ふたつの親衛隊
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──ふたつの親衛隊
アレックスたちは帝都襲撃の計画を立案したものの、いくつかの問題点からそれは暗礁に乗り上げていた。
まず大きな問題は皇太子オットーを暗殺し、帝都結界のマジックアイテムを奪取するという点においてだ。
「問題はいろいろとある。我々が皇太子のスケジュールなんぞ知らないことや、皇太子の警備をどうやって撃破するかなどなど」
「相手は皇族だからね。しかも皇位継承権一位の皇太子。それ相応の警備態勢がとられているはず。行き当たりばったりでは上手くいかない……」
アレックスがぼやくのにエレオノーラも首をひねる。
帝国において皇帝は絶対権力者である。その権力は帝国憲法において一定の制限は受けるものの、未だに協力だ。そうであるが故に皇太子もまた次世代の権力者として非常に守られている。
「うーん。皇太子が絶対に出席する行事か何かが把握できれば、その場を使ってどうこうするってことは可能なのでしょうが……」
「それでしたら分かりますよ。我々オーウェル機関が皇太子の公務のスケジュールは把握していますから」
「おお。それなら解決じゃないですか、トランシルヴァニア候閣下」
アリスがトランシルヴァニア候の言葉に一安心というように手を叩く。
「いえ。分かるのは皇太子オットーの公務のスケジュールだけで、彼が具体的に公務中にどこにいるのかや、どれほどの警備が展開しているかなどは不明なのです。よって、この情報は不完全でしょう」
トランシルヴァニア候がいうように皇太子の公務の情報だけ分かっても仕方ない。公務中にどこでどういう行動を取り、警備はどこにどの程度展開するのかが分からなくては、片手落ちである。
「そのことについてだが、少しいいだろうか?」
ここでルートヴィヒが発言。
「オットーの行動については全く分からないわけではない。私とて皇族だ。オットーがどのような式典に出て、どのように行動するかある程度知らされている。特に私は第二皇子として代役を務めることもあるのでな」
しかしだとルートヴィヒが続ける。
「警備の規模までは分からない。警察軍が行うのか、近衛が行うかすら謎だ。そして、さらに言えば第九使徒教会が介入してくる可能性もありながら、それについても把握するのは難しいだろう」
「第九使徒教会が介入してくる可能もあったな……」
今やバロール魔王国が復活し、人類は再び強大な敵と遭遇している。そして、その魔族との戦いを長年主導してきたのは第九使徒教会に他ならない。
そして帝国も馬鹿ではない。敵対するバロール魔王国がこれから人類国家に対してテロを起こす可能性についても考えるだろう。バロール魔王国にはそのような前科があるのだから。
さてにテロの、その標的となるのが政治的にインパクトがあるものだとも想定するはずだ。インパクトがある目標──皇族ならばうってつけだ。
「ええい。あれこれ小細工をするのは気に入らん。まして、こちらが正面から戦っても勝てるというのに臆病にも震えあがってあれこれ無駄な考えをするのは特に、だ」
サタナエルがそこでそう言い放つ。
「そうだね。私たちであれば多少の敵には立ち向かえる!」
アレックスもサタナエルの言葉にそう宣言。
「ルートヴィヒ殿下に皇太子のスケジュールを把握してもらい、それから我々は行動の計画を立てる。下手な小細工はせず、正面から殴り込むことも考えよう」
「今はもう時間もないからね。第九使徒教会は既に黒魔術師を探している」
「そうだ、エレオノーラ。我々は悠長にしている暇はない」
第九使徒教会は既にミネルヴァ魔術学園に黒魔術師がいることを疑っている。
「さて、まずは戦力について把握しておこう。敵を知り、己を知ればなんとやらだ」
アレックスがそう言って列席者を見渡す。
「まずは純粋な『アカデミー』の戦力。正直に言って帝都のあらゆる戦力と交戦しても、ある程度は勝てると思える規模だ」
アレックスを始めとする『アカデミー』の戦力は強力である。そのことは以前帝国議会衛兵隊を交戦したことで分かっていた。
「それからジョシュア先生の『神の叡智』の堕天使たち。彼らにも参加してもらう」
