ミネルゼーン政権
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──ミネルゼーン政権
帝都から遷都してミネルゼーンに首都を置いた帝国の一派は、帝都を押さえている側からミネルゼーン政権と呼称されてた。
一方ミネルゼーン政権の側は帝都カイゼルブルクを押さえている側をカイゼルブルク政権と呼び、打倒すべき敵としていた。
そのミネルゼーン政権は現在カイゼルブルク政権軍打倒のため、外交努力に奔走していた。というのも、バロール魔王国やアルカード吸血鬼君主国に支援されたカイゼルブルク政権に対して軍事力で劣るからだ。
ミネルゼーン政権も人類国家を味方につけなければ分断された帝国において勝利することはできない。
「ようこそ、カタリナ・トーレス枢機卿」
「ありがとう、ブレンターノ大臣」
ミネルゼーン政権で外務大臣を務めるフリードリヒ・フォン・ブレンターノ伯爵が挨拶するのに招かれた第九使徒教会の教理省長官のカタリナがそう返す。
「我々の戦っている戦争についてはある程度把握されているでしょう。こちらとしてはそちらの情報機関を無下にしなかったと思っておりますので」
「ええ。ある程度は」
ブレンターノ大臣が少し不快そうに告げるのには理由がある。
第九使徒教会の総本山ブリギット法王国における情報機関──法皇官房調査室は帝国に正式に接触し、以前から情報を共有するように求めていたのだ。
バロール魔王国における内戦が突如として終結し、人類国家の団結が必要とされる中での出来事であった。
法皇官房調査室側からも情報提供が行われるということで、帝国側も意見を飲んだのだが、法皇官房調査室側の情報は重要度の低いものばかり。
そして、バロール魔王国からの攻撃は今現在想定されてないという情報を、法皇官房調査室は帝都奇襲の数日前に伝えていたのだ。
帝国側はこの情報提供のせいで、帝都が落ちたと考えている。
法皇官房調査室は悪意があって間違った情報を伝えたわけではない。ただ、アルカード吸血鬼君主国のオーウェル機関にしてやられたのだ。
そのような経緯があるだけにブレンターノ大臣はやや不快にしていたのだ。
「我々は第九使徒教会と連携すべきであると考えています。人類国家の多くは第九使徒教会の信徒たちからなります。そうであるが故に第九使徒教会、そしてブリギット法王国と連携する必要があるのです」
「ええ。カイゼルブルク政権はバロール魔王国やアルカード吸血鬼君主国に支援されている。我々はそのような国家を認めるわけには行けない。我々が認める帝国の政権はあなた方だけです」
「ありがとうございます」
カタリナが言うのにブレンターノ大臣が頷く。
「我々は正統なる帝国の政権が勝利することを支援する準備があります。現在聖騎士団の動員を進めており、順次帝国に派遣する予定です」
「それはとても助かります。直接軍事支援のほかにも外交的に支援などがいただければありがたいのですが、どうでしょうか?」
「もちろんです。我々は帝国とともにあります」
ブレンターノ大臣はこれで第九使徒教会に借りを作ることを理解していたが、ここで第九使徒教会に支援されなければ自分たちそのものが消滅することも理解していた。
カタリナとブレンターノ大臣の会談が行われている間、ある人物たちがようやくなされた再会を喜んでいた。
「ザイドリッツ団長!」
「ガブリエル。無事だったようで何よりだ」
それは聖ゲオルギウス騎士団の聖騎士であるガブリエルと団長アウグストの再会だ。
「いえ。私は役目を果たすことができず……」
「既に報告は受けている。サタンの眷属2体とヴィトゲンシュタイン侯爵家の魔術師。それをお前ひとりで撃破するのは不可能だった。お前の落ち度ではないよ」
「それでも私が食い止められれば、帝都は陥落しなかったかもしれないのです」
ガブリエルは帝都陥落の原因が自分にあるかもしれないと自分を責めていた。
「もし、悔いがあるのであれば、これからの戦いで晴らすべきだな。これから我々は黒魔術師と魔族を相手に戦争を行う。戦う機会は多くあるだろう。そこで今度こそ後悔しないように戦うんだ」
「はい、団長!」
アウグストにそう言われ、ガブリエルが気合を入れて頷く。
「ザイドリッツ団長。これから帝国軍との打ち合わせですよ」
