動き始める黒色
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──動き始める黒色
アレックスたちは帝都結界を破壊するために皇太子暗殺計画を立てている。
しかし、皇太子を暗殺するだけでは目的は達せない。あくまで暗殺は結界を破壊し、そしてバロール魔王国の部隊を侵入させるための手段だ。
「元帥閣下。アルカード吸血鬼君主国のオールドフィールド卿がお見えです」
「ああ。通せ」
オフィーリアは内戦も終結したことで軍の立て直しを進めていた。彼女好みの話ではないが、今はデスクワークがほとんどで前線に出ることはない。
「元帥閣下。お会いできて光栄です」
そう言って入ってきたのは立派なスーツに身を包んだ壮年の男性で、名前をジョージ・オールドフィールドという。黒髪を七三にしており、蝶ネクタイを付けた様は立派な紳士そのものだ。
「私もだ、オールドフィールド卿。しかし、オーウェル機関の人間、しかも機関員が私に何の用事だ?」
「ご存じでしたか」
そしてオールドフィールド卿はオーウェル機関の機関員であり、このバロール魔王国で活動しているオーウェル機関所属のひとりである。
「元帥閣下。既にアデル陛下にはお伝えさせていただきましたが、現在帝国を攻撃する計画が進行中です。秘密協定に基づき『アカデミー』が主導するもので、アルカード吸血鬼君主国も受け入れるつもりです」
「ほう。もう始めるというのか」
オフィーリアは少し興味深そうにそう言った。
「『アカデミー』側の作戦に寄れば開戦と同時に帝都を襲撃し、帝国政府において重要な皇帝、皇太子、帝国宰相を暗殺するとのことです」
「随分と大胆だな。オーウェル機関は成功するとみているのか?」
「ええ。可能であると判断しております」
オールドフィールド卿はオフィーリアの問いに頷いて見せる。
「ふん。それで? 私のところに来たということは私に何かさせたいのだろう?」
「計画の重要な部分をあなたにお任せすることになります。国境付近の帝国の防空監視哨を気づかれずにドラゴンの編隊を通過させていただきたい」
「大したことではないな。しかし、まさかドラゴンで帝都を奇襲するつもりか?」
「それも計画のひとつです」
「ははっ! そいつは面白いな。血がたぎるというものだ」
オフィーリアは犬歯を覗かせた獰猛な笑みを浮かべてそう言った。
「部隊を準備させておこう。帝都に殴り込むための部隊だ。コルネリウスやアルフォンスとも話し合っておく。それでいいのだろう?」
「ええ。後ほど正確な予定についてお知らせしますので、よろしくお願いします」
オールドフィールド卿はそう言って立ちさった。
その後、アレックスたち『アカデミー』からオーウェル機関へ、オーウェル機関からバロール魔王国へと計画が伝えられていく。
「コルネリウス、アルフォンス。問題は?」
オフィーリアは作戦会議の場で確認を行う。
バロール魔王国から帝国までを記した地図にいくつもの駒が置かれ、開戦と同時に実行される帝都への奇襲について考えられていた。
「大丈夫だ。私の部下ならばやり遂げるだろう」
「帝都奇襲が成功すれば、こちらも正式に開戦しよう」
作戦立案にかかわったコルネリウスとアルフォンスが頷く。
「よろしい。以後、帝都奇襲計画はクラウンブレーカー作戦と呼称。やるぞ、諸君」
バロール魔王国がこのように動いている中でアルカード吸血鬼君主国も動いていた。
王都キングスフォートのハングドマン通りに面する建物では特に。そこにはオーウェル機関本部が設置されているのだ。
「メアリー殿下。例の作戦についてバロール魔王国は準備を進めているとのことです」
「そう。かなりの大博打だけどオフィーリア元帥辺りは乗り気なのでしょうね」
メアリーがふわふわと宙に浮かびながら部下の報告にそう返す。
「それからエドワードの件ですが」
「インナーサークルの件でしょう?」
「はい。よろしいのですか?」
エドワードの私兵であるインナーサークルについてメアリーは既に把握していた。
