降下開始
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──降下開始
イオリス帝国帝都カイゼルブルクを防衛している結界はマジックアイテムによって維持されていた。
遡ればヴィトゲンシュタイン侯爵家の当主がマモンから賜ったという歴史に至るそれは帝都を数世紀にわたって魔族から防衛していた。
しかし、そのマジックアイテムが所有者を喪失した。
そう、皇太子オットーはインナーサークルの吸血鬼によって殺害され、マジックアイテムは主を失った状態で地面に転がっている。
「それが帝都防衛結界を維持しているマジックアイテムのようですな」
「ああ。そして、今まさに機能を停止した。合図を送れ。アレックスたちとそれから戦争を待ちわびている魔女どもに」
「畏まりました、殿下」
カミラがマジックアイテムから魔力が失われていることを確認して告げ、トランシルヴァニア候が城の外に出る火球を花火のようにして打ち上げた。
帝都上空に赤い閃光が瞬き、それは帝都にいる人間にも、帝都の外にいる人間にもよく見えるものとなった。
「おっと! 合図を確認ですよ。第一段階は無事終了ですね」
「では、我々も友軍との合流を目指そう」
「ええ」
アリスたちは彼女の軍勢で攻撃することを中止して宮殿に向かう。
「おやおや! どうやらカミラ殿下は無事目的を達したようだ!」
アレックスたちも赤い閃光を目にしていた。
「今のは……」
「ははっ。ゲームセットだ、ガブリエル君。もはや帝都を守るものは存在せず、晴れ時々ドラゴンが飛来することだろう!」
アレックスのその宣言の中、上空で動きがあった。
「結界が消えた」
オフィーリアは空中に浮かぶ赤い魔法陣の上に立ってそう呟いた。
「オフィーリア元帥閣下、友軍の合図を確認しました!」
「いよいよだな」
伝令のドラゴンが報告し、オフィーリアが口角を歪めて笑った。
帝都上空に赤い閃光が瞬くのをオフィーリアたちバロール魔王国軍は確認した。既に彼女たちは国境から空間転移によって帝都が見える位置にまで進出しており、今まさに帝都に襲い掛からんとしていた。
「目標帝都! これより降下作戦を開始する! 全空中機動部隊は降下を開始せよ!」
「了解!」
オフィーリアの命令で陸軍の兵士たちをせた空を覆いつくすほぼ無数のドラゴンが一斉に帝都を目指して降下。
「第101空中強襲連隊、降下、降下!」
「火力支援準備完了!」
「降下地点を確保しろ!」
1体のドラゴンに8名の陸軍の兵士たちが乗り込んでおり、ドラゴンたちは地上に火炎放射を行って降下地点を制圧後に兵士たちを降下させる。陸軍の兵士たちはロープを伝って一斉に地上に降下していく。
「ま、魔族だ! 魔族が攻めてきたぞ!」
「応戦しろ!」
既に展開していた第1擲弾兵師団と第1騎兵師団、そして巡回の警察軍部隊が、次々に降下してくる魔族たちに応戦しようとする。
「地上への火力支援要請!」
しかし、それにドラゴンたちが火炎放射で応じ、まともな防御手段を有さない帝国の戦力は焼き払われてしまった。
「畜生、畜生!」
ドラゴンの火炎放射の威力は強力なもので、帝都の多くの建物を構成するレンガやガラスを溶かし、炎が直撃せずとも相手を蒸し焼きにする形で殺害するのだ。ドラゴンが火炎放射を実行するたびに、何人もの帝国の兵士たちが死ぬ。
「降下、降下!」
「行け! 目標の制圧を急げ!」
バロール魔王国の兵士たちは降下しては重要な帝都の施設に攻め入っていく。
「官庁街への降下完了! 制圧を開始!」
「タンネンベルク城への降下は完了しました! 敵の抵抗は軽微!」
次々に降下が完了したことが報告されてくる。
「よろしい。もはや勝利は揺らぐまい。私も行くとしよう」
部下の報告にオフィーリアがにやりと笑うと彼女は帝都直上の魔法陣から飛び降り、帝都へと自由落下で降下していく。
そして、地上に接触する寸前で魔法陣を再展開し、減速して着地。
オフィーリアが着地した地点である官庁街ではバロール魔王国の降下部隊と帝国の防衛部隊が交戦中であった。
「クソ! 誰か帝国の魔術師を黙らせろ!」
「敵の防空戦力によりドラゴンは建物に近づけません!」
官庁街の建物から魔術砲撃が放たれ、それによってバロール魔王国軍は動けない状態にある。ドラゴンが火炎放射を試みて近づこうとするが、それに対して無数の精神魔剣などが投射され、ドラゴンは満身創痍で撤退。
「苦戦しているようだな」
「元帥閣下! ここは敵の抵抗が激しいようでして!」
「ならば、私に任せておけ」