「ああ、エミリー。すぐに行く」
ここでエミリーに呼ばれてアウグストたちはミネルゼーン政権軍との打ち合わせに向かった。ブリギット法王国は既に聖ゲオルギウス騎士団を派遣しており、彼らがブリギット法王国の代表として会議に参加する。
「諸君。我々はすぐにでも行動しなければならない。何故か?」
会議の場の冒頭でそう述べるのは帝国陸軍上級大将の階級章を付けた人物で、ミネルゼーン政権軍の司令官エーリッヒ・フォン・クイルンハイムだ。彼がこの会議の冒頭にて言葉を述べていた。
かなり老齢の軍人であるが、サウスフィールド王冠領を巡る南部動乱にも従軍しているベテランの司令官だ。加えて政治的にも忠誠心に疑いのない人間だった。
「それは時間は敵の味方だからだ。敵が帝都を押さえている状況は敵に正統性を与えることになり、さらにはバロール魔王国などによる帝国の一部領土の実効支配、それによる既成事実の構築がなされてしまうからだ」
クイルンハイム上級大将は苦々しい表情でそう告げる。
「我々はまず最優先で帝都を奪還しなければならない。敵が帝都を完全に防衛できる体制を整える前に、我々は帝都を奪還する!」
最初の目標は帝都奪還。
「我々が得ている情報によれば、帝都を占領している敵部隊は小規模なものだ。我々の兵力だけでも奪還することは不可能ではないだろう」
確かに帝都にいる黒色同盟軍は限られている。まだ大部隊が駐留していrうわけではないことは確かだ。
「我々は動員可能な全ての戦力を以てして帝都を奪い返し、それから帝都を擁するという正統性を示して諸外国に援助を願う」
自らで戦わないものを助けるものはいないという。軍事において完全に同盟国頼りというのはできない。自ら血を流し、一定の勝利を得なければ、味方をしてくれる国は出てこないだろう。
「以上だ。何か質問は?」
「よろしいでしょうか?」
クイルンハイム上級大将が問い、陸軍将校が手を上げる。
「敵には黒魔術師がいると聞きますが、我々のほとんどは黒魔術師を知りません。どのようにして戦えばよいのでしょうか?」
「いい質問だ。我々には第九使徒教会の聖騎士団が味方に付いている。彼らが対応するとともに我々にも対処方法を教えてくれる」
将校の質問にクイルンハイム上級大将が答えた。
「この場にいるアウグスト・フォン・ザイドリッツ卿に聞いてみよう。我々はどのようにして黒魔術師に対抗すればいいのかを。ザイドリッツ卿、お願いする」
「畏まりました。簡単にご説明します」
アウグストが話を振られて応じる。
「まず黒魔術師の力の源です。連中の力の源は地獄に生きる悪魔です。通常の魔術が妖精から、神術が神や天使から力を借りるのに対し、黒魔術は悪魔から力を借りる」
アウグストが説明していく。
「そうであるが故に全ての黒魔術は邪悪なものです。『黒魔術も他の魔術と変わらない』などということはありません」
最初にアウグストは黒魔術を強く批判した。
「その上でどう戦うかですが、悪魔や死霊を従える召喚者タイプの黒魔術師においては定石があります。それは悪魔などの召喚された存在を相手にせず、直接召喚者を倒すこと。それが必要です」
悪魔と死霊はいくら倒しても次から次に現れるとアウグスト。
「悪魔の力を借りている黒魔術師は確かに強敵ですが、その分悪魔頼りになっているところがあります。それを叩けば勝機は必ずあります」
「ありがとう、ザイドリッツ卿」
アウグストの解説にクイルンハイム上級大将が礼を述べた。
「諸君。敵は悪魔の力を借りて、悪を成す者どもだ。全て討ち果たす覚悟で戦わなければならない。では、帝都奪還作戦について説明を行う」
クイルンハイム上級大将はいよいよ本題に入る。
「帝都には現在敵地上軍が終結しつつある。敵であるカイゼルブルク政権は首都とするカイゼルブルクを絶対に守り抜くつもりだ。つまり、敵の裏をかいて密かに奪還するということは行えない」
敵であるカイゼルブルク政権と黒色同盟もカイゼルブルクがいかに重要かは理解している。なので守りに隙があるなどということは、あまり期待できない。
「よって、我々は血と汗を流し、正面から突破するよりほかない」
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