黒色同盟最高統帥会議
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──黒色同盟最高統帥会議
ミネルゼーン政権による早期の帝都奪還の計画が存在することは、ミネルゼーン政権内に忍び込んでいるオーウェル機関及びオーケストラの資産によって漏洩していた。
「ミネルゼーン政権は帝都を奪い返すつもりだぞ」
黒色同盟の同盟最高統帥会議にて、出席しているカミラがそう言う。
「それは確かなのか?」
そう尋ねるのはカイゼルブルク政権軍の司令官として同盟を指揮する将官ヨーゼフ・フォン・シュライヒ帝国陸軍上級大将である。
彼はルートヴィヒフの親衛隊たるオーケストラの構成員であり、今も皇帝による親政を望んでいる。今の上級大将の地位はそんな彼にルートヴィヒがその貢献を評価して与えたものだ。
「オーウェル機関が確認した。それからそっちでも確認はできているはずだと聞いているが」
「ならば、対策を立てる必要があるな」
カミラの言葉にシュライヒ上級大将が頷く。
「やあやあ、シュライヒ上級大将閣下。ここは先制攻撃に出るのはどうだろうか?」
「先制攻撃?」
と、不意に発言するのはカミラと同様に同盟最高統帥会議の会議に参加しているアレックスだ。彼が手を上げてそう進言した。
「そうだ。敵の攻撃を待つよりも、敵が攻撃を準備しているところを叩き、攻撃を完全に阻止した方がいいだろう」
「それは一理あるが、こちらも準備が整っているというわけではない」
「では、急ぐとしよう!」
シュライヒ上級大将がそう指摘するのにアレックスはそう言い放った。
「今から部隊を編成したとして、編成が完了するのはいつになる?」
「我々としてはすぐにでも動けるが」
「兵站の問題も考えなければならない」
同盟最高統帥会議のカイゼルブルク政権軍の将校やバロール魔王国の将校、アルカード吸血鬼君主国の将校などが口々に問題を指摘していく。
「諸君、準備は可能な限り努力して早期に終了させるとしよう。その前に決めなければいけないのにはミネルゼーン政権軍に対してどのような攻撃を行うか、だ」
シュライヒ上級大将がざわつく司令部でそう述べる。
「敵戦力の撃滅を目的とするのか、あるいは攻勢計画をくじく程度の打撃を与えるのか。その目標を決定し、その目標の達成に必要な戦力を計算する」
シュライヒ上級大将の言葉に参謀たちが計算を始めた。
「段階的に目標を設定すべきかと。作戦の第一目標は敵の攻勢の阻止で、第二目標は可能限りの敵戦力への打撃とし、第三段階に敵戦力の完全撃滅を」
「うむ。そうしよう。では、絶対に達成すべき第一目標のための必要戦力を頼む」
それから必要な戦力が計算される。オーウェル機関とオーケストラが入手したミネルゼーン政権軍の戦力が提示され、それに対する必要戦力の計算がされた。
戦力は地形などにおいても投入できる規模が限られる。
「全体としてはこの程度の規模になるだろう。バロール魔王国とアルカード吸血鬼君主国にも援軍を求めるが、よろしいか?」
地図上に記された作戦計画を示しながらシュライヒ上級大将が黒色同盟最高統帥会議に参加しているバロール魔王国とアルカード吸血鬼君主国の将官を見る。
「我々としては異論はない。機動力も含めて考えればこの規模は妥当だろう」
そういうのはバロール魔王国からコルネリウス元帥。
「こちらとしても異論はない。兵力を提供しよう」
アルカード吸血鬼君主国の代表として出席している吸血鬼の陸軍将校ウィリアム・ハーディング上級大将も賛同。
「我々は動員してもらえないのかね、シュライヒ上級大将?」
「『アカデミー』も何かを行う準備があると?」
「もちろん! 我々は以前から考えていたことがある。少数精鋭の部隊による敵への奇襲、それによって敵の動きを牽制するというものだ。なかなか惹かれるコンセプトだとは思わないかね?」
アレックスは以前に言っていた切り込み部隊としての『アカデミー』戦力の運用というものをシュライヒ上級大将に提示した。
「ふむ。悪くはないアイディアのように思える。検討する価値はあるだろう」
「是非とも検討してくれたまえ。我々は戦う準備が出来ている」
