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魔術師と悪魔

……………………


 ──魔術師と悪魔



 ジョシュアは『神の叡智』のメンバーたちとともに帝都にある様々な図書館の、そこに眠る封印された書物を回収していった。


「研究は進んでいますかな、ジョシュア先生」


「トランシルヴァニア候。ええ。よく進んでいます。これだけの本が得られたということそのものが、戦争に参加してよかったと思える利益である、そして我々にとっては大きな利益です」


 そして、半ば封鎖状態のミネルヴァ魔術学園における『神の叡智』の拠点を訪れたトランシルヴァニア候が尋ねるのにジョシュアが忙しそうにそう返す。


「なるほど。ところで、あなた方のメンバーに加わりたいという女性がいるのですが」


「どなたですか?」


「紹介しましょう」


 トランシルヴァニア候がそう言うと『神の叡智』拠点にある女性が姿を見せた。


「アビゲイル・メイスン女史だ。彼女はあなたも使っていた『アカデミー』のある地下迷宮も運営していたのだよ」


「よろしく頼む」


 トランシルヴァニア候が紹介したのはミネルヴァ魔術学園地下迷宮の主アビゲイルであった。彼女は『神の叡智』のメンバーたちに頭を下げる。


「こちらこそよろしくお願いします。あなたは……マモンの眷属ですか?」


「ああ。これまでは地下迷宮を守ることだけを行ってきたが、これからはもっと幅広く活動したいと思っている。それこそ魔術を研究することなどによって」


「それは素晴らしい。歓迎しましょう」


 ジョシュアはアビゲイルに向けて笑みを浮かべた。


「アビゲイル女史は何の研究を?」


「私は今は黒魔術を研究している。悪魔たちとの取引についてだ」


「興味深い。聞かせていただいても?」


「ああ。我々魔術師は妖精、神、そして悪魔と対話することで、その力を得て魔術を行使する。それはよく言われてきたことだ。だが、疑問とするところがある」


 ジョシュアが求めるのにアビゲイルが語り始める。


「対話ができたとしても、我々は彼らに何かを与えるわけではない。そう、妖精のように思考力の足りない存在であったり、神のように信仰者のために力を与えるならば分かる。だが、悪魔は? 悪魔には何のメリットがある?」


 魔術は対話と意志の力でなされる。


 しかし、それが疑問を挟まずに理解できるのは妖精と神だけであり、悪しき意志を有する悪魔が、なぜ対話だけで力を与えるのかは分からない。


「悪魔はその性質から利益を得ようとするはずだ。だが、黒魔術において意志を示すのための生贄などの儀式はあれど悪魔にとって明確に利益になるものはない」


「確かに悪魔は黒魔術の行使において重要でありながら、一部の魔術でしか契約を重視しない。そう、爵位持ちである上級悪魔と契約するには対価を求められるが、下級、中級悪魔はそうでもない」


「それはなぜか? これは私の仮説だが、それはおそらく人間の欲望そのものを悪魔たちは喰らっているのだ。願いを願われることそのものが対価として受け取られている」


「ほう」


 アビゲイルの言葉にジョシュアたちが興味を示した。


「私もその仮説には賛同します。悪魔たちが何をもってして生きているのかから逆算するとその結論に至るのです」


 トランシルヴァニア候がそう発言。


「悪魔たちは不老不死。あらゆる悪魔はその生命を維持するために人間や魔族のように飲食をする必要はない。そんな彼らが人間の求めに応じて、願いを叶えるというのはどういうことなのか?」