「確かに大逆人であるエドワードが未だに私兵を持っていることは不穏な事実。けど、それを言うならばエドワードを未だに生かしている時点で危ういことよ。王位継承権を抹消されても、そういうのを気にしない人間はいる」
「反体制派の神輿にある可能性がある、と……」
「その通り。インナーサークルはそれを増強するかもしれないし、しないかもしれない。分かっているのはエドワードは久しぶりに可愛い妹への愛を思い出したんじゃないかって行動をとっているということ」
メアリーが部下にそう言う。
「エドワードは今やカミラのいい兄よ。カミラのために第九使徒教会の聖騎士と戦ったとも聞いたわ。それだけで裏切りの可能性は消えないけれど、そこまでしている身内を見捨てたくもない」
にやりと笑ってメアリーは部下に言った。
「それに我々オーウェル機関が帝都に配置している戦力はまだ使いたくないの。特別行動部の準軍事作戦要員は最後の手段だから」
「よってインナーサークルに帝都奇襲作戦の一部を担わせるのですね」
「もちろん監視の目は緩めない。エドワードと彼の親衛隊は監視対象。恐らくは彼が死ぬまで。必要ならばすぐにエドワードを準軍事作戦要員に殺させる」
「そうすべきでしょう」
「ああ、美しきかな兄妹愛」
自分の行動を笑うようにメアリーはそう呟く。
そのインナーサークルもメアリーたちが噂する中で動いていた。
「諸君。俺たちは帝都襲撃に参加する」
インナーサークルのメンバーたちの前でそう宣言するのはエドワードだ。
「これはかなりの賭けだ。失敗し、全員が帝国によって処刑されるかもしれない。それでも諸君には作戦に参加してもらいたい」
エドワードはメンバーにそう訴える。
「もちろんです、殿下」
「殿下のため戦いましょう」
インナーサークルのメンバーは政争に敗れたエドワードに今もついて来ているだけあって、その忠誠心はゆるぎないものであった。
「俺はもう殿下と呼ばれるべき身ではない。そして、俺だけのためではなく、カミラのためにも戦ってもらいたい。俺はカミラを支持している」
「急に兄貴らしいことしたくなったのか、エドワード?」
エドワードが告げるのにダウナーな女性の声がそう指摘していくる。
「ヴィクトリア。何が言いたい?」
ダウナーな声の主はヴィクトリアと呼ばれた。
それは20代後半ほどの女性で、背丈はとても高い。その灰色の髪をポニーテイルにして伸ばし、その赤い瞳の目は眠たげに半開きになっていた。
「そのままの意味だ。お前があのちびっこのことを気に掛けるなんて、もう何年もなかったことだろう。それどころか、ついこの間は殺そうとした」
「状況はもう変わった。俺はアルカード吸血鬼君主国のためにカミラを殺そうとし、アルカード吸血鬼君主国のためにカミラを支持する」
「なるほど。あくまで国のためであるということか……」
女性はエドワードの言葉にそう言って顎をさする。
「そもそもお前の父もカミラの暗殺を止めようとはしなかったと聞いたぞ。それなのに今やその男はカミラの右腕を気取っている。何故か教えてやろう。王族にとって身内殺しは息をするほど自然なものというだけだ」
「確かに父はあんたのカミラ暗殺計画を知っていて見逃そうとした。それでいて急にカミラに接近している。カミラとは随分と蠱惑的な存在のようだ。男たちが次々にその主張を歪めて、跪いている」
エドワードがいい、女性がくすくすとそう笑う。
「では、お前の忠誠は誰に向けられている、ヴィクトリア・ハーバート? あの古き血統にして初代トランシルヴァニア候バートラム・ハーバートの娘である吸血鬼よ。お前は父親と同じくらい場違いな場所にいるぞ」
エドワードは女性をヴィクトリアと呼んだ。
そして、かのトランシルヴァニア候バートラム・ハーバートの娘だと。
「私は私の主さ。だが、あんたのことは好きだから付き合っている、エドワード。私の愛する不器用な男よ」
ヴィクトリアはそう言って小さく笑った。
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