シュライヒ上級大将たちはアレックスの提案した作戦計画に対してそう意見を述べ、アレックスは自慢げにそう言った。
「彼らは使えるだろう。帝都を落としたのは実質彼らの功績だと聞いている」
「帝都防衛結界を崩壊させたという点においてはそれは間違いない」
「少数の精鋭か。オーウェル機関はその手の作戦を好むようだが……」
そして、ハーディング上級大将とコルネリウス元帥がそれぞれそう『アカデミー』を評価する。オーウェル機関との関係のあるはハーディング上級大将は、オーウェル機関の準軍事作戦要員を思い出したらしい。
「『アカデミー』が学生の起こした秘密結社だとしても、それにはサタンのアバターまでが参加しているのだ。下手な我々の部隊より強力だろう」
「それにトランシルヴァニア候なども加わっている。あの古き血統が何を考えているかは分からないが」
同盟最高統帥会議に『アカデミー』に関する意見がひそひそと漏れる。
「では、具体的な作戦計画を」
それから同盟最高統帥会議は作戦の具体案を計画する。
「こちらの空中機動部隊は強力だ。帝都を奪取した実績もある。今回も作戦に投入できないだろうか、コルネリウス元帥?」
「あまり空中機動作戦は多用すべきではない。この手の作戦では空中機動部隊が敵地で孤立するということもあり得るし、そこまでの大部隊を運べるわけでもない。奇襲を心がけて使わなければ、貴重なリソースを無意味に損耗する」
シュライヒ上級大将が求めるのにコルネリウス元帥は首を横に振った。
「ふむ。であるならば、純粋な数の殴り合いをするより他なさそうだ」
「戦争とはほとんどがそういう馬鹿げたことだ」」
奇策で敵を打ち取るというのはそんなによくあることではない。戦争のほとんどは計画当初の作戦が上手くいけば上出来であり、多くの場合は事前の計画すらすぐに破綻するという世界なのだ。
悪意と悪意が衝突し、徹底的に敵の裏をかこうとする中で、自分たちの計画がそのまま上手くいくと考える方が愚かである。
「我々は帝都を防衛し、かつ敵の攻撃を挫くために、この運河沿いの都市であり、運河を渡る橋のあるヴォルフバーデンを押さえておきたい」
作戦目標となったのは帝都付近を流れる運河、そこを渡る橋のあるヴォルフバーデンという地方都市であった。
「このヴォルフバーデンを制圧すれば帝都は運河で守られる。少なくとも敵が架橋などを行わない限りは。運河は要害として機能するはずだ」
「敵が運河を渡河しようと努力をしている間に我々は南部から戦力を機動させ、ミネルゼーン政権軍との本格的な戦闘に備える」
「その通り。数において我々は敵に劣るわけではない」
黒色同盟側は分裂した帝国の軍事力の他にアルカード吸血鬼君主国、バロール魔王国の支援を受けている。
それは現在未だに外交交渉の段階であり、諸外国の支援を受けられていないミネルゼーン政権に勝っている。
「次は兵站計画を」
「帝都からヴォルフバーデンに至るまでの道路などについてですが──」
いくら計画通りにいかないことがある戦争でも、兵站計画はきちんと立てておかなければならない。兵站が上手くいかなければ戦争の全てが上手くいかなくなる。
未だに物資の現地調達、または略奪ということがあるこの世界でも、兵站の重要性は理解されている。これまで多くの司令官たちが兵站を甘く見たために敗北した歴史があるのである。
「ふむ。将軍たちは難しいことを考えるものなのだね。道路の数だとか状態だとか。私にはさっぱりだよ!」
「軍人さんたちは訓練されているから」
「そのようだ。我々には全く理解不能な世界だよ」
「うん。軍馬がどれだけ飼い葉を消費して、馬車が運ぶ量がどれだけでとか。計算が得意じゃないと出せないよね」
アレックスがまずは道路や港、運河の把握から兵站計画の立案を行う将軍たちを眺めて肩をすくめ、エレオノーラがそう言って苦笑いを浮かべた。
この戦争は数万、十数万の軍勢が動く大規模な戦争である。現地調達だけで補えるほど小規模な戦争ではない。それゆえに兵站計画も複雑かつ大規模なものとならざるを得なかった。
「よろしい。これより本作戦をツヴァイヘンダー作戦を呼称。準備に入れ!」
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