『家族』との時間
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──『家族』との時間
アレックスたちはタンネンベルク城を出た。
「アレックス。クラウディアさんはどこに?」
「帝都のホテルに案内してあると聞いた。流石にタンネンベルク城に一般人を入れるわけにはということらしい」
「分かった。じゃあ、行こう」
アレックスとエレオノーラは接収された帝都のホテルに向かった。
ホテルは警察軍のよって警護されており、アレックスたちはホテルに入る。
「やあ、母さん! 急に旅行に誘ったりして悪かったね」
「大丈夫よ。アルカード吸血鬼君主国ではよくしてもらったから」
「それは何より」
アレックスはクラウディアに手を振り、クラウディアは少し疲れたように笑う。
「アレックス。ここは帝都よね……?」
「ああ。帝都だよ。けど、父さんは丁度出張中なんだ」
「そう……。残念ね」
「いずれ会える時が来るさ」
アレックスがそうクラウディアをなだめるのをエレオノーラは静かに見ていた。
それから1時間あまりアレックスはクラウディアと話して、彼女を落ち着かせると、ホテルを出た。アレックスの顔にも今ではわずかながら疲労の色が見える。
「本当にまだ事実を告げなくていいの?」
「今は少し不安なんだ。精神科のノイマン先生もいない。せめて専門家が立ち会う形で、事実は明かしたい。私は黒魔術ならばいくらでも知っているが、心に傷を負った人間をどう扱っていいかなどは知らないからね」
「分かった。アレックスのその決断を尊重するよ。少し休んでから帰ろう」
「ああ。隣にいてくれてありがとう、エレオノーラ」
「お安い御用だよ」
アレックスが礼を述べるのにエレオノーラが微笑んだ。
それから彼らは一度帝都内にある公園に向かった。
「しかし、本当に帝都が取れるとは思わなかったよ。帝都が、あの賑やかな帝都が今や我々のものとだとは!」
「なんだかすごくワクワクするよね」
「全くだ。無銭飲食をしても逮捕されることもないんだよ」
「それはどうなのかな……」
アレックスの上げる悪事にエレオノーラが苦笑い。
「エレオノーラ。しかし、君はこれから君の父と戦うことになるかもしれない。それについては問題ないのだろうか?」
「ええ。父とはいずれ対立すると思っていたから。私は自分の人生なのに父の考えで生きてきた。けど、これからはアレックスやヴィクトリアさんみたいに、自分の人生は自分の好きなように生きようと思う」
「そうか。それがいいよ。一番だ」
アレックスはエレオノーラにそう言い、エレオノーラは静かに微笑んだ。
「エレオノーラ。実は──」
時間がゆっくりと流れ、アレックスが何事かを告げようとしたときだ。
「ふわあ」
欠伸の音が不意に聞こえた。
「おやおや。覗き見とは趣味が悪い」
「失礼。覗き見るつもりはなかったのですが、声をかけるタイミングを見失いまして」
暗闇からのっそりと姿を見せたのは他でもないベルフェゴールだ。
「何の用事かな、ベルフェゴール。地獄の国王がそこまで暇だとは思えないのだが」
「もちろん暇ではありませんよ。ですが、家族のために時間を割くことぐらいは、私でも考えるというものです」
「家族、か」
ベルフェゴールの言葉をアレックスが繰り返す。
「そこを疑問に思われることはないでしょう。私たちは家族です。血を分けた家族。私は大事な子供であるあなたのことを思っていますよ。いつでもです」
「その狙いは?」
「狙い? はて?」
ベルフェゴールはアレックスの言葉ににやりと笑うと首を傾げた。
「サタンも言っていた。あなたは悪だくみをしているときだけは“怠惰”ではなくなると。既に自らの血を分けて獲得した私の面倒をまだ見る必要もないのに、今でも顔を出すということは、何かしらの新しい狙いがあるのでは?」
「それは誤解です。私とて家族のためには時間を作りますよ。それもよくできた家族のためにならば、ですね」
