?」
「ない。進めてくれ」
「分かりました。では、進めさせていただきます」
どうやらバロール魔王国とは事前に話を進めていたようであり、クリフォード卿はバロール魔王国の連絡員には尋ねなかった。
「ここでもうひとつ報告することがある。魔剣バルムンクは帝国の精鋭部隊が装備するものだが、その改良型と思しきものが出回っている」
「ほう? 魔剣バルムンクは過去の天才が作った素材が原料のはずですが」
「その通りだ。そうであるが故に精鋭部隊に装備させるのが可能なほどには量産できていたし、性能も均質だった。しかし、それを超えるものをミネルゼーン政権が量産しているとなると……」
「新しい天才が現れたことになりますな」
キュヒラー大佐の言葉にアレックスがそう肩をすくめた。
この世界で物質魔剣と言えば、優れた天才が生み出した全く新しい素材を利用したものが一般的だ。そうすれば同じ性能の魔剣を量産できるからである。
魔剣バルムンクもまたそのような方法で作られていた。
「オーウェル機関として調査しています。彼らは今のところバルムンクにおいては依然として精鋭部隊に配備は限定されていますが、これからはその傾向も変わる可能性がありますね」
「我々の側も対応するように動く必要があるのでは?」
現在カイゼルブルク政権軍は分裂前と同様に魔剣バルムンクと貫通性能がある魔剣フロッティが配備されている。
これまでの戦闘では互角の戦いをしていたカイゼルブルク政権軍だったが、これから先にミネルゼーン政権軍が新型魔剣を投入してくるとどうなるか不明だ。
「その必要はあるだろうね。そして、そのときは我々が力を貸そう!」
アレックスがそう懸念に対して答えた。
「アルカード吸血鬼君主国とバロール魔王国にも支援を願いたい」
「できる限りのことはしましょう」
キュヒラー大佐の言葉にクリフォード卿たち列席者が頷いた。
それから連絡会議は終わり、アレックスは再び『アカデミー』の拠点であるミネルヴァ魔術学園地下迷宮にやってきていた。
「どうやらアルカード吸血鬼君主国とバロール魔王国は我々の完全勝利は望んでいないようである。困ったことにね」
アレックスは冒頭でそう切り出した。
「どうしてです? だって、どっちの国も私たちが勝つ方がいいんですよね?」
「我々がいくら努力しても彼らの友人にはなれないということだよ、アリス。国家に真の友人はいないという奴だ。我々が黒魔術師であろうと、国家単位としてはこれまでアルカード吸血鬼君主国とバロール魔王国を脅かしていた帝国だ」
アリスが不思議そうに尋ね、アレックスが肩をすくめてそう返した。
「帝国の地政学的な立場から彼らは帝国を危険視しているし、長期的に見ていつまでも帝国の友好ムードは続かないと考えている。そんなところかな」
「でしょうね、エレオノーラ嬢。ふたつの国にとって帝国とは何百年も殺し合いを続けてきた国です。一朝一夕でその関係が変わるというような、無責任に近い楽観はしていないでしょう」
エレオノーラの推測にジョシュアがそう言った。
「彼らにとってすれば潜在的な脅威が内戦によって力が削がれるのは、都合のいいことなのだろう。しかし、そんなことをして、うっかりミネルゼーン政権軍が勝利したりなどすれば彼らは大きな打撃を追うということを理解しているのだろうかね」
「生かさず殺さずで永遠に内戦を続け、人類国家が分裂したままの方が、正直我々アルカード吸血鬼君主国としてはありがたいと言えるでしょう」
「内戦が過激化した結果、その原因を外国に求め、テロなどに訴えることもあるのだよ、トランシルヴァニア候! 非常事態がいつまでも続けばろくでもないことが起きる」
トランシルヴァニア候の言葉にアレックスがそう指摘。
その例はあるのだ。アフガニスタンにおける紛争はアルカイダを生み出し、アメリカ同時多発テロという惨劇に至る。
「とは言え、これは我々の戦争だ。外国に頼る前に自分たちで戦わなければ。少なくともアルカード吸血鬼君主国とバロール魔王国はわざと内戦を長引かせるような妨害工作はしないはずだ」
「情報提供でよければ私も協力してやろう」
「カミラ殿下。早速お願いしたいのだが、『ヘカテの子供たち』という帝国で発足した秘密結社について調査してほしい。第九使徒教会が表立って介入しない今に時点で、脅威になるのはこの組織だと思っている」
「分かった。情報があれば提供しよう」
アレックスは『ヘカテの子供たち』に関心を寄せているようだった。
「さて、さて。我々こそが戦争を始め、終わらせるのだ! 終わるまでが戦争だからね! 諸君、頑張ろう!」
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