皇太子の訪問
……………………
──皇太子の訪問
「何でも学園に皇太子が来るそうですよ」
アリスが『アカデミー』の本部で言ったのはルートヴィヒとオットーの会話から2日後のことだった。
「なんと。皇太子が学園に来るのかい? それは驚きだね!」
「さして驚いてないくせに驚くふりをするな。というか、カミラ殿下とトランシルヴァニア候辺りは先に知ったんじゃないですか?」
アリスがそうオーウェル機関の二人に尋ねた。
「いや、知らんぞ。我々も急には情報は入ってこないからな。その件が事実ならば、今頃本国は大忙しだろうが」
「そこまで影響があるものなの?」
「ある。今の学園は陰謀の巣窟だ。我々『アカデミー』が騒ぎを起こしており、第九使徒教会はその尻尾を掴みたがり、国家保衛局は国内で第九使徒教会が好き勝手するのを嫌ってそれを妨害したがっている」
「わー……。結構大変なことになってるね……」
「大変にした元凶が我々だとしても、ここに皇太子まで加われば、もはや何のために争っているのかも分からなくなる」
エレオノーラが驚くのにカミラはそううんざり気味。
「しかし、これは絶好のチャンスじゃないですか? ここ皇太子が来るならば待ち伏せて爆弾とか毒と仕込んでおけば楽に殺せるのでは?」
「アリスさん。それだと帝都の防衛結界破壊が難しくなるから」
「そうでした……。暗殺が目的じゃあなかったんですよね」
皇太子オットーを暗殺するのはあくまで帝都防衛結界を破壊するためだ。そして、結界破壊後、すぐに動かなければ帝国軍は衝撃から立ち直るだろう
「そうだね。しかし、皇太子自ら来てくれるのであれば十分にその顔を拝もう。いざという場合に場違いな場所にいた間違った人間を殺したくはない」
「賛成」
この世界にはまだインターネットどころかテレビも写真もない。相手の姿を知るには多少美化された絵を見るか、あるいは直接本人に会うしかないのだ。
「では、今はまだ暴れないこと。いいね?」
アレックスはそう確認を取り、『アカデミー』は一時解散。
それから数日後。
「皇太子殿下が本学園を視察成されることが決まりました」
急遽行われた全校集会で教師が生徒たちにそう告げる。
「殿下に失礼のないよう、そしてミネルヴァ魔術学園の生徒として誇りある態度をとるようお願いします」
明日に、皇太子が来ることが急に知らされた生徒たちがざわめく。
「いよいよだ。どんな人間なのだろうかね」
「特に変わったところはない人だよ」
アレックスたちの中で皇太子オットーに遭ったことがあるのはエレオノーラとカミラぐらいである。他は皇太子など雲の上の人物であった。
「エレオノーラ君、アレックス君。少しいいかね?」
全校集会が終わると教師のひとりがアレックスとエレオノーラに話しかけてきた。
「どうされました?」
「君たちに学園を代表して皇太子殿下に挨拶と案内をしてもらいたいのだ。教師も随伴するが皇太子殿下は学園の生徒から直接声を聴きたいと仰っている」
「なるほど」
「君たちはカミラ殿下やルートヴィヒ殿下とも付き合いがあるようだし、難しくはないと思うのだがどうだろうか?」
教師はアレックスたちにそう依頼する。
「ええ。お引き受けします。光栄です」
「そうか、そうか。では、よろしく頼むよ」
アレックスとエレオノーラが頷き、教師は満足そうに頷いて立ち去った。
「思わぬ役を授かってしまったね、エレオノーラ」
「でも、ちょうどいい機会じゃないかな。皇太子のことは探らないといけないし。結界を維持するマジックアイテムがあるって聞いても、それがどんなものなのかは今のところわかってしないことだし」
「確かに。形状も仕組みも不明だ。ここは上手く聞き出せれば大きな利益になる」
「話してくれるかは分からないけどね」
アレックスとエレオノーラはそんなことを喋りながらも、皇太子オットーを出迎える準備を始めたのだった。
そして、当日。
