進む陰謀
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──進む陰謀
アレックスたちは皇太子オットー暗殺に向けて動いている。
「駄目だったよ。式典にヴィトゲンシュタイン侯爵家は招待されてないって」
「そうか。正式に招待されて乗り込むのが一番手っ取り早かったのだが」
エレオノーラが落胆した様子で報告するのをアレックスたち『アカデミー』の主要な面々が聞いていた。
アレックスは帝国の名家であるヴィトゲンシュタイン侯爵家ならば、今回の皇帝50歳の誕生日を祝う式典にも招待されると思っていた。しかし、どういうわけかヴィトゲンシュタイン侯爵家は招待されていないとのことだった。
「私は招待されているが、私ひとりで暴れてこいとは言わぬな?」
「もちろんだ、カミラ殿下。我々も大人しくしておくことはできない」
「では、どうする?」
カミラがアレックスに作戦を問う。
「トランシルヴァニア候が言ったように暗殺は遠方から狙うより、肉薄した方が確実なのだろう。しかしながら捨て身の特攻というのはいただけない。我々の仲間はともに勝利を祝うものでありたい」
暗殺に詳しいトランシルヴァニア候の意見では、もっとも成功する暗殺というのは暗殺者の生還を考えない片道切符で肉薄するものであった。
しかし、アレックスとしては仲間を片道切符で送り出す気にはなれない。
「肉薄しつつも暗殺者の生還率を上げるにはどうするべきか、だね」
「そう、その通りだ、エレオノーラ。そこで生還率を下げる原因について考えてみよう。何が暗殺者の生還を阻害するのか?」
アレックスがそう『アカデミー』の面々に向けて問いかける。
「やっぱり警備に取り押さえられることじゃないかな」
「暗殺の手段そのものってのもありますよ。こう、爆弾で自爆するとか……」
エレオノーラとアリスがアレックスの問いにそう答えた。
「ふむふむ。一応考えたのだが、使い魔に爆弾を背負わせて特攻させるというのは無理なのだよね?」
「我々が調べた限り、式典会場には爆弾探知犬の他に死霊や悪魔の類を検知する魔術師や聖職者が配置されているので、無理でしょうね」
「まあ、これだけ初歩的なことでは当然対応されてしまうか……」
ジョシュアが答え、アレックスが唸る。
「逆に言えば爆発物が発見されたり、死霊、悪魔がうろうろしていれば、そちらに警備の注意は向きます。でしょう?」
「そうですね。式典は厳戒態勢で行われていますので、多少の異変でも大ごとになるでしょう。過去にも些細なことが警備の過剰な反応を呼んだとあります」
トランシルヴァニア候が尋ね、ジョシュアがそう答えた。
「上手く使えば警備をこちらの望む位置に誘いだせる、と。しかし、警備の規模は巨大で、その一部を誘いだしてもしょうがない」
「警備の規模って具体的にどれくらいなの?」
「うむ。ジョシュア先生の調べによれば警察軍から連隊規模の戦力が、陸軍からノルトラント近衛擲弾兵師団の一部が展開する予定だそうだ。これらは会場の警備だけでなく、近辺の警戒も行うとされている」
「連隊規模……。3000名程度か-……」
アレックスがエレオノーラの質問に答え、メンバー全員が呻く。
「私たちだけでどうにかなるとは思えないですよ。オーウェル機関の方から戦力は与えられるんですか?」
「オーウェル機関は帝都に保有している特別行動部の準軍事作戦要員を一部動員するそうだ。正直、メアリー姉はこれが無事に成功する作戦だとは思っていない」
オーウェル機関は特別行動部と呼ばれる部署を有し、その部署には誘拐や暗殺などの秘密作戦を実行する準軍事作戦要員が存在する。
しかし、機関長メアリーはアレックスの企てている作戦が上手くいくとは思っていないようで、作戦に動員する規模を絞っていた。
「メアリー殿下としてはこういう大胆な冒険は寝返ったエドワードに頼め、ということなのでしょうな」
「ああ。エドワード兄に力を貸してもらうさ」
トランシルヴァニア候の言葉にカミラが肩をすくめる。
「ふむふむ。となると、分担を一部変更だね。エドワードのインナーサークルを最初の襲撃に参加させないといけない」
「後で私からエドワード兄に伝えておく」
「しかし、オーウェル機関も戦力を出してくれるのだろう?」
「ああ。僅かだがプロを寄越すそうだ」
カミラはアレックスにそう答えた。
「式典に案内されたのはカミラ殿下だけ。こちらで動員できるのはオーウェル機関が少数とインナーサークル、そして『アカデミー』の戦力。それでいて相手の警備は連隊規模で行われている、と……」
これまで上げられた条件をアレックスが繰り返して呟く。
「……よし! ナイスなアイディアを考えたよ。私の作戦を聞きたまえ!」
そして、アレックスはエレオノーラたちに彼の考えた作戦を説明した。
「それ、上手くいくと思う! それで行こう!」
「合理的ではありますね。悪くないんじゃないですか?」
エレオノーラとアリスはそう反応。
「異論はない。私ひとりで殺してこいと言われるより遥かにましだ」
「ええ。カミラ殿下の負担も減るかと」
エレオノーラとトランシルヴァニア候も納得。
「それでいいじゃないですか? 式典会場の警備に穴はないですから」
ジョシュアもとりあえず賛同。
「オーケー。派手にやるぞ」
「私もハニーのために戦うとしよう」
サタナエル、メフィストフェレスすらも同意した。
「よろしい! それでは以後、この作戦をロングボウ作戦と呼称! これの成功に向けて全力を尽くそうじゃあないか!」
「なんでロングボウなんです?」
「何となくカッコいいからだよ」
「はあ」
全員が合意の上でアレックスはそう言い放った。
「全てを実行するその前に、だ。改めて聞くが本当にやるね? もし、ここで手を引きたいというメンバーがいるならば、別に責めはしないから、ここで手を引いてもらっていい。家族がいる人間などもいるからね」
アレックスはおちゃらけた雰囲気を消して真剣にそう尋ねる。
「我らが祖国アルカード吸血鬼君主国はもはや戦争を決断している。今さら手を引くはずがないだろう。私は参加するぞ」
「私も祖国が求めていますので、それに応じるつもりです」
カミラとトランシルヴァニア候がそう言う。
「今さら引けませんよ。私はあなたが約束してくれた知識の解放を求めています。知識のためであればなんであろうとやりましょう」
ジョシュアが続く。
「私はいろいろと思うところはありますが、今まで一緒にやってきた仲間を見捨てて立ち去るってのは正直に言って気分がよくないですし。一応付き合ってやりますよ。感謝するといいでしょう」
アリスがやや不満げに。
「私はアレックスとずっと一緒だよ。最後まで駆け抜けよう」
そして、エレオノーラが微笑む。
「ありがとう、諸君。では、ともに勝利を!」
アレックスはそう宣言し、ついに行動が開始された。
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