ツヴァイヘンダー作戦
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──ツヴァイヘンダー作戦
アレックスたちが後方で実行した破壊活動は、帝都奪還を試みていたミネルゼーン政権軍に対して確かな打撃と同様を与えた。
『司令部より全部隊へ。ツヴァイヘンダー作戦発動、繰り返すツヴァイヘンダー作戦発動!』
アリスの使役する下級悪魔の使い魔をアレックスが通信ネットワークを担うようにしたもの。それによる通信でツヴァイヘンダー作戦の発動が命じられた。
「閣下。作戦開始命令です」
「分かった。始めよう。全部隊、予定通りに前進を」
エルヴィン・ヴァイクス上級大将は部下からの報告に頷き、隷下のヴァイクス軍に対して作戦計画通りの前進を指示した。
ヴァイクス軍は主攻として作戦目標であるヴォルフバーデンを目指す。アルカード吸血鬼君主国のアマースト軍、バロール魔王国のサラン軍はその側面と後方連絡線を守りながら前進していく。
「よし。敵は混乱してるな。いい機会だ」
黒色同盟軍は敵であるミネルゼーン政権軍の攻勢に先手を打つ形で、敵が計画していた帝都奪還計画を挫くことになった。
ミネルゼーン政権軍は正面からの戦闘を行いながらも、出没したゲリラによって後方連絡線を遮断されることを恐れており、まともに戦えない。
「進め、進め! 前進せよ!」
カイゼルブルク政権軍は前進を続け、敵の陣地に魔術砲撃を叩き込み、ミネルゼーン政権軍の兵士たちを量産された物質魔剣で切り伏せていく。
この世界には他の科学技術の発達に対して、妙に遅れているものがある。
それは火薬を使った兵器だ。銃や大砲と言った兵器が他の科学技術の発達とは比例せず、低いレベルに留まっているのだ。
それには複数の理由がある。
まず、この世界に存在する魔術だ。この魔術は軍隊でも当然使われており、その軍隊式魔術で真っ先に学ぶことになるのは、ほかならぬシンプルな身体能力強化である。
身体能力強化によって強化された肉体で扱って効果の高い武器と言えば剣や槍などの白兵戦の武器だ。この時点で剣などの原始的な武器に大きなアドバンテージが生まれている。
さらにその剣などに魔術が使われた魔剣が加わると、いちいち初期の真っすぐ飛ばず、命中率がまるでないマスケット銃を使うメリットが消える。
それに加えて言うならば兵站の問題だ。後方から予備のパーツや銃弾や火薬を運ばなければならない銃や大砲より、魔術師が前線に行けばいいだけの魔術ではどちらが負担が軽いかは言うまでもない。
そのような理由でこの世界では、火薬という化学エネルギーを利用した兵器を利用した戦闘の代わりに魔術を使った遠距離火力投射と近接戦闘が盛んに行われていた。
そして、カイゼルブルク政権軍が前進する中、アレックスたちは友軍との合流のためにまずは後方に散らばった仲間たちと集合しようとしていた。
「ここら辺に集まる予定だっだのだがね」
「まだ誰も来てないね」
ロットリッツの司令部を強襲して逃走したアレックスとエレオノーラは、合流地点である住民が逃げ出した農村にて辺りを見渡していた。
「ああ。どうやら揉め事はなかったようだな」
「サタナエル。君たちが最初に来るとはね」
「敵と特に戦うなとクソみたいな命令を言われていて、戦場に留まるほど阿呆じゃないからな。当然だろう」
サタナエルとオフィーリアがまず合流点に集まった。
「もう一度集合を呼び掛けてみたら?」
「そうしよう。作戦は完了、繰り返す作戦は完了! 直ちに合流地点へ!」
アレックスはアリスのぬいぐるみ兼通信機に呼び掛ける。
『こちらカミラ。もう少しで合流する。急かすな』
この呼びかけに対してカミラたち吸血鬼チームからはそう連絡があり、アリスたちからはまだ何の連絡もない状態となった。
「来たぞ。アリスたちはどうした?」
「まだ来ていないのだよ。困ったことに。トラブルの予感がするね」
「はあ。であるならば解決しろ」
アリス、メフィストフェレス、トランシルヴァニア候、ジョシュアの悪魔召喚チームはまだ合流していない。悪魔を最後までけしかけ続けて陽動をするのが役割だったとしても、そろそろ引き上げるはずなのだが。
『こちら悪魔召喚チーム! アリスです!』
「おお。アリス、まだ引き上げないのかね? そろそろ友軍と合流だよ」
『敵に囲まれてるんですよ! どうもグリフォンの偵察飛行に引っかかったらしくて、敵の大軍が押し寄せてきてるんです! このままじゃあ、殺されちゃいますよ! ヘルプ、ミー!』