「ようこそ、皇太子殿下。歓迎いたします」
「ありがとう!」
皇太子オットーはノルトラント近衛擲弾兵師団の兵士に警護されて、ミネルヴァ魔術学園を訪れた。生徒たちは帝国の国旗を振って出迎え、皇太子はそれに手を振って、学園の中へと案内された。
「殿下をお迎えすることができて光栄です。どうぞ今回はごゆっくり」
「私も気になることがいろいろとあるからね。学園には私も通って見たかったが、あいにく立場がそれを許さなかった。明日の帝国を担う人材がどのようにして教育されているか。責任ある立場として知っておきたい」
「素晴らしいお考えであるかと。それから生徒による案内をご希望されていらしたので、こちらで準備しておきました」
ここで皇太子オットーの前にアレックスとエレオノーラが姿を見せる。
「皇太子殿下。お会いできて光栄です」
「ようこそ、ミネルヴァ魔術学園へ」
アレックスとエレオノーラは皇太子にそう挨拶。
「やあ。君たちが私を案内してくれるのだね。よろしく頼むよ」
皇太子は笑顔でアレックスたちにそう言った。
「エレオノーラ嬢は久しぶりだね。ヴィトゲンシュタイン侯は息災かな?」
「はい。父も私も元気にしております。お気遣いいただきありがとうございます」
エレオノーラと皇太子は顔見知りだ。
「そっちの君の名前は?」
「アレックス・C・ファウストと言います、殿下」
アレックスも皇太子オットーに自己紹介。
「では、こちらへどうぞ」
アレックスがそう言い、一行は学園内の施設を巡っていく。
「君たちも学友は大勢いるのかい?」
案内を受けながら皇太子がそう尋ねる、
「はい。アルカード吸血鬼君主国のカミラ殿下やルートヴィヒ第二皇子殿下とも」
「おお。カミラ王女やルートヴィヒの友人だったのか。驚いたな!」
エレオノーラの言葉に皇太子は笑みを浮かべた。
「アルカード吸血鬼君主国とは関係改善が進められている。我々によって同国との友好は様々な利益を生む。その国の親善大使としてやってきてくれているカミラ王女との友好も大事だろう。君たちにもよろしく頼むよ」
「当然です、殿下」
まさかその友好を求めているはずのアルカード吸血鬼君主国の王女とスパイマスターが皇太子の暗殺を企てているなど彼は知る由もなかった。
「ルートヴィヒは学園ではどうだい? 馴染めているだろうか?」
「ルートヴィヒ殿下はお優しく、学年が下の私たちにも良くしてくださっています」
「そうか。よかったよ。昔から優しい弟だった」
その優しい男もまた皇太子を暗殺しようとしているなど知る由もない。
「そうだ。交友関係の広い君たちならば知っているかと思うが、聖ゲオルギウス騎士団所属の聖騎士であるガブリエル・フロストとは面識は?」
「ええ。ありますよ。ガブリエルさんとは友人です」
「彼女もまた重要な人物だ。帝国と第九使徒教会は今では歩調を合わせなければかない。両国が連携し、人類国家を守らなければいけないのだ」
恐らく皇太子もバロール魔王国が内戦から立ち直り、再び人類国家の脅威になっていることを念頭においているのだろう。
バロール魔王国の復活は帝国に他の人類国家、特に第九使徒教会との連携を行うことを促している。
「では、殿下も海外からの賓客の方々を出迎えるのでお忙しいでしょう」
「ああ。私自身が海外に行くわけにはいかないから、私は帝都で頑張らなければならないのだよ。私も海外に行ければいいのだが」
「なぜ海外には行けないのですか?」
アレックスは何気なくそう尋ねた。
「理由はいろいろとあるが、ひとつは皇位継承者が警備の不備などで殺害されるなどを阻止するため。これは内務省の言い分だがね」
皇太子オットーはそう語り、そして右手を手首につけたブレスレットを見せる。
「もうひとつは魔術的な理由だよ。いろいろと面倒な魔術を受け持っていてね」
間違いない。このブレスレットこそが結界を維持するマジックアイテムだ。
……………………