暫定的な勝利の味
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──暫定的な勝利の味
アレックスたち『アカデミー』とバロール魔王国、アルカード吸血鬼君主国からなる黒色同盟は帝都奇襲において勝利した。
南部から北上したバロール魔王国、アルカード吸血鬼君主国の戦力も合流し、アレックスたちは改めて帝都を制圧したのだった。
「諸君! 勝利だっ!」
そんな中でアレックスたち『アカデミー』は臨時拠点として接収した宮殿のひとつシュヴァルツラント宮殿にて会議を開いていた。
「これで終わりってわけじゃないのでしょう?」
「もちろんだとも、アリス。我々の戦いはこれからだ!」
「うへえ」
アレックスが堂々と宣言するのにアリスがため息。
「いや。本当ならばこの帝都が陥落した時点で戦争は終わるはずだったのだがね」
「帝国宰相に逃げられ、暫定政府の樹立を許した、か。だが、オイレンブルクは死んだそうだ。今は副宰相だったビューロー候が宰相だと聞いている」
「いずれにせよ戦争は終わらなかったから、勝つまで続けるしかない。というわけで、これからの方針をいろいろと話し合おうじゃないか」
カミラの指摘にアレックスがそう言う。
「現在、黒色同盟軍は同盟最高統帥会議を設置中だ。『アカデミー』、バロール魔王国、そしてアルカード吸血鬼君主国の3つの軍を一括して統制するものとしてね」
「私たちからは誰が出席するの? 軍事に詳しい人?」
「ああ。こちらからはルートヴィヒ陛下のオーケストラから軍人を出してもらう」
一応ルートヴィヒの親衛隊オーケストラも『アカデミー』のメンバーだ。
「これからの作戦やら任務は同盟最高統帥会議で決定される。だが、我々は大人しく命令を待つような無能ではなーい!」
「おお? 何か計画があるんだね?」
「うむ。少数の切り込み部隊として、我々の側ではない帝国軍──ミネルゼーン政権軍を撹乱しようと思うのだよ。カミラ殿下のオーウェル機関はミネルゼーン政権にも資産がいるのだろう?」
エレオノーラが興味を持ち、アレックスがカミラに尋ねる。
「ああ。いるぞ。メアリー姉からは渡していい情報を受けとっている」
「その情報に従って我々は戦争をしよう。戦争なんてのはちょっとした冒険さ」
カミラが言い、アレックスがにやりと笑った。
「早速だが、情報を提供してやろう。エレオノーラ、お前の父は黒魔術師であることを明かし、ミネルゼーン政権に協力している。帝国に潜んでいた体制派の黒魔術師たちを集めて『ヘカテの子供たち』という秘密結社を作ったそうだ」
「やっぱりお父様ならば生き残るだろうと思っていた。不思議じゃないよ」
カミラが言うのにエレオノーラは笑みを消してそう答える。
「ちょっといいですか?」
ここでジョシュアが挙手して発言を求める。
「何だい、ジョシュア先生?」
「我々は帝都を落としました。早速勝者としての権利を行使したいのですよ。帝国議会図書館の接収を求めます。中にある書物は全て我々『アカデミー』の保護下に置いていただきたい」
「やれやれ。先生はぶれない人だ」
ジョシュアが求めるのはあくまで知識。そのために彼は帝都を襲撃するという大事にも参加したのである。
「私は研究が大事なのです。そして、今、私の研究は新しい段階に進んでいる」
「ほう。ジョシュア先生は今は何の研究を?」
「言語学ですよ、トランシルヴァニア候。その中でも人ならざるものたちと対話するための言語について研究しています」
「妖精や悪魔、そして神?」
「まさに」
トランシルヴァニア候の質問にジョシュアは我が意を得たりと頷く。
「妖精、悪魔、神。これらと対話するというのは魔術、黒魔術、神術についてということですよね?」
「そうです。我々は力を有する人ではない存在に力を借りることで、魔術と言った超常的な力を行使してきました。しかし、人ならざる者と対話するというのは、通常の言語では不可能です」
