それぞれの休暇
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──それぞれの休暇
「喜びたまえ。諸君に休暇を与えようではないか」
そう唐突に述べるのはアレックスだ。
彼らは帝都カイゼルブルクはミネルヴァ魔術学園に戻っていた。いつものようにエレオノーラの作ったお菓子の乗った円卓を囲んでいる。
「休暇?」
エレオノーラたち『アカデミー』の構成員たちが首を傾げる。
「そう、休暇だよ。この前のツヴァイヘンダー作戦が上手くいったから、同盟最高統帥会議のシュライヒ上級大将からご褒美が出た。閣下曰く、ゆっくり休んできてよいとのことである!」
そう、アレックスたちは先のツヴァイヘンダー作戦への貢献から、休暇が許されていたのである。アレックスはそのことを自慢げに披露した。
「お休みかあ。何をして過ごそうかな?」
「何も予定がなければ一緒に過ごさないかい、エレオノーラ?」
「うん。そうするよ」
アレックスが誘うのにエレオノーラは頷いた。
「私も休暇取っていいんですよね?」
「アリス! 君はいつネットワークに障害が生じて呼び出されるか分からないから、いつでも対応できるように!」
「うへえ」
現代のシステム管理者みたいな役割を背負わされているアリスであった。
「それであるならば、ネットワークの保守管理はアビゲイル女史に任せてはどうか?」
「アビゲイル女史に?」
「彼女はどうせ随分と暇をしているだろう?」
メフィストフェレスが提案したのは現在運用中の下級悪魔を使った通信ネットワークの保守管理、それをこのミネルヴァ魔術学園地下迷宮の管理者たるアビゲイルに任せようというものであった。
「うむ。分かった。確かにちゃらんぽらんとしたアリスに任せるより、アビゲイル女史に任せた方が安心だ」
「うるせーですよ」
アリスは不機嫌そうにアレックスを睨んだ。
「では、それぞれ休暇を楽しんで。次にいつ集まるかは追って連絡するよ」
「仮初の勝利に酔うとするか」
アレックスはそう言い、カミラたちは解散した。
ここからは彼らの休暇の記録である。
「エドワード兄。休暇だそうだが、予定はあるのか?」
「いや。インナーサークル絡みの仕事が多少なりとあるぐらいだ」
カミラは解散する際にエドワードに向けて尋ねた。
「そうであるならば、帝都はプリンツ・オイゲン通りにある帝国内務省国家保衛局本部を訪れてみるというのはどうだ?」
「帝国の秘密警察、そのねぐらだった場所か。何故そんな場所へ?」
国家保衛局は帝都が陥落した際に軍とともに撤退し、今ではミネルゼーンにその本部を設置していた。しかし、彼らが去っても残っているものはある。
「メアリー姉が来ている。まだあの事件の後でメアリー姉には会っていないのだろう? いい機会だ。今からでも会っておいた方がいい。私がアポを取り付けておこう」
「メアリーに? いったい何のために……」
「エドワード兄。あなたは同じ王族の殺害を計画したことで、反逆罪に問われているままだということを忘れていないか? 確かに私は罪を追及はしないと言ったが、公式に赦免されたわけではないのだ」
「そうだったな」
エドワードはカミラ暗殺を計画したとして、反逆罪に問われ、今もアルカード吸血鬼君主国に手配されている。今でこそカミラの許しを得ているが、公式に罪が免除されたわけではないのだ。
「しかし、メアリーは俺の罪を許しはしないだろう。俺もあいつに許してもらおうなどとは思っていない。時間の無駄だ」
「そう決めつけるな。メアリー姉もエドワード兄の働きは把握している。帝都奇襲におけるインナーサークルの貢献について、高く評価しているようだった。使える人材をみすみす失うのを許容するほどメアリー姉は愚かではない」
「本当にメアリーは俺たちを評価したというのか?」
「本当だ」
エドワードが慎重に尋ね、カミラがそう頷いた。
「……分かった。会うとしよう。それでいいんだな?」
「ああ。すぐに向かおう」
エドワードは同意し、カミラはエドワードとともにプリンツ・オイゲン通りにある国家保衛局本部だった建物を目指した。
「これはカミラ殿下。どのようなご用件でしょうか?」
国家保衛局本部にはアルカード吸血鬼君主国から派遣されていたオーウェル機関の職員の他にカイゼルブルク政権指揮下の警察軍部隊などがいた。
彼らの役割はミネルゼーン政権の要職に就いた人間を脅迫できるような事実を国家保衛局が握っていたりしないか。または、自分たちの中に国家保衛局が二重スパイを忍び込ませていないかを確認することだ。
「メアリー姉はどうしている?」
「メアリー殿下は資料接収の指揮を執っておられます」
