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魔導書がいっぱい

……………………


 ──魔導書がいっぱい



 ジョシュアもまた休暇を与えられた休みを満喫することにしていた。


 それには予想外の人物も同行している。


「やあ、ジョシュア先生。同行を許可してくれてありがとう」


「あなたのこれまでの功績に敬意を示してのことです、トランシルヴァニア候」


 それはトランシルヴァニア候だ。


「今回、我々『神の叡智』は帝国政府の管轄であった施設を制圧し、それによって入手した魔導書を調査します。いくつかの魔導書には、魔術のみならず、世界の理や歴史が記されているとの事前情報があります」


 ジョシュアはミネルヴァ魔術学園の大図書館にある『神の叡智』が有する隠し部屋にてそのように言い、堕天使のひとりが本を運んで来た。


 厳重に鎖で封がされた本。帝国政府が封印していた魔導書だ。


「『無名祭祀書』や『ルルイエ異本』まで……。本物なのか、ジョシュア?」


「それをこれから確かめるのですよ」


 ジョシュアたちは魔導書を慎重に並べると、真贋の判定を始める。


 魔導書の真贋の判定は、その書物が記された時代における、その魔導書の価値に相応しく、伝承で言い伝えられている通りの呪術を帯びているかどうかで確かめる。


 ジョシュアたちは魔導書を傷つけないように慎重に、慎重に、魔導書が帯びている呪術について確認していった。


 そして、それによれば──。


「半数は偽書ですね。ですが、半分も本物だったことを喜ぶべきでしょう」


「そうですな。魔導書など詐欺に使われる定番の品ですから」


 ジョシュアがそう言い、トランシルヴァニア候が同意した。


「さて、解読は皆さんに任せるとしても、ここでひとつ私が発見したことについてご報告させていただきます」


 ジョシュアはそう言って彼がこれまでのことから把握した事実を語る。


「先だって理解していただきたいのが、人間の意志を定量化することはできないという既存の仮設です。人の意志は複雑であるが故に定量化などできず、そうであるが故に意志の力である魔術には再現性がない」


 ジョシュアが語るのはこれまで理解されてきたことだ。


「人間の意志の定量化。これにはいくつかの課題があります。まずはどのように意志を計測し、数値化するか。単位はどのようにするのか。何を基準にするか、などなど」


「『コーヒーが飲みたい』という意志においても『眠気覚ましにコーヒーがすぐに飲みたい』や『ティータイムにお菓子と一緒にゆっくり味わいたい』などベクトルが複雑になりますからね」


「ええ。ですが、それを可能にするだろう方法が過去に存在したということが分かっています。それはまさに私の専門である言語です」


 ひとりの『神の叡智』のメンバーが発言するのにジョシュアはそう言った。


「私は言語学について深く学んできました。そして人間と魔族という異なる種の言語の祖先が同一である可能性に行きついたのです。同時に私たちの言語はどういうわけか、同一の場所で発生したにもかかわらず、分裂しているとも」


 ジョシュアの語る話をトランシルヴァニア候や『神の叡智』の堕天使たちが静かに、そして興味深く聞いている。


「私の考えは大胆ですが、何者かが言語を分裂させたということ。何故か? 言語とは求めるものを伝える手段であるということに注目してみましょう」


 言語は欲求を他者に理解できるように伝える手段だ。


「これまでの歴史に言語がなければ、人は自分が求めるものを伝えられず、常に奪い合いになっていた。それは文明の発展を恐ろしく遅らせたでしょう。同時に言語は魔術に深くかかわってきます」


「言語こそが魔術を発動させるうえでのカギになるが故に?」


「そう、その通りです、トランシルヴァニア候。魔術が妖精、神、天使、悪魔に自らの欲求を伝えるための手段の上で成立するというならば、魔術は言語に依存すると言って過言ではありません」


「そして、その言語が何者かによって引き裂かれ、バラバラになった。それは誰もが共通の言葉で共通の願いを訴えるのを妨害するため、という結論でしょうか?」


「それに付け加えるならば、願いを受け入れ、魔術を起こす妖精などの側において言語は引き裂かれただろうということです。共通するカギの消失ばかりではなく、共通する鍵穴すら消えた」


 トランシルヴァニア候が考察するのにジョシュアがそう返した。


「このことから考えられるのは、魔術にはかつて再現性があったかもしれないということ。言語は意志を数値化できる可能性を含んでいるし、全てに共通した言語こそが魔術に再現性を与えるのだから」


 ジョシュアはそう最近の結論を披露したのだった。


「ふたつの意味で興味深い」


「ふたつというと?」


「誰が魔術が誰にでも同じように使える世界を望まなかったのか。そして、どうすれば魔術が再現性を得た世界を取り戻せるのか。そういう意味です」


 トランシルヴァニア候がそう言った。


「まだ魔術の再現性を目的に言語が意図的に引き裂かれたとは限りません。可能性としては確かに高いのですがね。そして、恐らくもう魔術に再現性を取り戻すことはできないでしょう」


「ほう」


「人間や魔族の側で言語を統一することはできるようになるかもしれない。ですが、妖精や悪魔の側でそれを達成するのは不可能です。あまりにも複雑で」


 ジョシュアはトランシルヴァニア候の言葉に首を横に振る。


「では、私からは以上です。後は魔導書を解析していきましょう。何か分かることはあるかもしれませんから」


 ジョシュアはそう言い『神の叡智』のメンバーたちが魔導書を手にする。


「ジョシュア先生。私からもうひとつだけいいだろうか?」


「何でしょう?」


「言語が引き裂かれたとしても、人々にはその自覚はなかっただろうということ。私は古い、とても古い時代から生きているが、言語が分裂したということは記憶にないのだよ。だから、分裂はいつの間にか、気づかれずに起きたのだろう」


「なるほど。あなたは古き血統(オールドブラッド)でしたね」


 神話の時代から生きているトランシルヴァニア候のような古き血統(オールドブラッド)にも言語分裂の瞬間は認識できていない。


「ああ。古き血統(オールドブラッド)についていくつか聞きたいのですが、あなた方はかつて信仰の対象だったそうですが、本当なのですか?」


 ジョシュアがそう尋ねる。


「まあ、全く外れではありません。我々古き血統(オールドブラッド)はかつては神や神の子、神の使いとして扱われました。それもそうでしょう。我々古き血統(オールドブラッド)には死という概念がほぼ存在しない」


「死の概念が存在しないということは何をしても死なないと?」


「ええ。我々を殺す手段はほぼ存在しないのが現状です。だからこそ、我々は神と同一視される存在だった」


「ふむ。歴史上古き血統(オールドブラッド)が死んだことを記録した書物は一定数ありますが、どれも真贋が分かっていません」


「どこかの誰かは我々古き血統(オールドブラッド)を殺す方法を生み出したのかもしれませんな」


 ジョシュアとトランシルヴァニア候がそう言葉を交わした。


「しかし、帝国が秘匿していた本が手に入ったことで我々の研究は大きく加速しますよ。我々のあくなき知への探求は続き、世界はその秘密のベールを一枚ずつ剥がしていくというものです」


 ジョシュアは手に入れた多くの魔導書を前にそう語った。


……………………

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