「ううむ。トランシルヴァニア候とかメフィスト先生がいるだろう?」
『戦力が不足です! 本当に凄い数なんですよ! 悪魔も混じってますし!』
「分かった。では、助けに向かうから場所を教えてくれたまえ」
『はい! 場所は──……』
アリスから現在地の座標が送られてくる。
「諸君! アリスたちを救援に向かうぞ!」
「了解だよ!」
アレックスが声を上げ、エレオノーラたちが続く。
アレックスたちは友軍との合流地点に状況を伝えるためにカミラとオフィーリアを残して、残りはアリスたちの救出に向かった。
「この中で下級悪魔か死霊の使い魔が使えるのは? ちなみに私はさっぱりだよ!」
「私もその手のことは無理だと思う。やったことないから」
アレックスが尋ねるのにエレオノーラ、サタナエル、ヴィクトリアが首を横に振る。
「一応心得はある」
「では、頼もう、エドワード。上空から目標座標の偵察を!」
「分かった」
唯一能力があったエドワードが状況確認のための下級悪魔を使い魔にして上空に飛ばした。上空からの映像がすぐさま送信されてくる。
「かなりの大部隊が存在している。騎兵もいるな。敵はまず後方連絡線を脅かしている俺たちを殺しに来たようだ」
「やれやれ。これで友軍の攻撃は上手くいくだろうが、我々は大ピンチだ」
上空からの情報では騎兵を含めた1個連隊、またはそれ以上の戦力が後方を移動し、アリスたちを捜索しているのが確認された。
「どうやってアリスさんたちを救出する?」
「そうだね。こちらで可能な限り敵戦力を足止めして、脱出させよう。アリスたちも追われている状況が変われば悪魔なり死霊なりで、敵を足止めできる。我々はアリスたちの壁になろうではないか」
「了解だよ」
そして、エドワードの情報に基づき、アレックスたちはアリスを追うミネルゼーン政権軍の後方部隊の相手に向かった。
「さて、さて。殴り込みだ。敵を可能な限り倒して、アリスたちを救援するぞ!」
前方から騎兵の蹄の音が聞こえてくるのに、アレックスが命じる。
「サタナエル! 君はとにかく隊列に突っ込んで暴れ回れ! ヴィクトリア、あなたは後方から魔術砲撃だ! エレオノーラ、エドワードは援護しあいながら敵を可能な限り蹴散らしてくれ!」
「ふん。偉そうに指揮官気取りか、アレックスの小僧。だが、今は従ってやろう!」
「頼んだ!」
アレックスの命令でサタナエルが敵の隊列に向けて突撃していく。
「報告! 前方に我が軍の軍服を着た兵士が数名!」
「直ちに敵味方を確認せよ! 現在この地域で友軍に偽装した敵ゲリラが活動中との報告がある!」
「了解!」
騎兵が2騎、隊列に迫るサタナエルの方に駆けていく。
「止まれ! 所属と名前を──」
「黙れ。俺は暴れたりないんだ」
騎兵に向けてサタナエルが『七つの王冠』を手に斬り込む。騎兵2名の首が一瞬で飛び、鮮血が舞いあがった中をサタナエルが駆け抜け、後方の本隊に突入。
「敵です! 接敵!」
「応戦しろ!」
騎兵が加速し、サタナエルと衝突。
「いいぞ。苦痛を味わい、悲鳴を上げろ、人間ども!」
サタナエルは七本の剣で騎兵突撃を粉砕し、交戦を継続。
「別動隊が来てるな。予定通り交戦するぞ」
「ああ。やってくれ、エドワード。私はアリスたちを救援してくるよ!」
エドワード、エレオノーラ、ヴィクトリアもアリスたちを追っているミネルゼーン政権軍と交戦を開始。ヴィクトリアの炎が地上を舐めるように広がり、さらにエレオノーラがダインスレイフで、エドワードがミストルティンを構えて突撃する。
「全く。アリスたちに困ったものだよ」
その隙にアレックスはバビロンを引き連れて、アリスたちとの合流を急いだ。
「アリスー! トランシルヴァニア候ー! ジョシュア先生―!」
「こっち、こっちです!」
「おお。無事のようだね!」
アリスたちはすぐに見つかった。周囲に警察軍の治安部隊の死体が転がる中を、彼女たちは撤退中だった。
「今、サタナエルたちが暴れて時間を稼いでいる。悪魔と死霊を使ってサタナエルたちを入れ替えたらすたこらさっさと撤退するよ」
「了解です。余裕が生まれたのでなんとか!」
アリスたちは再び悪魔を死霊を使い魔として、サタナエルたちが交戦中の部隊にけしかけた。
「アレックス君。グリフォンが飛行中なのを確認しました。空に気を付けて撤退しましょう。友軍のドラゴンはどうやらいないようですので」
「了解だ、ジョシュア先生。さあ、逃げるぞ!」
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