ベルフェゴールがそう言ってゆっくりとアレックスに歩み寄る。
「私はあなたの母であり、父である。家族をそう疑うものではありませんよ」
ベルフェゴールはその言葉の次にエレオノーラを見た。
「この子のことをお願いしますね、エレオノーラさん。頼りにしていますよ」
「ええ。私もアレックスのことは思っているから」
「それは何よりです」
そして、ベルフェゴールは現れたと同じようにして消えた。
「アレックス。あなたは彼女が何を企んでいるか、分かる?」
「分からないよ。だが、ろくでもないことだろう。ただ家族のためなどということだけは絶対に嘘に違いない」
アレックスはそう言って肩をすくめたのだった。
アレックスとエレオノーラがそうしていたとき、アリスも家族と再会し、今は食事をしていた。ホテルの高級レストランを借りて、アリスたちは食事をしながら、何があったのかを話している。
「──ということは、謀反人になったということなのか?」
「ええ。まあ、そうですね……」
アリスの父セオドアが驚いた様子で言うのにアリスが海鮮パスタを前に視線を泳がせてそう答える。
「まあ。アリスったら私たちが思いもよらないことをやってのけるのね」
「あはははは……」
アリスとしては帝国に謀反を起こしたことに両親が激怒するのではないかと思っていたが、割と両親の反応は好意的だった。
「流石は私たちの娘だ。せっかく帝国を乗っ取っただからグレート・アイランド王国総督の立場くらいはもらえないだろうか?」
「いやいや。私にはそんなの無理ですって!」
「やってみないと分からないぞ」
冗談なのか本気なのか分からないセオドアの言葉にアリスは焦る。
「ともあれ、お前が何をしようと父さんたちは絶対にお前の味方だからな。いつでも頼りにしてくれ」
「そうよ、アリス。私たちはあなたのしたいことを応援するから」
セオドアとマティルダがそうアリスに微笑んで告げた。
「ありがとうです、お父さん、お母さん。なら、ひとつ応援してほしいのですが」
「何だい?」
「紹介したい人がいるんですよ」
ここでアリスが呼んだのは──。
「以前にお会いしまたな。メフィストフェレスと申します。どうぞよろしく」
メフィストフェレスだ。彼が丁寧にお辞儀をしてセオドアとマティルダに挨拶する。
「これは丁寧にどうも。アリスのご友人ですかな?」
「いえ。アリスは私の愛する人です。私は彼女のことを大切に思っております。そう、友人以上にずっとです」
「そ、それは……」
セオドアが眼を白黒させる。
「メフィスト先生は私の恋人なんですよ。これからもお付き合いして、できれば、その、最終的なゴールインを……。お願いです!」
「どうかよろしくお願いします」
アリスとメフィストフェレスがセオドアたちにそう言う。
「うむ。さっき言ったようにアリスのすることは応援するつもりだ。メフィストフェレスさん、アリスをよろしく頼むよ。娘を大事にしてくれ」
「メフィストフェレスさん。アリスにこんなに早く恋人ができるなんて思わなかったから、あなたはとてもいい人なのでしょうね。アリスをよろしく」
セオドアとマティルダは真剣な表情でメフィストフェレスにそう託した。
「もちろんです。私はアリスを愛し続けますよ。私たちは本当に愛し合っていますからね。疑問の余地がないほどに」
「メフィスト先生以外の人と付き合うのは考えられないくらいです」
メフィストフェレスとアリスは笑顔を浮かべた。
「さて、そうとなればアリスの結婚資金として溜めておいたお金を動かさないといけないな。一度グレート・アイランド王国に戻れるならばいいのだが。アリスも結婚式は盛大に行いたいものだろう?」
「それはそうなのですが、今は忙しいので。それでも生きて帰ってきたら結婚するんだ、なんてことは言いませんけれど」
「んん?」
アリスの渾身の死亡フラグジョークはこの場にいた誰にも通じなかった。
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