「会えるか?」
「確認してまいります」
オーウェル機関所属の吸血鬼がカミラに応じた。
吸血鬼は国家保衛局本部に入ってしばらくしてから出てきた。
「お会いになられるそうです。どうぞ中へ」
「ああ」
吸血鬼に案内されてカミラたちは国家保衛局本部内を進む。
あちこちで棚や引き出しから書類などの資料はもちろんとしてメモ紙のひとつまでが引き出されては、整理されている。
当然だろう。国家保衛局は帝国の秘密警察として興味深い情報をたっぷり握っているのは間違いないのだ。
「あら、カミラ。今日はお友達と一緒じゃないの?」
メアリーはそんな国家保衛局本部における国家保衛局局長のオフィスにおり、そこにあった局長の椅子に腰かけて資料に目を通していた。
最初にカミラだけが入室し、メアリーに向き合う。
「メアリー姉。今日はエドワード兄のことで話がある」
「ふん? 一応だけど、どういう話か聞いても?」
エドワードの名前が出るとメアリーは露骨な態度で興味を失っていた。
「エドワード兄は帝都奇襲において重要な役割を果たした。その後においてもだ。だから、国王から特赦が得られるように手配できないだろうか?」
「あなたは自分を殺そうとした男の罪をなかったことにしたいの? やれやれ、そんなところは誰に似たんだか……」
「冗談で言っているわけではない。エドワード兄は使える駒だ。オーウェル機関機関長として絶大な政治的後ろ盾を持っているメアリー姉と違って、私には権力を保証してくれるものがない」
「トランシルヴァニア候は?」
「あれを信頼できると思うのか?」
「まあ、あれは嘘をつくのが仕事の人だから、どうでしょうね」
トランシルヴァニア候の名前が出るとカミラは首を横に振って返した。
「では、確認しておくけれど、あなたは家族の情とかいうものではなく、エドワードが持っているインナーサークルの戦力を自らの後ろ盾にするためだけに、エドワードの助命を願っているのね?」
「そうだ。まあ、全く家族の情がないわけではないが」
「家族の情なんて忘れなさい。王族の一番の敵は外敵ではなく、身内よ。我々の歴史を紐解けば外国の脅威と戦っているより、身内で王冠を奪い合っていた時間の方が圧倒的に長い。そして、そんな時代から我々はさほど遠ざかっていない」
カミラの言葉にメアリーがそう忠告する。
「それでも私はエドワード兄が処刑されることは望まない、メアリー姉」
「分かった。そうであるならば、エドワードに会ってみましょう。私やあなたの情けを素直に受け入れる男でもないでしょうから」
「そうしてくれ」
ここでカミラが退席し、エドワードが入室。
「エドワード。あなたはいい妹に恵まれたわね?」
「確かにカミラには感謝しているが、わざわざ俺を助命してほしいとは頼んでいない」
「でしょうね。プライドだけは昔から一人前だから」
エドワードの不愛想な言葉にカミラがそう言って嘲るように笑った。
「あなたはあんなことを企てた後でも、カミラや祖国のために戦ってきたわね。けど、今さらいくら働いたところで王位継承権が復活するわけではないと理解している?」
「している。俺の王位継承権はもう完全に失われたと」
メアリーがいい、エドワードがそう返す。
「それでも権力に強欲だったあなたがカミラを助けるのは何故?」
「……権力は王族である俺にとっては必要なものだった。王族として何事かを成し遂げることをずっと俺は夢見てきた。だが、そうやって背負ってきたものは、王族でなくなったことで消えた」
「ふうん。王族でなければ功績を立てても意味がないと?」
「まあ、そんなところだ。背負っていたものがなくなったことで、純粋に家族のことを考えることができるようになった」
メアリーが訝し気に尋ねるのにエドワードはそう言った。
「なるほどね。それならばヴィクトリアと結婚しなさい」
「何故だ?」
「そうすればトランシルヴァニア候の助けで特赦が得られるはずだから。失った王位継承権はもう取り戻せないにしても、罪人という地位からは逃れられる。それにヴィクトリアはあなたの好みでしょう?」
エドワードの右腕であるヴィクトリア・ハーバートはあのトランシルヴァニア候の娘だ。トランシルヴァニア候の身内にあれば古き血統として有名である彼の助けで赦免される可能性はあった。
「やはりお前のことは絶対に好きになれないな、メアリー」
「それで結構。私の仕事は反逆者に嫌われることだから」
エドワードが苦々し気にそう言い、メアリーはからかうように笑ったのだった。
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