星を見上げて
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──星を見上げて
さて、ここでそれぞれの休暇について記してきた。
ならばアレックスとエレオノーラはどうしているのか?
それを次に記すとしよう。
「アレックス。あなたは休暇で何をするつもりなの?」
「まず新しい医師に母のことを任せる。ノイマン先生が紹介状を書いているから、それを持って新しい医師に会うんだ」
「それは重要だね。私も一緒に行こうか?」
「おお。ありがとう、エレオノーラ。だが、無理に付き合う必要もないのだよ?」
「無理なんかじゃないよ!」
アレックスが苦笑いを浮かべてそう言い、アレックスがそう返した。
「すまない。では、お願いしよう。それが終わったあとのことだが……」
「それだけど、ちょっと行きたいところがあるんだ。できればそれに付き合ってくれないかな?」
「無論だとも。喜んで付き合おうじゃないか!」
「じゃあ、まずはアレックスのお母さんについてだね」
そして、アレックスたちはまずは母クラウディアを任せる精神科医に会いに、帝都にある病院を訪れることになった。
「失礼。ロベルト・ケーラー先生はいるだろうか?」
「はい。アポはお持ちですか?」
「アレックス・C・ファウストの名前で予約している。頼めるかい?」
「どうぞ、こちらへ」
アレックスは受付で職員の案内を受け、目当ての医師に会う。
「ようこそ、アレックス君。私がロベルト・ケーラーです。お母さんの話は既にノイマン先生から聞いています。大変でしたね」
「ええ。これからは先生を頼らなければならないのですが、治療方針などはノイマン先生から変わりなくやっていかれるおつもりですかな?」
「基本的にそのつもりですが、私は差し迫った他者や自分を害する危険がない限りは、入院などの処置は取りません。まして、ご家族が病状を理解し、治療に協力的ならばその必要はないと考えています」
「そうですか。それはよかった」
アレックスはケーラー医師の言葉に深く安堵の息を漏らす。
「では、治療の開始時期について──」
アレックスとケーラー医師はこれからのクラウディアの治療について十分に話し合うと、アレックスはエレオノーラとともに病院を出た。
「大変だったね、アレックス。少し休んでいかない?」
「ああ。それからいてくれてありがとう、エレオノーラ。誰かが傍にいなければ感情的になってしまうのでね。ノイマン先生とも意見が対立してやり合ったことがある。医者とケンカしてもいいことはないとうのに!」
ほとほと自分に呆れたというようにアレックスが両手を上げる。
「仕方ないよ。大事なお母さんのことなんだもの」
エレオノーラはそう言ってアレックスの手に自分の手を重ねた。
「アレックス。今から私が行きたかった場所に行っていい? 一緒に、ね」
「ああ。構わないよ。どこだい?」
「それはついてのお楽しみ」
アレックスが尋ねるがエレオノーラは微笑むだけでどこに向かうかは言わない。
そのままアレックスたちは帝都を進んで行き、とある場所に着いた。
「ここは……。帝都天文博物館?」
「そう! ここに来たかったんだ」
アレックスたちが辿り着いたのは天文学に関する展示が行われている施設、帝都天文博物館であった。その赤レンガ造りの素朴な建物の中に、エレオノーラがアレックスの手を引いて入っていく。
「天文学に興味があったとは知らなかったが……」
「ふふん。実はね。ここには凄いものがあるんだよ」
エレオノーラはそう自慢気に言うと受付で入館料を払い、その目当ての催し物のために博物館内を進んで行った。
「ここだよ。プラネタリウムがあるんだ」
「プラネタリウム……」
そう、帝都天文博物館には豪華なプラネタリウムが存在するのだ。エレオノーラとアレックスが入った部屋は、そのプラネタリウムがある施設だった。
「時間はあるよね? ゆっくりしていこう。本当に綺麗だから」
「ああ。君がそこまで言うのならば楽しみだ」
エレオノーラは椅子に座り、アレックスも隣に座った。
そして、プラネタリウムが開始される。
作られた夜空に煌びやかな星々がきらめいていく。それを見ているのはアレックスとエレオノーラだけで、プラネタリウムはどこまでも静かに星々を輝かせていた。
無数の空に瞬く星々の下でアレックスたちは、その美しさに息をのむ。
「昔、ここに来たことがあるんだ。お父様が珍しく帝都に連れていってくれて」
エレオノーラがそう語り始める。
「とても綺麗だったのをずっと覚えていて、そのときに決めていたんだ。いつか自分と結婚してくれる人をここに連れてきて、一緒にこの綺麗な星を見上げようって」
「結婚か。随分と大人びた子供だったんだね」
「むしろ、子供の時の方が結婚とかに憧れるんだと思う。誰だって一度はウェディングドレスに身を包んで、理想の相手の結婚を夢見るでしょ?」
「ふむ。私はあまり考えたことがなかった。だが──」
アレックスがエレオノーラの手に自分の手を重ねる。
「私もいつか君のように理想の相手と結ばれたい」
「アレックス」
アレックスはそう言ったのちまた空を見上げ、エレオノーラも小さく微笑んだのちにアレックスとともに作られた夜空を見上げたのだった。
それからプラネタリウムが終わるとアレックスたちは博物館内のカフェへ。
「とても綺麗だったね」
「うん。久しぶりに見たけど本当に綺麗だったよ」
アレックスとエレオノーラはそう感想を述べあう。
「できれば、星座の名前なども理解できたらよかったのだが。私は天文学などさっぱりなのが残念なところだ」
「それなら帰りに売店に寄ってみよう。星座について書いた本があったはずだよ」
「おお。それはいい。見ておくとしよう!」
アレックスとエレオノーラは紅茶を前にそう言葉を交わす。
「今度は星座を覚えてから……。いや、今度は本物の夜空を見に行こうじゃあないか。帝都などの都市から離れた場所では星もよく見える。そういう場所に言って、ともに夜空を見上げようではないか」
「それはいいね。凄くいい。楽しみにしてるから、絶対に連れていってね?」
「もちろんだとも。私は約束は守るよ」
エレオノーラがそう言い、アレックスが笑って返した。
「しかし、君の父上については本当に何もしなくていいのかい? 彼は確かにミネルゼーン政権に取り入ったようだが、ことの流れ次第では……」
「お互いに大人にならなければならないと思うから。私は父に頼りすぎたし、父も私に頼りすぎた。そういう不健全な関係は終わらせる必要がある。たとえそれが荒療治であったとしても」
「君がそこまで考えているのであれば、私として言うことはないよ。だが、もし考えに変わりがあったら言ってくれ。君の父上も我々の側に引き入れて、損になることがないだろうからね」
「父にその気があるなら」
アレックスがそう言うが、エレオノーラは困った表情を浮かべるのみだった。
「では、星座に関する本を買って帰ろうか」
「うん。私も頑張って覚えてみるよ」
「季節ごとに見える星座は異なるようだから、これからの楽しみにしよう」
「ええ。季節ごとの楽しみだね」
エレオノーラはアレックスの言葉に小さく頷いてそう言った。
「さあ、我々もそろそろ帰らないと周りを心配させてしまいそうだ」
そして、アレックスがエレオノーラの手を引いて帝都天文博物館を出た。
彼らの周りは帝国が分裂し、殺し合っているとは思えないほどに平和だった。
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