「ええ。我々としても戦争が始まればどちらかにつかなければなりませんから」
ジョシュアの『神の叡智』には何人もの堕天使が参加している。
「それからカミラ殿下とトランシルヴァニア候が帝都に忍ばせているオーウェル機関の工作員についても動員したい」
「手筈は付けておく。メアリー姉も拒否はしないだろう」
オーウェル機関は帝都に工作員を多数潜伏させている。
「他に戦力を隠し持っている人はいないかね?」
「俺が抱えている部隊が存在する。鉄血旅団の残存戦力だ」
「おや。そのようなものが?」
ここでエドワードが発言し、皆が意外そうな顔をした。鉄血旅団は既にオーウェル機関によって取り締まられて、消滅したと大勢が思っていたからだ。
「鉄血旅団の中でも俺に忠実だったものを組織した部隊だ。インナーサークルと呼んでいる。この帝都に潜伏し、俺が号令をかければ行動を開始する」
「ああ。アルカード吸血鬼君主国と帝国が友好条約を締結したから、吸血鬼と人狼は結界が無関係なんですね。ですよね?」
「そうだ。外交関係者やビジネスマンとして潜伏させている」
アリスが納得というように手を叩き、エドワードはそう返した。
「これまでは俺の親衛隊だったが、今は違う。カミラ、これはお前のための親衛隊でもあるんだ。お前の好きなように使ってくれ」
「ありがとう、エドワード兄。大切にこき使わせてもらう」
「ふん」
カミラが悪戯気に笑い、エドワードは満足そうに鼻を鳴らした。
「実を言えば私もそのような戦力を有しているのだよ」
さらにルートヴィヒがここで自慢げに発言する。
「帝国陸海軍の中や警察軍の中にいる将兵たち。各省庁の官僚たち。その中に私のシンパと作ってある。これを私はオーケストラと呼んでいる」
「もし、帝都で有事が起きたとき、そいつらは使えるのか?」
「もちろんだ、カミラ王女。彼らは私の指示があれば、帝国をその地位に相応しいものに捧げるために行動を起こすだろう」
カミラが尋ね、ルートヴィヒが答える。
「この平和な帝都にそんなにいろいろと物騒なものを隠しているみんなに私はびっくりだよ! とは言え、これは総力戦だ。使えるものは全て使わなければ!」
アレックスは一連報告を聞いてそう言い、『アカデミー』の本部に設置されている黒板にこれまで名前が挙がったものを描き込む。
アレックスたち『アカデミー』の戦力。
堕天使『神の叡智』の戦力。
カミラたちオーウェル機関の戦力。
エドワードたちインナーサークル。
ルートヴィヒたちオーケストラ。
「これだけ戦力があればいろいろとできそうだ。陽動や攪乱を、だね。小細工ではない孫氏のような本当の戦術というものをやって見せようではないか!」
「そんし?」
アレックスの前世知識の言葉にアリスたちが首を傾げた。
「まずは諸君の意見を聞こう。この中で暗殺に詳しそうな人間と言えば……トランシルヴァニア候! あなたの意見を聞こうじゃないか!」
「ええ。暗殺には多少なりの知識があるつもりです」
トランシルヴァニア候はスパイマスターとしてときとして暗殺にも関係している。
「まず暗殺をもっとも成功させる可能性が高いのは捨て身の攻撃を仕掛けることです。暗殺者の生還を考えず、暗殺対象に肉薄し、殺害する。それがこれまでの歴史上でもっとも成功した方法です」
「うへえ。私は嫌ですよ、それ担当するの」
トランシルヴァニア候が平然と述べる暗殺の方法にアリスがそう言う。
「魔術による狙撃などよりも効率がいい、と?」
「ええ。狙撃には不確実性があります。確実に殺すには相手に迫らなければ」
「ふむ。捨て身ではないにせよ、肉薄することは考えなければな」
アレックスがそう言って考え込む。
「俺の部下ならばその身を犠牲にすることも厭わないものがいるぞ」
「エドワード。まだその段階ではない。そういうのは負け始めてから考えることだ」
エドワードの部下であるインナーサークルはよほど士気が高いようだ。捨て身でも構わないというのは士気が高いというより狂っているのかもしれないが。
「うむ。よさそうな計画を考え付いたよ。聞いてくれ、諸君」
そして、アレックスが語り始めた。
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