準備段階において
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──準備段階において
「では、カミラ殿下。頼むよ」
「ああ。任せておけ。無事に脱出させておく」
アレックスがカミラに依頼しているのは『アカデミー』の関係者家族の脱出だ。
アレックスたちがことを起こせば、アレックスの家族たちも逆賊として処分の対象となってしまう。そうならないようにアレックスは関係者の家族をアルカード吸血鬼君主国などに亡命させることにした。
アルカード吸血鬼君主国の大使館員やオーウェル機関の関係者が動く。
「失礼。セオドア・ハントさんとマティルダ・ハントさんはいるか?」
そう言ってハント・トイズの社屋を訪ねてきたのは黒いスース姿の人狼たちだ。
「え、ええ。社長と専務ならいますが……」
「分かった」
「え! ちょっと! 開店前ですよ! 入られては困ります!」
人狼たちは社員を押しのけて中に入り、アリスの両親であるセオドアとマティルダを探し始めた。彼らは臭いを追い、新しい玩具を試作している部屋に入り込んだ。
「ん。何だ、あなたたちは……?」
試作室ではセオドアとマティルダが玩具の頑丈さを試してるところだった。
「あなた方の娘のアリス・ハントの要請で我々があなた方を保護することになった。これがアリス・ハントからの要請を記した書類だ、確認したらすぐに出発する」
「こ、これは確かにアリスの字……。しかし、保護とは?」
「後で話す。今は付いてくるように」
「わ、分かった」
セオドアとマティルダは有無を言わさず連れ出され、人狼たちに案内されてグレート・アイランド王国の港から船に乗った。その船はアルカード吸血鬼君主国に向かって行ったのだった。
アリスの家族が避難する中で、同時にグラオベルク領でも動きがあった。グラオベルク領はアレックスの実家があり、そしてアレックスの母クラウディアがいる。
「こ、これは一体……?」
「ファウスト家執事のシュテファンだな。一緒に来てもらおう。クラウディア・ファウストはどこだ?」
ここでも人狼たちが有無を言わさず押しかけ、避難させるべき人間を探していた。
「お、奥方様はお部屋に……」
「分かった」
人狼たちは家に上がり、クラウディアの部屋に向かう。
「クラウディア・ファウストだな。息子のアレックス・C・ファウストの要請で保護しに来た。一緒に来てもらおう」
「アレックスが……?」
「ここに書類がある。急いで確認してくれ」
人狼がそう言って戸惑うクラウディアにアレックスが記した手紙を見せる。
「あの子から旅行のお誘いだなんて。嬉しい。今、荷物を準備するから」
「荷物は我々が運ぶ。すぐに移動してくれ」
「そうなの? なら、お願いするわ」
そう言ってクラウディアも無事に帝国を離れた。
「私とアリスの家族は無事にアルカード吸血鬼君主国に亡命できたようだ。残るは君だが、本当にいいのか、エレオノーラ?」
アレックスはカミラから渡された亡命手続き完了の書類を見てそう尋ねる。
「うん。お父様はまず亡命なんてしない。あの人は私が謀反人になっても活路を見いだせるだけの権力とそれを使う能力があるから、きっと生き残る。だから、私のことは気にしないで、アレックス」
「そうか……」
エレオノーラの言葉にアレックスはそう呟くようにそう言い、頷いた。
「アレックス。私たち、上手くやれるかな?」
「ああ。きっと上手くいくさ。絶対に上手くいかせるとも!」
「そっか。私たちが体制側になったら、同じ立場だよね? 帝国がなくなったら、ヴィトゲンシュタイン侯爵家もなくなる」
「ん。まあ、そういうことになるのだろうが、もし君が望むのであれば……」
アレックスはエレオノーラの表情を見て彼女がヴィトゲンシュタイン侯爵家がなくなることを悲しんでいるわけではないことに気づいた。
「いいえ。私は望まない。これでやっとあの家名から解放されるんだから」
エレオノーラは笑顔でそう告げた。
「君にとってのヴィトゲンシュタイン侯爵家という家名は呪いだったのかな」
「呪いとまでは言わないよ。この家名のおかげで助かったこともあるし、私が生まれたのはこの家名があったから。でも、これからずっと背負い続けることは嫌だと思っていた。それは凄く苦しいことだと思うから……」
「そうか」
「それに私はまだアレックスのことを諦めてないんだよ?」
「ははは! 私を狙いたければ私に勝利することだ、エレオノーラ!」
「今度は絶対勝って見せるから。本気だからね」
アレックスが笑うのにエレオノーラがそう言ってこぶしを握り締めた。
「さて、そろそろ行こうか。最後の打ち合わせにのためにみんなが待っている」
「ええ。行きましょう」
アレックスたちは打ち合わせが開かれる『アカデミー』本部へと向かう。
「遅いですよ」
既に『アカデミー』本部ではアリスたちが待っていた。さらにインナーサークルを指揮するエドワードの姿などもあった。
「やあやあ、諸君。まずはいい知らせだ。全ての人間の家族が避難を終えた。今はアルカード吸血鬼君主国かバロール魔王国に亡命している。両国からは賓客として丁寧にもてなすという知らせを受け取っている」
「一安心です。流石に自分たちの馬鹿騒ぎに家族を巻き込むわけにはいきませんから」
家族のことを案じていたアリスがまずは安堵の息を漏らす。
「最後の打ち合わせということで、それぞれの準備を確認しよう。まずは私から」
アレックスがそう言って話し始める。
「私の準備は万端だ。サタナエルも準備できている。盛大に暴れて見せよう」
アレックスはそう不敵に笑う。
「次は私だね。準備はできているよ。ダインスレイフの刃は鈍っていない」
そして、エレオノーラが告げる。
「そりゃ準備はしましたよ。この地下迷宮にいたほとんどの死霊と下級悪魔を総動員したところです。帝国議会議事堂を襲ったときよりも派手になるでしょうね」
「それから私も準備できているよ、愛する人」
「ええ。メフィスト先生。私たちの愛の力を見せてやりましょう!」
乗り気ではなかったアリスとメフィストフェレスも盛り上がる。
「我々も準備はできている。オーウェル機関は相変わらず消極的だが、動員できる戦力は動員した。既にそれらは配置につき、作戦開始の命令を待っている。そうだな、エドワード兄、トランシルヴァニア候?」
カミラがそうふたりに尋ねる。
「問題はない。インナーサークルも配置についた」
「ええ、殿下。オーウェル機関としては全ての準備を完了しています。メアリー殿下が動員した準軍事作戦要員の規模は必要最小限ですが」
エドワードとトランシルヴァニア候はそう応じた。
「あー。『神の叡智』としては役割は終えたものと考えています。もう調べるものも調べましたし、後はそちらの幸運を祈らせていただきます」
ジョシュアだけは相変わらずやる気がなかった。
「よろしい。準備万端だ! 諸君、我々に勝利を!」
「わー!」
そして、ついに陰謀が躍動を始める。
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