酔える悪魔
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──酔える悪魔
アレックスはひとりの悪魔をサタナエルに求めた。
「いいだろう。許可する。好きに召喚しろ」
「ありがとう、親愛なる友人よ。では、今夜にでも早速呼ぶとしよう」
その悪魔が何者か我々が分からないままにアレックスは図書館でアリスが借りていた本を一通り読んでおいた。
「どの物語もパターンは同じだね。ハンサムで欠点なんてまるでない絵に描いたように完璧に男性が、少々難があるが美形の女性に恋に落ちて溺愛する。シンプルでストレスになりそうな展開も少ない」
「それだけ味付けが大味ということだろう。それにそのくだらない内容を好むのは薄っぺらい人生を送ってそうなつまらん人間だ」
「おやおや。そうとは限らないだろう? ひとつ持論を述べさせてもらうならば文学と料理はよく似ている」
アレックスはそう言って語り始める。
「料理は舌で様々な味を味わう。そして好む味の違いによって貴賤が問われるわけではない。甘いものが好きだろうが、辛いものが好きだろうが、別にその好みで人の価値は決定されない」
「そうか? あまり貧相な食事ばかり好む人間は卑しいと思われるぞ」
「では聞くが、食生活の上限が農業と交易の未発達から低かった時代の人間は等しく卑しいと思うかね? 貧しい食事をしていた古代の著名な哲学者と今の贅を凝らした食事を貪る無能な貴族のボンボンは後者の方が尊く賢いと?」
「分かった、分かった。違うと認めてやる。で、それがどう文学と似ているんだ?」
渋々というようにサタナエルが認め、続きを促した。
「文学は脳で味わう料理だということ。美しく甘美な展開が上等な砂糖菓子のようであり、辛くも逞しく生きる話は食べ応えのあるメインの肉料理だ。我々は文学を摂取することによって料理を味わうのに似た経験をするのだよ」
「ふむ。面白いたとえだとは思うが……」
「まあ、単なる私の持論であって普遍の事実などではない。ただ、どんな作品にも味はあり、そこに優劣や貴賤はないと私は考えているよ。あるのは好みの違いだけだ」
アレックスはそう言って本を本棚に戻し、図書館を出た。
「アレックス?」
「エレオノーラ! どうしたのかな? 図書館に用事かい?」
アレックスが図書館を出るとすぐにエレオノーラに遭遇。
「ええ。レポートを書くために本を読まなくちゃいけなくて……」
「君は真面目だね。私たちなどは先輩から過去のレポートを借りて丸写しさ」
「まあ」
自重するアレックスをエレオノーラが微笑んで見つめた。
「ああ。それから教えられた本を読んでみたよ。なかなか個性的な本だったね」
「そ、そう? 私はちょっとダメだったかな……」
「そこまで気にするような本でもないと思うのだが」
ただの恋愛の本である。羞恥心を抱くようなものはないはずだ。
「大人になるまでああいう本は読んではいけないってお父様たちに言われれて。それになんだかああいうお話って恥ずかしくない?」
「どうして? 男女が結ばれる健全な話じゃあないか」
「けど、その、男女が結ばれた後は、その……子供を作るよね?」
「ああ。そういうことか」
エレオノーラにとって親密な男女の関係というのは、その先にある性行為を連想させるのだ。それが彼女にとっては恥ずかしいことらしい。
「君は純粋だね、エレオノーラ。純粋すぎるよ。いいかね。子供を作るという行為は恥ずべきことではない。君の両親も君という大事な存在をこの世に誕生させるのにそれを経たのだ」
「けど、そういうことは大人になってからだよね?」
「確かに子供がこういうことを考えすぎるものではない。しかし、大人になって急にそういう知識が付くわけでもない。こういう教育は恥ずかしがらずに受けておかなければ後になって苦労するものだよ」
「それでも私には早いかな……」