オフィーリアは魔剣アンサラーを手に官庁街の建物に向かう。前方には国防省庁舎があり、そこに立て籠もった警察軍と帝国陸軍の防衛部隊が、近づく魔族に対して魔術砲撃を叩き込んでいる。
「新手だ!」
「魔術砲撃準備! 敵にここを渡すな!」
オフィーリアが近づくのに防衛側はすぐさま魔術砲撃の準備を開始。
「敵は射程内!」
「撃てっ!」
そして魔術砲撃がオフィーリアを襲うが──。
「斬り裂け」
オフィーリアは放たれた魔術砲撃をアンサラーによって全て斬り裂き、完全に無力化した。空中で爆発が生じ、辺りが黒煙に包まれる。
「クソ。見えない。やったのか?」
「確認中です!」
「油断するな。もしかしたら──」
陸軍将校が警戒を維持するように命じようとしたとき、彼の首が飛んだ。
「ま、魔族!」
将校の首が飛ぶんだと同時に窓からオフィーリアが突っ込んできた。
「籠城するものは必ず敗北する。そう、守ってばかりでは戦いの主導権を得られず、負けるということを教えてやろう。血によって学べ」
そう言ってオフィーリアが魔剣アンサラーを振るうと国防省庁舎内に見えない刃が駆け巡り、空間切断が実行された。オフィーリアのふたつ名“剣の魔女”の由来であり、自在に空間を操るアンサラーは、全ての交戦距離に適応した戦い方ができる。
空間を歪めて空間転移して敵に肉薄することも、衝撃を発生させて敵の隊列を凪払うことも、敵の攻撃を捻じ曲げてそらすことも、全てが自由自在だ。
「さあ、せいぜい足掻け」
これこそが人間の古き血統であるオフィーリアの力。彼女だけが行使できる力である。彼女と同じ魔術を使える存在は、これまでの歴史上ひとりとして存在しない。
「オフィーリア元帥閣下に続け!」
「突撃、突撃!」
帝国側の防衛体制が崩れるのに、一斉にバロール魔王国軍が攻勢に出る。
帝都のあちこちで炎が立ち上り、今の帝都は完全な戦場だ。
同時にこの戦いに参加しているのはバロール魔王国軍だけではなかった。動員されたエドワードのインナーサークルも参加しているのだ。
「行くぞ、諸君」
「ああ」
黒い揃いのスーツ姿の一団がバロール魔王国正式採用の魔剣ブルートガングを腰に下げ、エドワードの指示に頷く。ブルートガングはその刀身を振るった際に高速化することで敵を確実に引き裂くものだ。
「改めて言うが、我々は帝都の守りの要であるノルトラント近衛擲弾兵師団駐屯地を襲撃して、これを落とす。敵をとにかく殺せ」
「あんた好みだな、エドワード? それぐらいシンプルなのがあんたらしい。あれこれと妙に無駄で回りくどいな策をあんたが企むと、そのほとんどが空振り、無駄足、無駄骨という結果で終わる」
トランシルヴァニア候の娘ヴィクトリアがからかうようにそう言う。
「黙れ、ヴィクトリア。除名されたくなければ大人しく戦え」
「はいはい」
そう返事を返すヴィクトリアたちの前方に警察軍のバリケードが見える。
「ああ。そうだな。仕事をするか」
ヴィクトリアがそう言って指を鳴らした次の瞬間、前方に炎の津波が生じて、前方にいたもの全てを焼き払った。
ドラゴンの火炎放射より強力な炎が全てを焼き尽くしながら押し寄せ、バリケードに籠っていた警察軍の兵士たちから、その後方の帝国陸軍の兵士まで全てを原形を留めぬ灰へと変えたのだった。
「ははっ。帝国の人間はよく燃えるな」
ヴィクトリア・ハーバート。
偉大なる古き血統の吸血鬼たる初代トランシルヴァニア候バートラム・ハーバートの娘は、人々にこう言われて恐れられていた。
“火刑の魔女”と。
「これで満足かい、エドワード?」
「ああ。それでいい。お前の魔術の腕だけは信頼している」
「酷い話だ。もっと信頼してほしいのだけれどね」
「その父親似の不快な態度さえなければ信頼してやる」
「そりゃあ失礼。努力するよ」
エドワードが言うのにヴィクトリアがけらけらと笑った。
「……本当にあんたのことは好きなんだぞ。そのぶきっちょなところがな」
ヴィクトリアがそう呟いたのはエドワードには聞こえていなかった。
官庁街が陥落。
帝国宰相官邸が陥落。
帝国議会議事堂が陥落。
タンネンベルク城が陥落。
これら、あらゆる帝国にとって重要な場所が陥落していき、帝都をバロール魔王国軍が制圧していく。
これらの知らせは絶望的な抵抗を続ける帝都軍管区司令部にも入っていた。
「駄目です、司令官閣下。もはや帝都は敵の手に落ちました」
「なんたることだ。帝都が……」
「我々は残っている政府要人を避難させるべきです」
「分かった。そうしよう」
帝都軍管区司令部は帝都内に取り残された政府要人の救出を開始。
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