「必要なのは言語とというより記号?」
「記号も言語のうちです。記号の組み合わせが言語の最初の形だったのですから」
アリスが授業の内容を思い出しながら言うのにジョシュアがそう修正した。
「魔術とは意志の力であり、そして言葉の力なのです。どのようにして人ならざるものと対話して力を得るかが魔術師の求めるもの。そして、この言語の面から見た魔術は、科学のように定量化と再現性を得られるかもしれない」
「それは意志は定量化できないし、再現性もないが、言葉にはそのふたつがあるからということかな、先生?」
「言葉はとてもきっちりとしてものです。法則性が存在し、数学的にも分析できる。だから、そう、その通り。言語の定量性と再現性から魔術を分析すれば、今までは科学にできなかった科学を魔術にできる」
ジョシュアは少し興奮しているようだった。
「そうであるならば、好きにするといいよ。別に今すぐ動くというわけでもないし、先生が好きなだけ本を独占してからでもいい」
「ありがとう、アレックス君。では、私はこれで」
許可が得られるとジョシュアはそそくさと立ち去った。
「ジョシュア先生にも困ったものだ。私からもう少し伝えておくべきことがある。アリス、君の家族は無事に帝都に着いたよ。私の母も同じくね」
「あ。そうだったんですか? てっきり戦争が終わるまでバロール魔王国かアルカード吸血鬼君主国にいるのかと思ってました」
「そういうわけにはいかないさ。外国での暮らしは不便する。まして、それが人類国家でないならば」
アリスの両親とアレックスの母は一度は海外に脱出したが、帝都陥落の知らせを受けて帝都に移送されてきていた。
「後でちゃんと会いに行くように。私も母に会ってくるよ」
「アレックス。私もついていっていい?」
「ああ。もちろんだ、エレオノーラ。歓迎する」
こうしてアレックスたちは一度解散。
アレックスとエレオノーラはアレックスの母クラウディアに会いに向かうことに。
「おや」
その途中でアレックスたちはインナーサークルのメンバーである吸血鬼ヴィクトリアとエドワードに出会った。
「あんたたちは『アカデミー』って組織の連中だろう。初めまして、だな。紹介してくれないか、エドワード?」
「ああ。こっちはアレックス・C・ファウスト。『アカデミー』のトップだ。こっちはエレオノーラ・ツー・ヴィトゲンシュタイン。あのヴィトゲンシュタイン侯爵家の娘だと聞いている」
「ほう」
エドワードに紹介されたアレックスたちをヴィクトリアが興味深そうに眺める。
「その年齢で他の大物たちと同じように発言するってのは面白いな。大人顔負け」
「発言しているだけではないよ、ヴィクトリア・ハーバートさん! 我々は他の誰よりも行動もしているつもりだ。現にこの帝都奇襲を実現したのは、我々の貢献があってこそだと自認している」
「ああ。悪かった。まさにあんたたちのおかげだ。驚くべきことだよな。度胸があるし、実力もある。あんたたちは立派な兵隊だ」
アレックスの言葉にヴィクトリアが手を振ってそう言う。
「ところで、ちょっとお聞きするが、かのトランシルヴァニア候の娘であるあなたがどうして鉄血旅団の、さらにインナーサークルに所属を? トランシルヴァニア候はいい顔はしなかったでしょう」
「ああ。だが、私は子供じゃない。いつまでも親にあれこれを指示されるのはまっぴらごめんだ。自分が生きたいように生きなければ、それは自分の人生じゃない。そうは思わないか?」
「その点については深く同意する。人がどう思うが自分の好き勝手に生きられない人生というのは、恐らく酷く退屈だろう」
「同意してもらえて嬉しいよ、アレックス。で、次は何をするつもりだ?」
ヴィクトリアがそう尋ねてくる。
「ひとまずの勝利の味を味わったら、また戦争だよ、ヴィクトリアさん」
アレックスはそれにそう答えたのだった。
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