「願いを叶えることが必要になっている、と」


「ええ。生きてゆくためでなくとも、より強大な悪魔になるために、悪魔たちは願いを、欲望を食らっているのかもしれないのです」


 ジョシュアたちにトランシルヴァニア候がそう説明した。


「その通りだ」


 ここで不意に声が響いた。ハスキーな女性の声。


「サタン……!」


「いちいちそのような憶測を重ねて学者ごっこをせずとも、俺たち悪魔に直接聞けばいいではないか。実に愚かな限りだな」


 一部の『神の叡智』のメンバーが警戒するのにサタナエルはそう言って嘲笑った。


「あなた方悪魔が常に事実を教えてくれるならば、そうするのですがね」


「嘘偽りで塗り固めるのは貴様たちも同じだろう?」


 トランシルヴァニア候が苦笑して言うのにサタナエルはそう言い放つ。


「今回は事実を語ってやる。悪魔は欲望を多く得ることによって成長する。だが、間違えるな。悪魔は欲望だけあればいいのだ。黒魔術師の願いを常に叶えてやる必要はない。奴らは過ぎた望みを望むのを食うだけでいい」


「願いを叶えるのは、次の願いを引き出すためである。そんなところだろうか?」


「ああ。願いを全く叶えないのでは、人間は悪魔に願わなくなる。最初は願いを叶え、その欲望を増長させる。そして、最後の最後で役に立たなくなれば、捨てる」


 トランシルヴァニア候の言葉にサタナエルはにやりと笑ってそう言った。


「まあ、俺の場合はただ単に人間が堕落するのを見るのが好きなだけだがな。欲望を食わずとも別に悪魔は死にはしない」


 サタナエルはそう言って立ち去った。


「悪魔は身勝手な存在だと太古から言われてきた。自分勝手で残酷な存在であるが故に十分に注意せよ、と」


「ああ。だが、悪魔の力はとても強大だ。使えれば利益になる。そう思うのもまた太古から言われてきたことだ」


 アビゲイルとトランシルヴァニア候がそれぞれそう言う。


「何はともあれ興味深い示唆でした。我々堕天使は悪魔と同列に語られることはありますが、悪魔とは明確に異なる。そうであるが故に悪魔について理解するのは難しいところがあります」


 ジョシュアはいい情報が入ったとばかりに笑みを浮かべていた。


「いいことを教えていただいたので、私の方からも最近の研究の結果を示しましょう」


「それは是非とも聞きたいですな」


「言語の面から魔術を分析するという試みは無駄ではなさそうです。注目すべきは人類はある時点で魔術にある程度の再現性を持たせていたということ」


「どのようにして?」


「言語とは自分の持っている情報を他者に伝えるために生まれました。その起源は今も判明していませんが、恐らくは動物が鳴くことなどによって情報を伝えることから発展したのでしょう」


 トランシルヴァニア候の問いにジョシュアが答える。


「伝えるということは言語だけの特権ではありません。我々はときとして身振り手振りのジェスチャーでも物事を伝える。そして、音楽や踊りもまた伝えるためのもの」


「音楽や踊りというのは神に対するメッセージですな。それらは祭事から生じたものでもある。でしょう?」


「その通り。古代における神術は歌など音楽や踊りによってなされた。そして、それらには再現性と思しきものが見られた。何故か?」


 ジョシュアがそう問いかける。


「それはメッセージを伝えるための伝達手段がマニュアル化していたということ。音楽には楽譜があり、踊りにも決まった動きがあった。だから、自分たちのほしいものを古代の人間は神や妖精に毎回ちゃんと伝えられたのです」


「なるほど」


「さて、歴史を紐解けば、文明の初期には科学技術の不足において魔術に頼る面が大きかった。特に文明を支えるための農耕においては魔術が存在したからこそ、その発展が大きかったと思われます」


 ジョシュアが皆が納得する中、話を進める。


「ただ、再現性のない魔術では、社会基盤となる農耕を常に発達させるための働きは得られない。その問題を解決したのが、音楽や踊りという魔術の祭儀化だったのでしょう。これにより常に一定の魔術の再現性が得られた」


「しかし、ジョシュア先生。常に再現性があったわけでもないのでしょう?」


「そうですね。これは文字通り神頼みでした。メッセージを伝えることのできる可能性は高かったかもしれないが、絶対ではない。そして、もし願いか叶っても、それによる魔術の規模は個人の意志に依存する」


「ふむ。となると、まだまだ魔術の再現性と定量化を行うのは難しそうですな」


「まだまだ研究を進める必要があります」


……………………

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