エレオノーラはそういうと次の授業のために立ち去った。
それからいくつかの授業が終わり、夜が訪れる。
「さあ、今こそ地獄の門を開こうではないか」
場所はミネルヴァ魔術学園の裏庭。そこに魔法陣が描かれ、アレックスとサタナエルがその魔法陣の周りに立っていた。
「地獄より来たれ。“傲慢”の大罪ルシファーの眷属にして偉大なる大悪魔よ。その名を今こそ呼ぼう──」
アレックスが大きく声を上げる。
「メフィストフェレス!」
魔法陣が赤く輝き、硫黄の臭いが微かに周囲に漂う。
そして、その魔法陣が煙に包まれるとそこに人影が見えた。
「私を呼ぶのはお前か、噂の黒魔術師?」
そこに現れたのはブロンドの髪をオールバックにした驚くほど美形な男性の姿をした悪魔だ。整っており、清潔感のある容姿は20代後半ほど。その190センチ近い高身長の体は黒と赤のスーツに覆われている。
「随分と生意気な口を利くな、メフィスト? 俺の契約者が噂か?」
「これはサタン陛下! 申し訳ない。しかし、あなたを愚弄する意図はないのです。私はこの人間の方に話がありまして」
「ああ。だろうな。おい、アレックス。約束通りこいつを呼んだぞ」
サタンに傅くメフィストと呼ばれた悪魔を横にサタナエルがアレックスにそう言う。
「やあやあ。地上へようこそ、メフィストフェレス。かの名高い地獄のプレイボーイよ。これまで何人の女性を泣かせてきたのだい?」
「ふん。失敬なことだ。いいか、人間よ。私は女性に夢を与えている。とても心地のいい夢だが、夢はいずれ覚める。いい夢であろうと悪夢であろうとも。夢とはそういうものだろう?」
「何ともまあ悪魔らしい考えだ」
メフィストフェレス。
彼は“傲慢”の大罪を司るルシファーの眷属であり、公爵級の大悪魔だ。そして同時にもっぱら女性ばかりと契約する魔女たちの悪魔でもあった。
そんな彼は地獄では名の知れた女たらしであり、これまで彼のそのルックスと言葉に騙された女性は少なくない。だが、彼は自分が悪いことをしているなどとは思ったことはなかった。
「で、私に何の用だ、人間?」
「ひとりの女性を口説き落としてほしい。君の魅力で」
「ほう? その女性の髪の色は?」
「黒。濡れ羽色だ」
「瞳は?」
「グリーン。エメラルド、とまではいかないが美しいものだよ」
「なるほど、なるほど。社交的か、内向的か?」
「内向的。この手の女性に多くあるように本が好きで自分のような女性が君のように欠点などない男性に溺愛されるような本を読み漁っている」
「ほうほう! それはいいな。実にいい」
アレックスの言葉にメフィストフェレスが大きくなずいた。
「私はそういう女性は大好きだよ。聞いた限りでは磨けば光る女性だ。そのような可能性のある女性を磨きに磨き、彼女自身が自信を持ち、次々に破滅的な行動に手を出すさまを間近で見たいものだ」
「御託はいい。その根暗女には価値があり、俺の軍勢に加えたい。口説き落として、屈服させろ。あらゆる手を使って」
「畏まりました、陛下。このメフィストフェレス、全力で当たりましょう」
「結構だ」
メフィストフェレスが再び頭をサタナエルに下げ、サタナエルは満足げに頷いた。
「では、早速始めよう。まずは君の身分だ、メフィストフェレス。学園の臨時教師としてねじ込んでおいた。これが身分証だ」
「ミネルヴァ魔術学園、か。ここには可能性のある女性が多そうだ」
「若い女性が好みかね?」
「女性は若さを求めるが年を取ることは必ずしも悪いことではないとだけ」
「実に含蓄のある言葉だ」
アレックスがメフィストフェレスの言葉にからかうようにそう言った。
「その自信に相応しい素晴らしいロミオとジュリエットすら勝る恋愛劇を見せてくれ、メフィストフェレス?」
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